第39話⁂初枝と三ツ矢の結婚⁂



 大物政治家三ツ矢とレミママは実際のところ、どんな関係に有ったのか?

 実は…そこには想像も付かない複雑な人間模様が隠されていた。


 三ツ矢は大手製薬会社のお嬢様と諸々の事情で離婚調停中で別居状態にある

 当然色んな問題のある妻だから別れたいのだが、それより何より初枝がすっかり統合失調症が治った事が一番の理由なのだ。


 時の流れとは何とも不思議なもので、あれだけ三ツ矢を拒んでいた初枝だったが、いつの間にか初枝にとって三ツ矢は唯一無二の存在になって居た。

 どんなに仕事が忙しくても、寝る間を惜しんで会いに来てくれる三ツ矢に、すっかり心を許し、甘え切っている初枝。


 そんな事も有って、退院の日も間近に迫ったある日、三ツ矢は勇気を出して初枝に、結婚を申し込んだ。

 そして…チャッカリ良い返事をもらっていた。

 

 絶対に間違いないだろうと言う思いは有ったが、万が一という事も有るので相当の勇気を振り絞り告白した。


「あの~初枝?……あの~?……ちょっと話があるのだけれど……あの~?……」


「何よ?あの~あの~って?」 


「実は…実は…?」


「なによ~?じれったい。何が有ったのよ?」


「ああアア……僕と……僕と……結婚……結婚して下さい!」


「…………」


しばらくの沈黙の後。


「良いですよ~!それでも…こんな私で良いの?」


「あぁ良いさ!当然じゃないか!」


 三ツ矢は初枝と初めて会ってから、かれこれ30数年、その間初枝しか、見ていなかったし、目に入らなかった。

 それだけ美しく魅力的な女性なのだ。


 やっと報われた思いで、嬉しくて嬉しくて今直ぐ外に飛び出して行って、大声でヤッホーと山に向かって叫びたい。

 そんな嬉しい思いと感激で一杯。


 それでも…三ツ矢は妻が有りながら、なんという大胆な行動を取ったのか?


 実は…離婚調停中の妻が、最近どういう訳か、やっと離婚に応じてくれたのだ。

 だが、これで万々歳と思いきや、とんでもない事態に追い込まれていた。


 それはどういう事かと言うと、三ツ矢はレミママと生活している友樹の学費や生活費全ての面で援助している。

 

 当然初枝も我が子友樹の、金銭面の支払いを出来るだけのお金は持っているのだが、病気が病気の為何も出来ない。

 その為三ツ矢が支払ってくれている。


 そんな事情もあり、友樹と一緒に生活して友樹の面倒を全面的に見てくれているレミママにも、当然金銭面での援助をしている。

 パトロンである三ツ矢とは当然男女関係にあり、その関係も長きに渡り続いていた。


 

 それにしても合点がいかない。

 三ツ矢も初枝を愛しているのに、何故レミママとそんな関係を続けているのか?


 それはどういう事かと言うと、義理の息子になる友樹の面倒を見てもらっている三ツ矢は、お店にもしょっちゅう顔を出して、金銭面などでもレミママと接する機会も多い。

 

 また、病院に入院している初枝とは、肉体関係を結ぶ事は出来ず、こんな事を言っては何だが、欲望のはけ口として仕方のない事。

 

 愛する初枝の息子、友樹の面倒を見て貰っている三ツ矢は、レミママに負い目があるが、結婚する気はサラサラない。


 だが、意に反して、ひしひしと感じるレミママの結婚願望にうんざりしている。


 三ツ矢としては友樹の面倒を見て貰っている手前、結婚を催促されて致し方なく結婚話をチラつかせている。


 だが、三ツ矢の言葉にレミママは、絶大なる期待を寄せている。

 

『こんな私でも、誠心誠意尽くせば良い事が待っているのね!ましてや政治家の妻になれるなんて夢のまた夢、誰の子供か分からないバイタの娘と散々蔑まされたが、これで見返せれるわ!そして……こんな私でも、これからは上流会夫人として生きていける』

 レミママは、政治家の妻になれるという、その気持ちは益々膨れ上がる一方。


 又なんで三ツ矢もそんな残酷で無責任な事を?


 三ツ矢としてはレミママと結婚する気など全くないのだが、初枝の子供友樹が、レミママを慕っている事も有り怒らせる訳にもいかず、そんなあやふやな態度を取っていた。


また、何とも運が悪い事に、友樹は最近レミママに実母の居場所を聞いたらしく、度々精神病院に面会に行っている。

 

 もし、レミママが怒って全てを友樹にぶちまけたら大変な事。


 それこそ大切な大切な女初枝を失ってしまう。

 友樹だってレミママがもっとも大切な存在、もしレミママに何かあったら黙っちゃいないだろう。


 母初枝に「お母さんがお世話になって居る男三ツ矢が、レミママと男女の関係が有ったのだが、『あれだけ結婚すると言っておきながら、最近別れたい』と言い出されてレミママがカンカンになって怒っている」そんな話でもされたら初枝とは一巻の終わり。


「まぁ!何て人、私と結婚してくれ!と言っておきながら……他の女性にもそんな事を?」

 

 初枝を失いたくない三ツ矢は、レミママとの関係はどんな事が有っても初枝には知られたくない。

 それなので、レミママを怒らす訳にはいかないのだ。


 

 それから……合点がいかないのが友樹の事なのだが、幾ら初枝を愛しているからと言っても、友樹は自分とは血の繋がらない全くの赤の他人、幾ら初枝を愛しているからと言っても、友樹の面倒まで見る必要がどこに有るのか?

 

 全く合点がいかない。何もそこまでする必要は無いのでは?


  それは……三ツ矢が病院に行く度に息子の事を口にする、初枝の機嫌を損ね嫌われる事を何よりも恐れての事。

 また、そればかりか、初枝と結婚した折には優秀な息子友樹を跡継ぎにと考えている。

 それは……2人とも、もう年齢的に子供は望めない。

 それが最も大きい。


 それでも三ツ矢は男なので、幾つになっても子供は作れそうだが?

 いえいえ残念な事に、それが証拠にレミママとの間に子供を授かっていない。

 

 ひょっとしたら三ツ矢は無精子症なのかもしれない?

 子供は優秀な友樹一人で十分。


 だから……初枝の子供が別の男との愛の結晶だとしても、初枝が例え精神病であろうと、廃人になってしまったとしても、三ツ矢の初枝に対する愛は不変なのだ。

 どんな事が有ろうと初枝しか見えない。


 

 ◆▽◆

 レミは、やっと日本有数の政治家の妻になれる日も近いと踏んでいたにも拘らず、ある日突如別れを口にされた時は、呆れ果てて開いた口が塞がらなかった。


「妻が離婚は絶対にしないといっている。だから仕方がない別れよう!」

 散々妻とは別れると言っておきながら今更急に……レミママの心の整理も付かないまま、妥当な慰謝料を積まれてそれっきり。

 友樹に問い質しても「何も知らない」の一点張り。


 更に自宅に顔を出しても「旦那様はただいま外出中です」の一点張り。

 それでも諦めきれなかったレミは、精神病院を片っ端から電話してみた。


 要するに、三ツ矢が初枝を愛している事実はレミママは知らない。

 初枝の夫から頼まれていたので力を貸しているだけだと思っていた。


 それなので頻繫に病院に顔を出している事実と、鉢合わせする可能性があるので、精神病院の病院名と住所は、教えていなかった。

 当然恋敵の副住職山根も教えて貰えず、元気になってから改めて三ツ矢に聞くつもりで居たが、その甲斐もむなしく天国に…………。


 こうして片っ端から連絡した挙句やっと見つかった。

 だがもう退院しているとの事。


 三ツ矢は電話に出てくれないし、家に赴いても「旦那様は只今外出中です」の一点張り。

 

 そこでクラブは日中は仕事は無いので、三ツ矢邸を徹底的に見張った。

 すると……なんと初枝と三ツ矢が年甲斐もなく、体を寄せ合い手をつないで玄関先に、出て来たかと思うと、もう中高年に差し掛かった年齢。

 健康のため仲良くジョギングに出掛けた。


 何か微笑ましい笑い声が、眩しい太陽を背に響き渡ってくる。


 自分は三ツ矢に捨てられ、手塩にかけて育てた友樹まで奪われてしまった。

(それでも…まだ結婚したとは限らない。退院してたまたま顔を出したのかも知れない?)

 そう思って少し離れた距離から2人の跡を付けている。


すると向かいから中年の品の良い奥様が歩いてきた。


「あ~らご夫婦で散歩ですか?いつも一緒で本当に羨ましい限りです」

「私達夫婦は、趣味思考が一致しますので……それでいつも一緒なんです。ワッハッハッハ~」

  

『エエ——ッ!夫婦?あぁ~!全てが理解出来た。憎い!あぁ~!そういう事だったのだ。私は……初枝は一生精神病院に入院して、病院で死んで行く人だとばかり思っていたが、初枝が退院できたので私を捨てたのだ!許せない今までの15年を返せ!今までの15年を返せ!今までの15年を返せ!』

 

 その言葉が耳に何回も!何十回も!こだまして、いつの間にか鞄に忍ばせていたナイフで、無防備な2人目掛けて次々に刺し続けた。


「よくも私を騙してくれたな~!憎い女初枝死ね————ッ!」後ろから刺し続けた。

 それでも…これでは三ツ矢に押さえ付けられると思い、次は三ツ矢を思いっきり刺し続けた。


 すると……その時誰かが「キャ————————————ッ!人が……人が……死ぬ———ッ!誰か………誰か……タスケテ――————————————ッ!」


 辺りは血の海と化した。

 三ツ矢と初枝は、苦労の末やっと幸せを掴んだかに思われたが・・・?

 果たして2人の命は?



 ◆▽◆

 レミママは、肺結核でこの世去った同級生の副住職山根に懇願されて、友樹の世話をしていたが、本心では初枝にそっくりの友樹を、山根を奪った女の生き写しと思い心の中では凄い葛藤が有った。


 だが、時の移ろいとは不思議なもので、いつの間にか可愛い本当の我が子のように思って育てていた。

 それがまたしても、自分の大切な結婚話まで出ていた肉体関係のある三ツ矢を、初枝が奪おうとしている。


 それは……初枝が退院したからだ。


 こうして三ツ矢に捨てられたばかりか、友樹まで手放さななくてはならなくなった。

 レミママは初枝の事を相当恨んでいる。

 一度ばかりか二度までも愛する男を自分の手から奪った憎い女、そして更には、苦労して育てた我が子同然の友樹まで奪おうとする憎い女初枝。







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