憂いの夜

 夜のとばりに包まれた部屋で、実は一人ベッドで座っていた。



 結局、今日はあれ以上の話はできなかった。



 自分が相当混乱していたのもあるし、出ていってしまった拓也が戻ってくる気配もない。



 こんな状況では、建設的な話ができるとは到底思えなかったのだ。



 レイレンはまだ話すことに躊躇ためらいを見せているものの、こちらの要望に抵抗する素振りはなかった。



 明日も話を聞きたいから今日はここにいてくれと頼んだ自分に従って、今は尚希が手配した客室にいる。



 しかし……明日にまた話を聞けるとはいえ、それで安心できるはずもない。



 食事もほとんど喉を通らず、眠ることさえもままならない。

 それだけ、胸がざわついていた。



 まさか、自分を呼んでいたのが母だったなんて。



 それが本当だという確証はないけれど、尚希の言うとおり、そうだと仮定するなら腑に落ちることも多いのだ。



 自分がこの声に応えなくちゃいけないと思う理由にも、母がいる城に近い禁忌の森で信号が強くなった理由にも、全て筋が通る。



 だから、不安で仕方ない。



 自分が母の元に駆けつけることで状況が改善するというなら、今すぐにでも飛んでいこうとも。



 衝動は胸にくすぶるばかりだけど、他でもない自分の心がその衝動を引き止めている。



 脳裏にひらめくのは、幼い日々の記憶。



『―――……、―――――……』



 優しい両親に突きつけた、残酷な言の葉。



 実は沈痛な気持ちで目を閉じる。



(昔か今かなんて関係ない……これもう、。)



 ずっと憎んできた、幼い自分の影。

 その彼から託された、最期の言葉。



 自分の心に絡みついていた幻影は晴れて、ここにいるのは自分という存在がただ一つ。



 ならば、この切なさをどう受け止めればいい?





 だって自分は―――三回も母を捨てているというのに。





 罪悪感が胸をえぐる。



 拓也が言っていたように、母に許してもらえなければ、この罪悪感は消えない。

 許されたとしても、消えるとは限らない。



 だって、過去はもう取り返しがつかないんだ。

 どんなに悔やんだって、過去は過去のまま、事実としてそこにあり続けるだけ。



 自分のことしか考えられないほどに幼かったから?

 他人の気持ちを推し量ることを知らなかったから?



 そんな言い訳、自分が自分に許せるはずもないではないか。



 自分は何度も母を拒絶したんだ。

 仮に呼ばれているとしても、こんな自分に母と顔を合わせる権利なんてあるの?



 自問は尽きない。

 正しい答えも分からない。



 拓也はこんな―――いや、これ以上の苦しみを常に抱えて生きていたというのか。



 償うことも叶わないまま、許されたと思えることもないまま。

 普段は考えないようにしても、ふとした拍子に過去を思い返しては自分を責める。



 出口のない悲しみと嘆きで、未来永劫心を焼き続けなければならない。

 それは確かに、地獄でしかないのだろう。



 もしかしたら、自分もその地獄に落ちてしまうかもしれない。

 それは怖い。



 どうにかしたい。

 でも、やっぱり今さら自分が行っても……



 また、思考が堂々巡りをしてしまう。



 羽織った肩かけを握り締め、実は小さく震えるしかなかった。





 夜は何も告げることなく、万人に平等な朝を連れてくるだけ―――




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