夜道2
家まで続くはずの通り道。その道中にある一軒家。
大きさはそれ程大きくなく、1階建ての古びた建物だ。桜の住む家と同じくらいの築年数であろうその木造屋は桜にとって見慣れた風景の一部であった。
誰が住んでいるかも知らない。何に使われているのかも知らない。けれど毎日目にしている建物だ。
けれど今日は異様な雰囲気に呑まれた自分を確かめるために、その存在を再認識した古い家屋でもあった。
不変であろうその存在が……
「嘘…… でしょ……」
その信じられない光景を目にして、桜はまたもその足を止めてしまった。顔を青ざめながら口元を手で押さえ、出かかった驚きの声を何とか喉元までに留めさせた。
建物が大きく崩れていたのだ。頑丈とは言えない木造の古屋であるが、玄関側に大きな穴が開けられている。
だから、見えて直ぐは全く気付かなかった。
でも目の前は違っていた。いつもの景色と全く異なる
──こんなことって……
両目を強く
いったい、どうして……!?
この家が自分にとって変わらないものであると思っていただけにその落胆も激しかった。北城村の八方山のようにいつ見ても変わらぬ存在であると信じて疑わなかった。それだけに桜は大きな穴に落とされたような気持ちになる。
けれど……
桜は恐る恐る家屋に近寄り中を伺うことにした。もし誰かがいたら助けないといけないと思ったからである。目の前に起き続ける不可解な現象……逃げ出したい気持ちだってある。でも、もし仮に誰かが倒れていたらそれこそ離れるわけにはいかない。
そして生存者がいないか声を出してみるが…… 一向に人の返事はなかった。
今一度ゆっくりと家屋の中を眺める。上から下へ、下から上へと僅かな視界を頼りにできる限り現況を把握するように努めた。
無秩序に散らばる食器、衣類、本等……
壁から天井へとなぞられた大きな
破られるようにして壊された家屋……
視界に写る全てが非現実的であった。いったい何が起きているのか検討もつかない。平和な北城村ではあり得ない事が起きているのだ。
けれどそれが動物か、人であるかは分からない。でもこの壊れ方は何も持っていない人間ではまず無理だ。
顔を落とした先にある散った家財が物語る。かなり荒らされたようだ。容赦無く暴れられたのであろう。
そして部屋ごと
破られた壁…… 家屋を叩き潰すほどの
見れば見るほどに不可解な壊され方をしている。この世のものとは思えない何かに……
家屋もこのまま放置しておけば自然と崩れそうなくらい
できれば…… 野生動物が荒らしたということにしたいが……
この惨状を見ればあまりにもそれは無理があるだろう……
そっと、家屋から退けば地面に積まれた木材の破片が桜の靴に当たる。それに連鎖するかのように木片が崩れてゆき「カラカラ」といった乾いた音が家屋内で響き渡ってしまう。そんな音ですら久方ぶりに聞いた
家屋周辺を見渡しても誰もいない。先程桜が来た道は依然として闇に吸い込まれており、魂まで持っていかれそうなぞっとした感覚を覚えてしまった。
特段騒がれた行跡も見られない。
そうなるとこの現象…… どうやら桜が第一目撃者のようだ。
こんな時間にこの道を歩く人間なんて桜ぐらいしかいない。当然と言えば当然なのだろうが、そうだとしてもこの中でやれることは限られているだろう。
目撃者としてこのまま家屋を放置して去るのも心苦しいが、今は視界が悪く何をするにもどうしようもない状態だ。このまま明るくなってから対処していくしかないだろう。一度村長にでも連絡を入れた方が良さそうだ。
それに、人の気配がしないところも踏まえると住人はどこかへ逃げたか或いは──
「くっ……」
急に背筋が凍るような寒さを感じ桜は肩を縮めた。コートを着ているはずなのに、今は風が吹いているわけではないのにとても寒く感じられる。
もしもの…… いや
──いや、変なことをかんがえるのはよそう。
桜は身体の向きを変え、壊れた木造屋から静かに離れた。その現実が夢ではないか何度も確かめるかのように何度も振り返りながらその場を後にする。
静かすぎる夜……そして壊れた建物…… 本当に不気味で仕方がない。夜にこんなことが起きてしまうと寝れなくなりそうだ。
あまり考えない方が良いこともある。今日の現象はそれに当てはまるものだ。答えに至らないのにも関わらず、考えるだけで飲み込まれるものに対しては出来るだけ無視していくのが一番であろう。
逃げるようにして、桜は背中を丸めて歩みを進める。その足取りは自然と早足になっていた。
暫く歩けば今度は遠くに
この
とても明るいとは言えない、
そんな小さな灯りが見えた途端、桜の肩から力がすっと抜ける。取り憑かれたように息苦しかった胸も
ようやく、ここにきて光が見えたのだ。長い時間見ていなかったかのように感じた一つの光。
いつも通る道だからここに外灯があるのは知っていたが、それでもここに至るまで本当にあるのかどうか不安で仕方がなかった。
尋常なまでに暗く、静かな空間がここで終わりを迎える。その合図としての役割を
足取りが
近寄れば見える明かりは徐々にだが大きくなってゆく。それでも街中の電灯と比較すれば心もとない程の
光というものは希望である。闇を恐れた人間は光を希望に見立てて前を照らし歩みを続けていた。
だから当時の人々は皇女のことを希望に見立てて
闇を
外灯のある一軒家が大きく壊されていることを目視するまでは。
落ち着いたはずの心拍数がまた更に
「そんな……」
照らす光は逆に桜を
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