第38話⁂後ろ姿の麦わら帽子を被ったワンピ—ス姿の女性と、若い男性⁂
実は…1954年4月初旬の桜の見頃を迎えた、何とも美しい山々の桜が映し出されていたあのビデオに映っていた2人女性と男性、更にはレミママも実はその場所に居た。
後ろ姿の麦わら帽子を被ったワンピ—ス姿の女性と、若い男性が初枝と何かを話している様子が映し出されていたが、この2人と三ツ矢は深い関係がある。
だが、不気味な事に、そこから少し離れた場所で怪訝な顔で睨み付け監視?しているようなそぶりを見せるレミママ。
これは一体どういう事なのか?
初枝と話をしていた、後ろ姿の女性と若い男性は一体誰だったのか?
実は…麦わら帽子を被ったワンピ—ス姿の女性は池田の妻で、一方の若い男は修行僧山根だったのだ。
修行僧山根が初枝と何かを話している様子が映し出されていたが、若い情熱の塊、熱い眼差しで別れを惜しむ山根の姿に、少し離れた場所からレミは嫉妬の眼差しで、初枝を恨めしそうに見つめている。
一方の……山根の眼差しは、傍目に見てもその熱い思いが伝わってくるほどの、情熱的な眼差しだった。
それでは何故こんなにも一同が、一斉に顔を揃えなくてはならなかったのか?
実は…この日は、初枝がこの魚津の町を去る日だった。
その為「桜の見頃を迎えた、何とも美しい山々の桜と、蜃気楼を最後にどうしても見ておきたい」そういう初枝のたっての希望で、三ツ矢が最後にこの砂浜に連れ出してくれたのだ。
金沢のビジネスホテルに、精神病院に入院するまでの期間お世話になって居た初枝は、三ツ矢の外車で魚津の蜃気楼を見にやって来ていたのだが、そこに山根とレミも赤ちゃんの友樹を連れて、最後に初枝に赤ちゃんを見せにやって来ていた。
◆▽◆
それでは初枝失踪事件はいかにして起きたのか?
実は…ある日初枝が忽然と居なくなったことで、大騒ぎになっていた。
ある者は「もうこの世にいないのでは?」
又ある者は「誰に殺されたのか?」
「ああ~!殺したのは、和尚さんの奥さん佳代に決まっている」
また三ツ矢も何故、何も言わずに初枝を連れ出してしまったのか?
大騒動になる事は十分に予測できたのに……。
町の権力者である和尚さんに相談するのが筋だが、当然初枝に酷い事をした和尚さんや妻の佳代には腹立たしくて相談できない。
そこで、三ツ矢は初枝の身の危険を、いち早く察知して心配の余り副住職山根と相談の上で、引き取って精神病院に入れる手筈を踏んでいた。
そんな時に精神病院に入院する前にどうしても、もう一度赤ちゃんに会いたいそう初枝に頼まれてやって来た。
そして…丁度桜の見頃の時期も重なったので、魚津の蜃気楼を見に行くついでに赤ちゃんに会いに来た。
そこで大騒動になって居たので、三ツ矢が和尚さんに連絡した。
すると……心配した一同が顔をそろえてくれたのだった。
池田も初枝が行方不明と聞いて心配していたが、三ツ矢の尽力のお陰で、金沢の精神病院に入院することが決まったと報告を受けた時は、ホッとしたのと同時に(ああああ……結局は三ツ矢がさらって行くのか?)と思うと無念で……未練たらしく最後にどうしても、もう一度初枝の顔が見たくてわざわざ砺波からやって来た。
一方の池田の妻は、強敵初枝とまた寄りを戻しては大変と思い、最近は付きっ切りで池田の行動を監視している。
知らぬ間に、こっそり目を盗んで出て行こうとしたので、慌てて追いかけて一緒にトラックに乗り、嫌がるのも聞かずにこの魚津に池田と一緒にやって来た。
それでは何故、夫池田の浮気相手が初枝である事を、妻に分かってしまったのか?
それは……あの時、初枝の家で鉢合わせして以来、三ツ矢が余りの池田のイケメンぶりに、「初枝を池田に取られたら大変!」そう思い危機感を募らせ、池田の行動を秘書に調べさせていたが、なんと、早速納屋で池田と初枝が、抱き合っている浮気の現場を突き止めていた。
…嫉妬に狂った三ツ矢は池田の妻に、いかにも怪しげで印象深い新聞の記事から抜き取った字を、張り付けた文章を送り付けていた。
要は初枝に最も近い存在の三ツ矢が疑われて、筆跡鑑定などのわずらわしさに巻き込まれないための手段として、新聞の切り抜き文字で送っていた。
【夫が魚津市○○町○○1の3に住む、村上初枝と浮気をしている】
こう書き記して封筒に、証拠の写真も入れて送っていたのだった。
少し薄暗いのではっきりとは分からないが、池田と綺麗な女性が抱き合っている写真を見た妻はカ———ッとなって、居ても立っても居られなくなり早速行動を開始した。
いつも夫が上司の奥さんの所に行ってくると言って出掛ける時に、妻もすかさず、家のトラックで後ろから、こっそり跡をつけた。
妻は夫の池田から「戦死した上司から奥さんの事を頼まれたから、出掛けて来る」と前々から聞いていた。
だが、かなり年配と聞いていたので、安心しきって疑った事など一度も無かった。
そこで、実態がどうあれ一度調べて置かないと?そう思いわざわざ跡を付けた。
車が会社の車なのでバレてはいけないと思い途中で車を降りて、夫の車が止まった場所を確認して歩いて家に近付いてみた。
すると……花の手入れをしている、何とも美しく妖艶な今まで一度たりとも見た事が無い程の、何とも魅力的な女性が目に飛び込んで来た。
その傍らに、今まで見たことのない情熱的な眼差しで、その女性を見詰める夫池田の姿を発見。
余りの美しさに、完敗どころの騒ぎではない。
『幾ら10歳ほど年下の身であれ、こんな田舎のイモで、米屋の仕事や子供の世話ですっかり女を捨てた状態の自分では違い過ぎる。あんなに洗練された女性では到底太刀打ちできない。アアアアアアもうダメだ!』
危機感で一杯の妻は、嫉妬で気が狂いそうになって居る
◆▽◆
1954年4月初旬の桜の見頃を迎えた、何とも美しい山々の桜が映し出されたかと思いきや、一気にカメラは逆方向の、何とも幻想的な魚津の蜃気楼を映し出している。
海の上に、もやがかかり一層の事、神秘的な何とも表現できない世界が広がって、薄っすら霧の掛かった中世の街並みらしきものが、屈折して海の上に浮き上がっている。
修行僧山根が、初枝と何やら話している。
「俺は初枝さんを必ず迎えに来る」
「ありがとう色々お世話をしてくれて、また会えるといいわね」
「大丈夫さ。退院したら友樹と一緒に迎えに来るから」
「本当に?嬉しいわ」
「エエエエ————————ッ!」
無理矢理山根に犯されたのに、すっかり山根を受け入れた感のある初枝の態度は、一体どういう事なのか?
いやいやロボトミー手術を受けた人々は、廃人のように感情が欠如してしまう事が多いらしい。
それなので、何も感じていないと言った方が正解かも知れない。
ただ、初枝は山根の子供を身籠った事で、山根を家族のように思って居る。
恨みの感情などは、どこにもない。
結局ロボトミ—手術が感情を制御してくれたお陰で、良い方向に向かっている。
2人は友樹を抱き上げて蜃気楼を見せたり、反対側に咲く満開の桜を見せに連れていったりして友樹を大層可愛がり、一時の別れを惜しんでいる。
その姿はなんとも微笑ましい、年の離れた姉さん女房と夫、更には生まれたばかりの可愛い坊や、絵に描いたような幸せな光景が映し出されている。
何と……そこにあの池田が、未練がましく初枝に最後の別れを告げにやって来た。
すると妻も駆け足で追いかけて来た。
池田も妻が横にいるのにそれも無視して未練がましく話しかけている。
それだけ初枝の事が、今も忘れられないのだ。
全く困ったものだ!
「もうこの町から居なくなっちゃうんだね」
「…………」
「あなたご迷惑よ。初枝さんは、これから金沢に向かうと言うのに……」
「もうこれで……会えなくなるんじゃないかと思うと……寂しくて……」
池田は、初枝を捨てておきながら、いざ初枝が去って行くとなると、寂しさと虚しさの入り混じった、何とも言えない感情が押し寄せて来る。
とんでもない女々しい男!
すると余程あの時は池田の事を愛していたのか、感情を制御されてしまうロボトミー手術を受けたにも拘らず、あの時の悲しみが一気に押し寄せて来た。
池田に捨てられた辛かった思い出、悲しみ、更には三ツ矢に大切な部分を切り刻まれた恐怖が、一気にオーバ-ラップして抑えることが出来なくなった。
「アアアアアア!私は……私は……あなたに……捨てられ……どれだけ……辛かった事か……あぁ~……あんなに……好きだと言っておきながら………あんなに………あなたしか見えない……あなただけで良い………妻も子供も捨てると言ったのに……それなのに……それなのに……ある日突然、私の前から姿を消した……今更何しにウロウロやって来たのよ……散々弄んでおきながら………何しに来たのよ。ワァワァ~~ン😭ワァワァ~~ン😭」
あの頃ロボトミー手術を受けた人は、一様に大人しくなり意識の欠如が見られ、以前の様に幻覚幻聴なども見られなくなり扱いやすくなるらしい。
池田もまさか廃人同然になってしまった初枝に、こんな感情が有ろうとは夢にも思わなかった。
それでも、この女々しい男池田は、どうしても最後にもう一度初枝に会いたかった。
ロボトミー手術を受けたら全員が全員廃人同然になる訳では無い。
成功例も幾つも報告され、成功して正常な状態に近ずく人もいる。
こんなにまくし立てる感情が残っていたなんて、全く想像もしていなかった。
それでも…池田の事を本当に愛してくれていた真実が分かり、皆の前でまくし立てられた恥ずかしさ半分、真実の愛を確認できた嬉しさ半分の池田なのだ。
池田が余韻に浸っていると、怒り狂った妻が人目もはばからず、まくし立てた。
「ああ……やっぱり2人はそんな関係が有ったのね……許せない!こんな事を私の目の前で露骨に話されたら到底許せないわよ!よくもウチの夫をたらし込んでくれたわね。許せない!」
「私こそよ!散々キレイごとを言われて弄ばれて……その挙句……私は……この池田に……捨てられたのよ……こっちこそ……許せない!こんな冷たい男こっちから願い下げよ!」
全く池田は、とんでもない性根の腐った男。
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