第11話 吸血鬼、囚われる
ドラガの意識は波間に揺れる海月のように浮いては沈みを繰り返し、珍しく夢を見ずに揺蕩っていた。それでも完全に眠ることがなかったのはひとえに不意打ちにより倒れた屈辱による燃え上がるような怒りが骨身に響いて眠ることを許さないからであった。
どのくらいの時間が経ったのかは分からない。傷が段々と癒えて痛みより痒みを感じるようになった頃、ドラガは眼を開けた。
「……ここは」
目に入った人間を捕まえて蓄えた怒りをぶちまけたかったが、先ず首元の宝石の存在を確認し(ついでに不思議なことに身体に傷跡が残っていないことも確認し)手に届く範囲に誰もいないことを知ると周囲を鋭い目で見渡した。
板張りの部屋であった。部屋には家具らしきものは何も無く、だだ広い空間の中心に座らされていることがわかる。首を回して確かめる間、ドラガの肺には澄み切りすぎて痛いくらいの空気が満ち始めた。
加えて何かしらの術がかけられているのか、ずんと重たい空気がドラガの身体を圧迫し両手を縫い付けて、這いつくばる体勢しか取ることしかできなくさせる。少し気を抜けば頭を垂れ、首を差し出すように伏せてしまうことが輪をかけて屈辱的にさせ怒りが腑に溜まっていった。
伏せたドラガの眼前、手の届かないほど離れた先に一段床が高くなった場所がある。その中心には薄く羽衣のような帳が守り隠すように掛けられ、向こうを鮮明に伺い知ることはできない。しかし誰か人がいることは感じられた。帳の両端を守るように二人の人間が構えていた。向かって右に座る一人はドラガも知っている。彼を害さんと攻撃を放った、陽ノ華の「先生」である。傷のある顔に短い黒髪のその女が片膝を立たせ、いつでもばねのように飛び出せる姿勢を取っていた。
険しい顔をしてドラガを睨む「先生」とは対照的に、左側に座る女は胡座をかき、手元に目を向けていた。木組の細工箱のようなそれを唸りながら回したり捻っていてドラガの方には目も向けない。橙色の癖の強い髪に菫の付けていたような目から耳にかかる飾りを掛け、その表情を細かくは判断できなかった。
「起きたか、妖怪よ」
険しい顔のまま「先生」は声を上げた。返事をせず鋭い眼差しだけを返す。
「貴様は桜花仙様の託宣にあった『妖怪を喰らう妖怪』である。それは間違いないか」
「だとしたらこの扱いは不当だろうが。お前たちの益になるんだろう、俺の存在は」
「黙れ、知ったような口を聞くな!妖怪を喰らうというだけで危険極まりないのだ。妖怪に飽き足らず人を襲い、危害を加えるものが大半だ。貴様もまた同じであろう」
「妖怪じゃねぇ。俺にはドラガという名前がある」
「妖怪は妖怪だ!名前をつける価値などっ」
「まぁ待ちなよ、梅チャン」
二人の言葉を遮ったのは先程までこちらに視線を投げてもいなかった女であった。梅ちゃん、と呼ばれた女は声の方へ体を向けた。
「今ここでギャンギャン言っても時間の無駄だよ」
「……それも、そうだな。桜花仙様、柿李、本題に入りましょう」
再びの静寂にドラガは耳をそばだてた。どこか空気の流れは無いか、飛び出して逃げる算段を打てないか。陽ノ華の居場所も突き止めたかったが、今の状態では逃げの一手しか打てないであろう。
「貴様を捕らえた昼巫女を探しているのか?生憎だが会わせるわけにはいかない。脅されて弁護する可能性だってある」
「それはあいつの性格を知って言ってるのか?先生とやら」
「貴様に何がわかる!」
突然食ってかかり足を踏み鳴らした梅にドラガは顔を顰めた。何が琴線に触れたか分からないが、自分を害したというだけで全ての話に刃を向けずにはいられない。梅もまたドラガの何かが気に障るようで鼻息荒く、この場でなければ門の入り口でやったように攻撃を加えんと髪を逆立てて睨んでいた。
二人の間に走る剣呑な空気を割るように、呆れたような顔でもう一人の柿李と呼ばれた女が手を上げた。
「梅チャン。陽ノ華チャンのことが心配なのは分かるけど、さっさと進めようよー。運良くアタシらが集まれた時に彼が思ったより早く目覚めてくれたんだから。次集まるのは何月も後になっちゃうんだし」
「……柿李、すまない。妖怪ドラガ、お前は結界を抜けてここに来た時点で処罰されるべきである。本来なら磔にされた後、臓腑から血の一滴まで全て研究されているところだ」
「処罰ゥ?」
「当たり前だ。妖怪はいるだけで害をなす」
「言ってくれるぜ、クソが」
「だが桜花仙様の慈悲とある試みのためお前は天照の教えに則り従事してもよい機会を与えられている」
「……。オウカセンとやらの試みは?」
「それは、わたくしから話しましょう」
刺々しい言葉の応酬に静かだがはっきりとした声が響いた。丁度良い高さの声が湖面に落ちた雫の如く板張りの空間の中に隅々まで瞬時に駆け巡った。
この鈴の鳴らすような声が心地がいいという人もいるかもしれない。しかしここにいる全員が静かに息を呑み緊張を体中に纏わせた。
「梅、帳を」
「かしこまりました」
梅は跪き、帳を開く。するすると開かれ朧げだった姿が露わになり、そこには女が座っていた。
見たことがないほどに美しい女であった。涼やかな切れ長の目と眉はこちらを向き、桜色の唇は緩やかな笑みを湛えている。切り揃えられた黒髪は地面すれすれまで長く絹織物の滑らかさと艶を備えている。桜の花を模した簪が名を表すかのように咲き誇り、黒髪の対比を強くさせている。
金の冠が光を反射して輝き、皺一つない白の装束には金の糸が走り女の白い肌と境目が曖昧になっていた。この時初めてドラガは帳の向こう、この女の後ろには開け放たれた門があり桜の巨木が姿を覗かせていることに気づいた。
「初めまして妖怪ドラガ。まずはここまで来てくれたことに感謝を」
「桜花仙様!?」
「梅、静かに。確かに彼は人ではありません。しかし我々とこうやって言葉を交わすことを選んでくれた。つまり手を取り合える可能性があるということです」
美しい女、桜花仙は柔らかな笑みを浮かべた。天女、仙女と喩えても差し支えない貌にドラガは息を呑んだ。美しさに心奪われたからではない。言いようもない違和感が腹の底から湧き立つのを感じていた。ここにいるべき生き物ではないような、存在が帳のこちらとあちらで分たれているべきと思わせるような。そんな思惑を汲み取られないよう牙を見せて笑い返した。
「手を取り合う、つまり俺に妖怪を殺せと命じるわけか」
「物騒ですが訂正は出来ません。ですが貴方がいることでヤマト国への安寧がまた一つ近づくのです」
「それで安寧の直前に俺の首を刎ねるのか?」
ドラガの言葉に桜花仙の動きが止まった。白く人形のような指が口元を隠すが表情は変えずドラガを見つめる。
何も返されないことが答えだった。
ヤマト国、ひいてはこの世界について何も知らないつもりのドラガであっても、己の能力を恐れつつも値打ちがあると言ってきて手を組む相手がもしその能力を必要としなくなった時を迎えたらどうするのかは想像は難くなかった。
ドラガ自身は日輪の教えやヤマト国の安寧なんぞに興味はない。誰であろうと今の自分の生を脅かすのであれば爪を立て牙を剥いて抵抗するという気持ちは揺らがなかった。
「もし貴方がヤマト国に生きる人に危害を加えないのならば、保証致しましょう。貴方を殺すことはないと」
「アラ、よろしいんで?」
「わたくしは彼自身に興味があります。妖怪を喰らう妖怪が我々の助けになるという預言もですが、言葉を介して話が出来て、橋の上やこの空間での強い結界に狂うことなく立っている。ここまで魂が強靭な妖怪を見たことがない。柿李、貴女もそれは同じでしょう?」
「アハ!仰るとおりで」
「褒められていると受け取ろう。そも俺は人を喰らう気はない。妖怪でなければ腹に溜まらないからな」
ドラガは笑みをたたえた桜花仙をしっかと見つめ返す。
何を考えているか分からない、桜花仙に感じる不快感はじわじわと心臓を侵しドラガの呼吸を浅くさせた。
強気に返しているうちに口は乾き、じんわりと体力の消耗も感じている。この空間の結界かそれとも桜花仙の影響か、無言で嬲られているに近い状況に己の心臓辺りを軽く掴んだ。
桜花仙は歩み寄り、ドラガの白い頬に手を添える。その手のひんやりとした感覚でドラガは総毛立った。
「その首飾り、何処かで見たことがありますわ」
囁いた途端、ドラガの鋭い爪が桜花仙を襲った。かのように見えた。
硝子を弾いたような甲高い音がし、ドラガの手は弾き飛ばされた。手はおろか受け身の取れない身体ごと吹き飛ばされて仰向けに音を立てて倒れ込む。骨が折れていないことは幸いだったが、その衝撃に一瞬ドラガは呼吸が出来なかった。
「まぁ」
「ご無事ですか、桜花仙様!?貴様、やはり生かしてはおけぬ!」
「おやめなさい、梅」
弾かれて飛び出した梅の手がドラガの首に伸ばされる直前、桜花仙が静かに制した。強かに体と頭を打って息が荒いドラガを見やると一歩後ろに下がった。
「わたくしの纏う霊力が貴方を苦しめることになるとは、失念しておりました。申し訳ありません」
「テメェ……」
「ところで、貴方を此処まで連れてきた昼巫女、あの娘の名前はご存知ですか?」
「当然知っている。陽ノ華だ」
「成程、ご存知なのですね。あの娘は怪我や呪を負っていないか診断の後、貴方を拘束せず木花咲耶院に連れ込み危険を齎したとして罪に問われ、厳正に処分されます」
「は?処分?」
ドラガの目が見開き、梅の顔が悔しげに歪んだ。桜花仙は言葉を続ける。
「処分とは言いますが彼女は私の命に忠実に破ることなく取り組んでくれました。大したものではありません。しかし想定外だったのはドラガ、貴方が我々の想定を上回る強さとそれに伴う危険性を持っていたことです。危険なものにはそれを監視する者を付けなければならない。なので……」
桜花仙は細い掌を上へ向ける仕草をする。それと同時にドラガと桜花仙の向いている先、部屋の端から音がした。
ひっくり返った視界の中でもドラガはその姿を確認して目を丸くした。陽ノ華であった。
「貴方の監視役として陽ノ華を付けることと致しました。聞けば彼女は貴方を捕えるために首に縄を付けたとのこと。扱いを知っている者が側にいるならば我々としては心強いことこの上ありません。ですが……」
「陽ノ華!おい!」
陽ノ華は深く俯きながらおぼつかない足取りでこちらに歩いてくる。普通の状態ではないことは明らかであった。口を真一文字に結び、目隠しをされ額に霊符を貼られている。
ドラガは再び腹這いの姿勢に戻るも、その異様さに彼女に近づくことがどうしてもできなかった。
「彼女が貴方に組していないか、それを判断する必要があります。柿李、やりなさい」
「ハ〜イ」
陽ノ華はドラガの真横に立つとゆっくりと正座をした。ここまでドラガの呼びかけに返さないどころか一言も発しない。焦燥と困惑にドラガは言葉が続かずにいた。
柿李は持っていた木組細工をぽいと放り投げる。途端細工が飛び散り、ドラガと陽ノ華の二人を覆うように周囲を廻り始めた。
「解析用結界、判定用結界ともに展開完了〜。ドラガチャンに陽ノ華チャン、アタシ達の問いに答えてネ」
「なんだこれは!?」
「詳しく教えてもどーせ分からないよ〜。嘘をついても意味がない空間、だと思ってればいいから」
何千何万と視線が向けられているような居心地の悪さがドラガを襲う。周囲を回る小さな木の欠片一つ一つが眼球のような模様をしていることに気付いた。
「それでは質問、ドラガチャンは陽ノ華チャンに危害を加えたことはある?」
「……」
「黙秘はダメだよ〜、痛い目にあうからね」
柿李がそう言うと同時にドラガの身体中に燃え上がるような熱と鋭い痛みが稲妻のように走った。臓腑が焼け心臓が爛れていく感覚が襲い、目の前が白み音が遠く感じる。しかし声も出せずのたうち回って十ほど数えた時、苦しみが突然取り除かれた。
「今は嘘をついた訳じゃないからお試しだよ。次はもうないからね〜。今度は話したくなるまでこの感覚を引き延ばして与えてあげる」
肺に突然流れ込んだ空気に咽せて咳き込むドラガを見下ろし、朗らかな声と表情で柿李は告げた。
「じゃあ、さっきの答え」
「……ある。噛み付いた」
「わーお大胆。解析すると〜、そうだね首に跡が残ってる」
「分かるのか……!」
「そうだよ〜。嘘をついても心臓の動きと脈の速さで大体分かるから意味がないと思ってね。では次、君は陽ノ華チャンに呪の類をかけた?」
「呪?知らんな」
「嘘は言ってないね。じゃあ陽ノ華チャンのこれは、なんだ?」
柿李は首を傾げると、帳の内に戻っていた桜花仙に歩み寄り何かを耳打ちした。穏やかな笑みが消え二人の表情がどこか深刻なものになっている。
ドラガには何のことか分からないが何か腑に落ちないことが起きているようだった。
「ふむう。そうしたら、陽ノ華チャンに質問しよう」
「了承。答えます」
「おい、陽ノ華?」
感情を滲ませない陽ノ華の声にドラガは動揺した。だが陽ノ華は相変わらずこちらを一瞥もせずに座り淡々と言葉を返す。
「妖怪ドラガを捕えるために術をかけた?」
「回答。はい、捕縛の術を使いました」
「その符を付けている限り嘘はついてないだろうけれど……じゃあ何故、君の心臓には強い呪縛が掛けられているの?」
「なっ、呪縛!?」
「回答。ドラガは強力な妖怪であり、私自身の知り得る術だけでは抑えられる可能性が低いと判断致しました。そのため『代償行使』を行い、捕縛と監視のために自分の心臓を充てました」
驚愕し陽ノ華を見つめるドラガをよそに柿李は納得したように頷いている。桜花仙は白磁のような貌を少し曇らせ、梅は額に手を当てて嘆いているように見えた。
「なるほど『代償行使』。自分の身体の一部を犠牲に霊力の増幅が出来るやつね。陽ノ華チャンくらいの段位だとそう判断するのもやむなしなのかなァ。ちなみに監視って?」
「回答。ドラガが人間に危害を加えた場合、私が代償に苦痛を負いつつ、彼を強制的に昏倒させます。またドラガが私を攻撃して殺した場合、道連れに彼を縊死させます」
「おい、どういうことだ!俺はそんなこと聞いていないぞ!」
身体にかかる重圧を気合で跳ね除けドラガは陽ノ華の腕を掴んで叫んだ。細い腕が掌に収まると陽ノ華の身体は一度大きく震えて深く俯いた。
ドラガの首に縄のような術をかけたことも知っていた。それで振り回されたことだって記憶に新しい。しかし監視とはなんだ。人を食ったらどうするなどと何も言わなかったじゃないか。それに俺はお前を殺そうなんて初めしか思ったことはない。それでも俺はお前にとってそんなに恐ろしい存在なのか。
どうしてお前は俺にそんなことを黙っていたんだ。
どうしてお前が俺のためにそんな代償を負うんだ。
投げつけたい言葉は無限に頭に浮かぶのに、それ以上口に出せなかった。
「そりゃあ言ったら抜け道を探されるからでしょ。この符を付ける限りは嘘なんて言えないから黙っていられないのは仕方ないけれど。おっと、そろそろ時間になっちゃうから最後にしようか。桜花仙様何かあります?」
「そうですね、では陽ノ華。貴女は妖怪ドラガをどう思っていますか?」
「回答。……彼は」
陽ノ華の言葉が一瞬途切れた。
「ドラガは乱暴で我儘で幼稚です。しかしその暴力性を誰彼構わず振り翳すことはしませんでした。私がここにいて無傷で生きていることが証左になります。私の知る限り、彼は情や義を感じ規律を知ろうとする、人と共に歩める妖怪だと思っています」
ドラガは陽ノ華の言っていることがすぐに飲み込めなかった。じゃあ、なぜ、どうして、そんな思いが渦巻きつつも、彼女が共に歩めると言ってくれたことに何故か胸の熱さが一層高まった気がした。
桜花仙が目配せすると柿李は指を鳴らした。途端ドラガと陽ノ華の周囲を廻る木片が吸い寄せられるように柿李の手へ戻って立方体に段々戻っていく。ドラガが全身に感じていた見られているような感覚も同時に薄れていった。
木片が完全に無くなってドラガと陽ノ華だけが残されると、桜花仙は陽ノ華をゆっくりと指差した。するとするりと目隠しが解かれて額の符が剥がれ落ちる。
「……ドラガ。無事で良かった……」
「陽ノ華!」
長いまつ毛が数度瞬き、黒い目がドラガを映す。そして安堵の笑みを浮かべて陽ノ華はその場に崩れ落ちた。
呆けたように口を開けたままだったドラガは我に返り駆け寄る。目は瞑られたまま薄い身体がゆっくり上下する。気を失ったようだ。
「愛すべき日輪の娘、陽ノ華。まずは貴女の勇気ある献身に感謝を。そして聡明な先見をわたくしは信頼したいと思います」
桜花仙の貌には感情が伺えない。しかし眼前で陽ノ華を守るように立ち塞がるドラガを見て目を細めた。
「妖怪ドラガ。貴方がこの娘を殺そうとしているのか分からないのが懸念でしたが、先の発言とその様子を見るに杞憂でしたね。彼女の言うとおり、我々との架け橋になってくれることを期待しています。では梅と柿李、これにて終いといたしましょう」
「承知しました」
「はーい」
「なっ、待て!」
ドラガの叫びには誰も返さなかった。桜花仙は振り向くと帳の奥の巨木へドラガのいる位置から姿が見えなくなるまで歩いていく。梅は陽ノ華を抱き上げると部屋の奥、陽ノ華のが入ってきた方向へ去っていった。
「おい!陽ノ華を何処へ連れていくつもりだ!」
「言っただろう。身体に異変がないかの診断だ」
互いを睨む視線がかち合うがまた柿李の声が遮った。
「ドラガチャン、君はこっちだよ。おーい菫チャン」
「はい、柿李様。菫ここに参りました」
「あっ!お前は!」
陽ノ華を抱えた梅と入れ替えに部屋に入ってきたのは柿李の呼ぶとおり、門前で出会った昼巫女の菫であった。ドラガのいる場所を大回りで避けて柿李のもとまで歩くと何かを耳打ちし始める。
碌な事にならない予感を感じて動こうとした途端、ぷすりと軽い音がして首元に痛みが走った。
「つあ……?」
慌てて振り向くと蜂と思しき絡繰仕掛けの虫がドラガの爪に匹敵するような鋭い針を向けてその場を飛んでいた。
そして直感的にこいつに刺されたことを理解し、手を伸ばして潰すと菫が小さく声を上げた。
「よく動けるねェ、それかなりの劇毒なんだけど」
「クソ、またか……」
柿李が感心した顔で何かを喋っている。だが音が急速に遠くなって視界がぐるりと回り始めた。再びの昏倒を予感し吐き捨てるも虚空に吸い込まれるように己の声は遠くなっていった。
「じゃあ菫チャン、研究棟は空けておくから運んでおいてね〜」
「し、承知しました」
ドラガが床に伏せて全く動かなくなるのを見つめていた柿李は、ドラガの髪の毛をわしゃわしゃとかき回して部屋を後にした。菫は壊された絡繰の残骸を甲斐甲斐しく拾いドラガの側まで歩いてきた。
「……陽ノ華の頼みだからね」
ドラガの裾を引き摺り、部屋を出ようとする菫の誰に当てたか分からない呟きを聞く者は誰もいなかった。
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