第8話,碌でもない村の碌でもない子供
「ロイド、もう着くぞ」
「おう」
竜車の横を歩きながら、仲間の声に一言返す。
俺はロイド・カムガム。
エンバーガーデンは一言で言ったら奇妙な村だ。
小人族なんて言う絶滅寸前の弱小種族が治る村でありながら、貴族による支配も受けず野盗の類の被害にも遭わない。
連中に戦闘能力は皆無だ。
体は小さく力も弱いしついでに逃げ足も遅い。
そもそも警戒心ってもんが希薄だ。
それなのに奴らは絶対に襲われない。
少なくとも連中があの村にいる間は、絶対に奴らを襲おうとか食い物にしようなんてことを考える馬鹿はいないだろう。
なんせ奴らは奉仕種族だ。
その言葉を聞いただけで邪なことを考える連中は回れ右するのが普通だ。
と言うか、別に悪いこと考えてなくてもまともな感覚が有れば関わろうとしない。
勿論俺たちも最初はこの仕事を受けたくなかった。
奉仕種族に関わるなんて碌な事じゃない。
分かってるんだそんなこと。
でも傭兵ってのは嫌だ嫌だで渡っていける世界じゃない。
大恩ある
傭兵ってのは着の身着のままでやれる仕事じゃない。
基本的に俺たちは誰それがこっちの街からあっちの街に移動するってんでその護衛をしろとか、どこそこで小競り合いがあるから参加しろとか、盗賊とも言えない野盗の類をとっちめて来いなんてのが食い扶持になる訳だ。
だが人が移動するってのは兎に角面倒だ。
街を移動する様な仕事だと1日で終わるなんてことはない。
少なくとも1日2日は野宿する羽目になるし、そうするとまず食料がいる。
そんで寝るのにも地面に寝っ転がるわけにもいかないんでテントやら寝袋がいる。
野生動物なんかがやってこない様に臭い消しやらも要るし、怪我した時のための備えも要る。
勿論本業は戦う事なわけだから武器や防具がなくちゃ話にならない。
ほんで武器ってのは基本的に鉄でできてるわけだから、錆びない様に油やら何やらが要る。
もしもを考えたら持ってくものはキリがないんでこのくらいで妥協するのがいい塩梅だ。
襲われた時にもしもの備えが多すぎて動けませんでしたなんて笑い話にもならない。
問題なのはこれらの物は基本的に全部消耗品って事だ。
使えば悪くなるし、悪くなりゃ買い変えなきゃならない。
これを個人で揃えるとなると、それはもう食ってく所じゃなくなっちまう。
そうならないでいい様に考えられたのが傭兵ギルドって集まりだ。
傭兵ギルドってのは特定の商会と専属で契約して必要物資だとか装備やら食料を安く卸してもらってる。
ギルドに入ってさえいれば市場価格の半分ほどでそれらの品を融通して貰えるし、実績を積んで信用を得たら美味しい仕事を優先して回してくれたりもする。
だが勿論世の中そう上手い話ばかりじゃない。
何の旨みもないのに商人達もそんな事をしてくれるわけじゃない。
当然そこには商人達にとってそれ以上の旨みがあるわけで、その一例が今の状況である。
誰も手をつけたがらない仕事ってのはあるもんだ。
大変な割に報酬が少ないのとか、裏に厄介な事情がありそうなきな臭いのとかがそうだ。
この場合で言えば両方なわけだが、こういうのに限って重要な物だったりする訳で。
そしてそんな依頼を断れなくするってのが、商人達が傭兵ギルドを面倒見てやる理由の一つだ。
当然大得意さまのご依頼だってんで、半端な腕のひよっこ共を回すわけにはいかない。
ある程度信用があって腕が立ち、失礼かまさない程度に頭が回る必要がある。
そこでお鉢が回ってきたのが俺らだったってわけだ。
この依頼は当初普通に一般依頼として出された物だったが、要件に書かれた内容に誰も手をつけなかったんで指名依頼に変わった。
その内容は、傭兵が毛嫌いする要素がたっぷり詰まっていた。
長い、安い、煩わしい。
まず拘束期間が無期限だ。
継続的に商売をする必要があるが、支店を出すことが出来ない立地であるから目的地とギルドのある街を何度も往復する必要がある。
その度に傭兵を雇い直してると何かと不都合だと言う事で、半ば専属契約して隊商の護衛をして欲しいと言う事だった。
だが道中はそこまで大きな危険が見込まれる道程じゃないって事で、雇うのは一つの団だけ。
更に定期収入である事と、危険度の低さから報酬はそこまで高い物じゃない。
ここまでで既にやる気が起きない物ではあるが、一番問題なのは最後の文言だった。
それはこの仕事に従事する際は依頼を受けた事実を完全に秘匿し、口外しないと言う物だ。
傭兵ってのは信用が命だ。
信用ってのはとどのつまり『実績』である。
あの商会の依頼を受けたことがあるとか、この戦場でこんな働きをして貢献したとか、そんな事が食い扶持に繋がる訳だ。
当然関わった仕事は大々的に喧伝する必要がある。
それが出来ないってのはどうにも美味くない。
それも長期の依頼になることが確定してるのに、それを実績として数えられないってのはもう致命的だ。
「最近名前聞かないけど何してるの?」って聞かれても「いや、特に何も…」って言うしか無いと言うことだ。
口外無用ってのは『言えない』ということすら言ってはならないと云うことだからだ。
当然そんな物受ける奴はいない。
ウチも嫌だ。
そんな理由があって上ですったもんだした後、何やかんやあって俺らがやる事になったんだが。
報酬は満足いくもんじゃ無いが、向こうもある程度考慮して、装備や衣食に関しては持ってくれるってんで秘匿契約を結んで依頼に掛かった。
その時になって初めて俺たちが行く村が奉仕種族が治る村だと知った。
これは流石に揉めた。
あんまりにもあんまりじゃ無いかってんで揉めに揉めたが、やり始めたんならやり通すしかないのが傭兵だ。
諦めてきっちりやる事やって、最短で終わらせる事にした。
無期限のところを取り敢えず1年で納得してもらうことも出来たが、それが引き出せる限界の譲歩だった。
だが仕事自体はそう波乱のあるものじゃない。
不気味な連中を相手にすることになるが、俺達が商売するわけじゃ無いし黙ってれば良い。
実際数ヶ月の間はそれで上手くいっていた。
それが変わったのはあのガキが現れてからだった。
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