目覚め
その日は
春を越した時期とは思えない程、寒く透き通った
大自然と表現をしても
そこから更に
屋根瓦は数枚
一軒家の向こう側、彼方先には
山の美しさと逞しさを併せ持つその存在は、極寒の
そしてここ、長野県内北部にある
その風の音のせいか、はたまた夢のせいか…… 家屋の中で身を休めていた少女が一人…… ゆっくりと
上下黒を基調とした長袖のジャージ姿。
そんな彼女は小さな声とも
起床まもない為、脳内は完全に覚醒していない状態である。だがそれでも、起きてすぐある違和感に気が付いた。自身の息が荒れていることを……
胸に手を当てると鼓動が早くなっているのも実感する。とくり、とくりといつもより速く脈打つ鼓動。
そんな自分を落ち着かせようと、桜は細く、長く息を
何度目だろうか。あの
大きく息を吸い込む。胸一杯に新鮮な空気が広がるのを感じていた。それでも鼓動はすぐには落ち着かない。
近頃見る頻度は少ないとはいえ、それでも過去何度も何度も同じような夢を見てきた。
桜が絆と出会った日のことである。当時は桜も七歳であり、
しかしながら、ある日突然に前触れもなくその夢は現れる。夢を通して伝えたいことがあるのか、或いは何かの前兆なのかは全く分からない。けれど夢で見る場面はいつも同じである。
ある男から絆を預かったあの日。夢で見るのは幼かった頃の『絆』そして、男の声だ。
ただ一言だけなのにはっきりと記憶している。暖かみのある声。会ったことの無いのに、それでも何故だか懐かしさすら感じさせるような
そして最後には必ず『絆を頼んだぞ』と伝えられる。
絆を……
再び
畳に敷かれた質素な一室である。木材の机と、服を掛ける横長のハンガーラック。それ以外の家具は置いていない。一七の女性が暮らすのには
時刻は六時三〇分を指していた。起床には丁度いい時間帯だ。
床に敷かれた布団から立ち上がると、
布団を仕舞い、部屋を出る。先程の畳とは打って変わって階段は木材のフローリングで
一歩一歩ゆっくりと踏みしめれば
階段も大変な急勾配であり、おまけに一段一段の面積がとても小さい。踏み外したら怪我も免れない為、桜は慎重に1階まで降りてゆく。
とても古い木造屋である為異音が発せられるのも仕方のない現象なのかも知れないが、冬の日は凍えるように寒く、夏の日は部屋に居られない程の猛暑になるのだけは桜の頭を悩ませていた。
とはいえ…… 文句なんて言っていられない。せっかく住まわせてくれているのだ。桜は贅沢を言える立場では無く、逆にこの家屋に住めることすら幸運と
今日なんてまだいい方だ。冬の日は文字通り
階段を降りればすぐ横に風呂場があり、起床後すぐに風呂場の敷居を
風呂場と洗面所は
この家屋の洗面台から温かい水なんてものは出ない。欲しいのであれば台所まで行って水を沸かすか、外まで行って
勢いよく流れる冷水を前に桜はほんの少しだけ眉を寄せてしまった。お湯が出ないは本当に不便だと都度都度実感する時間がこの
浴びるのには少しだけ覚悟を要するが、ほんの暫くした後、桜は両手に水を貯めはじめた。
刺すような冷感が顔一面に広がる。それでも何度も何度も目が覚めるまで冷水を顔に打ち付けていた。
「はぁ……」
タオルを手に取り水滴を帯びた顔を優しく拭うと思わず息が漏れてしまう。
だが、ぼやけた視界がはっきりと映し出されていることから眠気は十分覚めたようだ。
「……っ!」
ふと目の前にある鏡に映った自分が視界に入り顔を歪ませてしまった。相当疲れた顔をしているのか、そんな自分に嫌気が刺してしまった為である。
……やつれているな。
本当に、参っているのか…… 私は……
精気の無い顔。無意識の中でストレスを抱えてしまっているのか自然と作られた桜の顔色はいつにもまして曇っていた。
だがそれではダメだと自分を
漆黒の
しかしながら、そんな目つきに合わせるかようにすらりとした鼻に口元と続いており全体を見れば均整の取れている美しい顔立ちだ。
よく人から美人だ、
けれど、今となってはそんな美貌も桜にとって
似ている……
鏡を見つめながらほんの少しだけ顔を動かす。視線をゆっくりと顔の右から左へ、上から下へと流し鏡に映し出された自分の顔を舐めるように見つめた。
自分でも自覚してしまう。本当に
最初は目元だけであった。だが、桜が成長するにつれ顔全体へと行き渡る。小さい頃から似ている似ていると言われていたが、遂にここまで似るとは……
不気味な程に酷似している。あの
まるで自分の顔ではないような、そんな気持ちになり桜は一瞬だけタオルで顔を覆った。
似ていたくない、似たくない。なのに、どうして……
だからせめて雰囲気だけでも変えようと桜は髪を短く仕上げた。あの
それでも隠しきれていない血筋に桜はどうにもやりきれない気分になる。
私は私だ……
再度映し出される桜の顔。表情は何も形成されず無である。自分自身ですら
口角を上げれば、愛想笑いにもならない程見せられない顔だ。近いうちに笑ったことなんてあったのだろうか。表情を豊かにしていないとそれこそ更に似てしまうというのに……
いや、何より暗い顔は出来ない。
桜は一呼吸置き、
私は…… 彼女の前でどう映っているのだろうか……?
自問する。上部だけでも頼れる姉であってほしい。彼女を不安にさせたくない。そういった気持ちが先走り、小さな不安ばかりが積もりに積もる。
向こうのダイニングキッチンから物音が聞こえる。ほんのりと
絆だ……
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