忠臣蔵~町人の心意気~

日乃本 出(ひのもと いずる)

第1話 面白きことも無き世を面白く

「あぁ~~!! まったく、クソ面白くもねえ世の中になっちまいやがったぜ!!」


 朝の長屋通りを大声で悪態をつきながら、忌々しそうな表情を浮かべて大股で歩く、一人の男。

 男の名は、佐吉という。江戸界隈では、ちっとは名の知れた遊び人としてその名が通っている。

 遊び人が面白くもねえと悪態をつくときは、その懐がお寒い時だと相場が決まっている。事実、佐吉の懐事情はまったくもって温かくなく、顔なじみの女にその日のおまんまを恵んでもらわなければ生きてはいけぬといった、なんとも情けない日々がしばらく続いていた。


 しかし、佐吉が年がら年中の甲斐性なしかといえばそういうわけでもなく、普段ならばその持ち前の気風の良さにて、どこからともなく勤め口を見つけてきて、それでもって遊ぶ金と食いぶちを稼いでいるのであった。

 だがここ最近は、とある理由のせいでとんと勤め口がなくなってしまったのである。

 その理由というものが、佐吉の不手際とかであったら、まだ納得は出来る。ところがその理由というものは、佐吉にはどうしようもない、御上によって制定された、とある法律のせいなのだ。


 いくら佐吉が気風のよい遊び人とはいえ、公然と御上の文句を言うほどの命知らずではない。かといってこのまま黙って御上のきちがいざたに従い続けるというのも、あまりにも癪だ。

 そんなこんなで、佐吉は世を憂う言葉を吐きながら肩をいからせて大股で歩くといった程度の憂さ晴らしをしているといった次第。情けないと感じなくはないが、黙っているよりゃあいくらかマシだと己に言い聞かせながら佐吉はずんずんと歩き続けた。


 ところでこの長屋通り、朝っぱらだというのに、表に出て歩いているのは佐吉だけという、長屋通りにあるまじき閑散とした光景。

 普段の朝の長屋通りというものは、ハナタレのガキどもがきぃ~きぃ~わめきながら走り回り、女どもは井戸の水くみついでに井戸端会議に花を咲かせているものだ。

 だがそんな気配はみじんもなく、ガキどもも女どもも、果てはガキと女の旦那も長屋の中で息をひそめて粛々と辛気臭く飯を食っている。実に、異常な光景と言わざるを得ない。


 それもこれも、全ては御上の定めし法律のせいである。

 そんな世であるからこそ佐吉でなくとも、世の中がクソ面白くないと悪態をついて回ってみたくもなるというものだ。ただ、それをしないのは、外を出歩くことが非常に危険な世の中になっているからであり、佐吉はその中をあえて歩いて悪態をつくことで遊び人としての粋を貫こうとしているのであった。


「へっ!! なんでぇ!! 江戸っ子ってもんは、こうまで腰抜けの腑抜け野郎の集まりだったってわけかい?! 我こそ江戸っ子の花形よという粋な心意気のあるやつはいねえのかい?!」


 佐吉のこの大見得に応える者はなく、かわりに、

 アオォ~~~~ン。

 というおびただしい数の野良犬ども――否、お犬様の方々が遠吠えにてお応えくださった。


「そぉら、きなすったきなすった!! 諸悪の根源であらせられる、いまや人間様より身分が高うてござるお犬様の皆々様方が、この下郎の眼前へとおいでくだすった!!」


 お犬様の方々の遠吠えに負けぬように、佐吉は大声で喚き散らした。やがて遠吠えにて佐吉の罵声にお応えくだすったお犬様の面々が、ぞろりぞろりと長屋通りにお集まりになられはじめた。

 お集まりになられたお犬様の方々のその眼光は、一様にして佐吉をさげすんでいるかのように見えた。事実、お犬様の方々は、本能で悟っている。今や、自分たちは畜生ではなく、人間どもが畜生であるのだと。それゆえ、佐吉を見るその眼光が自然と畜生を見下すかのようになったとしても不思議はない。かつて、人間がお犬様を見ていた時と同じように。

 眼前にお集まりなられたお犬様の方々を前にして、佐吉のその怒りと憎しみは最高潮へと達した。しかし、ここでお犬様の方々にとびかかってしまえば、佐吉の首が飛ぶばかりでなく、佐吉の狼藉を止められなかったという責をこの長屋通りの人々が被ってしまうことになる。それすなわち、打ち首だ。


 信じられぬだろうが、今の世は人間よりもお犬様の方が優先される世なのだ。ふざけたことだと思ってみても、御上がそういう法律を制定してしまったいじょう、従うしかない。 

 まったくもって、不条理ここに極まれりといった世である。それゆえ、長屋通りの住人ならずとも、町人、商人、果てはお武家様達でさえ、めたらやったらに外出することをひかえるのは当然というものだ。

 佐吉にできることといえば、お犬様の方々に対して己の憎悪のすべてをその眼光にのせて、憎々しげににらみつけることが精いっぱい。辺りに一面にお集まりになられているお犬様の方々を、佐吉は視線で殺すことができそうなほどの鋭い視線でにらみつけた

 その佐吉の視線に負けてなるものかと、お犬様の方々も激しい野獣の眼光にて佐吉をにらみつけながら、うううう、とうなり声をあげて威嚇する。


 しばしの間、両者はひたすらにらみ合っていた。すると、お犬様の方々の中でも、とりわけ臆病なお犬様が佐吉の眼光に恐慌し、慌ててその場から逃げようとかけだすと、慌てていたせいか、そばにいた別のお犬様に体当たりをしてしまった。

 体当たりをされたお犬様はびっくり仰天。すぐさま噛みついて応戦すると、噛みつかれた臆病なお犬様もこれまたびっくり仰天。元々臆病な気性も相まって、大声でキャンキャン鳴きながら、負けてはおられぬと噛みつき返す。

 これも悲しき獣のさがか、その二匹のお犬様のケンカを皮切りに、他のお犬様の方々もこうしちゃおれぬと言わんばかりに、キャンキャン、ワンワンのしっちゃかめっちゃかのケンカ御免の大騒動。

 予想外のことではあるが、こりゃあおもしれえことになったぞと、佐吉も大声でお犬様の方々のケンカをあおれば、騒動を聞きつけた御役人の同心が慌てて駆け付け、佐吉に、


「おい、町人。これはいったい、どういうことか?!」

「へえ。見ての通りでごぜえやす」

「見ての通りとはなにか?! お犬様達が諍いをなされておられるではないか! なぜ、おぬしはそれを止めようとせぬか?!」

「諍いとはまた心外なお言葉。ああ、これはどうも、口がすぎましたな。ご無礼の段、どうかお許しを――ところでお犬様達でございますが、あれは諍いを起こしているのではありやせん。あれは、お互いにじゃれあっておられるのです。ほら、ご覧くだせえ。あのように激しい取っ組み合いをしておられるようですが、お犬様達、怪我などまったくしておられないでしょう?」


 この佐吉の言葉に、同心は眼前の大騒動をゆっくり見渡してみた。なるほど。たしかに、佐吉の言う通り、お怪我をなされているお犬様は一匹も見当たらないようだった。

 ううむ。と、うなる同心。すかさず佐吉は同心に、


「いかがですかい、旦那? お犬様達がお遊びになられているのを、邪魔したとあっちゃあ、あっしは法の取り決めによって仕置きをうけてしまいやす。ですからあっしは、お犬様達がお遊びに熱をいれすぎてお怪我をなされた時に、すぐにお助けできるよう、こうやって少し距離をとって見守っていたというわけでございやす」


 さすがは遊び人として名の知れた男である。口からついて出るは己にとって都合のいい、しかし筋の通った講釈ばかりなり。

 うなっていた同心、佐吉の講釈を聞くと、ふうむと、すとんと落ちたような息を一つ吐き、


「なるほど。おぬしの言う通りである。お犬様同士のじゃれあいに、余計な手をだすのはまかりならぬ。うむ。しからば、お犬様達の邪魔にならぬよう、我々はさっさとこの場から離れるがよかろうかと思う。そうは思わぬか、おぬしも?」


 同心からのまさかの誘いに佐吉は目を丸くした。なんでい、御役人様にも話のわかる粋な御仁がいらっしゃるじゃねえか。


「さいでごぜえやすね。まったく、旦那のおっしゃる通りでごぜえやす」

「うむ。そうであろう。しからば、拙者は詰所へと戻ることにしようぞ」


 そう言ってこの場から立ち去ろうとする同心の背中に向け、佐吉が一声。


「旦那ぁ!!」


 呼びかけられた同心、足を止めて佐吉の方へと振り返る。


「お互いに、世知辛えもんですね」


 この言葉に、同心はどこか親しみを感じる苦笑を浮かべ、


「それ以上は、言うな――」


 と、一言残し、詰所の方へと去っていった。

 まったく、御役人様達でさえ、御上の法律の被害者ってわけかい。まったく、くだらねえ。佐吉はお犬様の方々の騒動に向かって唾を吐きかけ、さっさとその場から離れることにした。


 時は元禄江戸時代。時の将軍、徳川綱吉によって制定されし法律『生類憐みの令』は、町人にも役人にもその影を大きく落としていたのであった。

 この法律、元々は儒学者としても名高い綱吉によって、江戸の町人たちがお互いに慈しむようにと制定されたものだが、綱吉の御機嫌をとろうとした家来たちによって明後日の方向へと法律がひとり歩きしてしまい、いつの間にか天下の悪法と言われるまでの極端な法律となってしまったのであった。

 それを象徴するかのように、この法律にてもっとも重要視された生き物が、犬。綱吉が戌年生まれということもあって、特に犬については『お犬様』などと呼ばれるほどに法で守られていたほどである。


 それゆえ、江戸の町はおぞましい量のお犬様であふれていた。道はお犬様の糞尿だらけで異臭がし、町人が食事の準備をはじめれば、お犬様はその臭いを嗅ぎつけ集団でそれを強奪に参上し、以前は道の隅に寝ていたお犬様も、今ではずけずけと長屋の中に入り込んで町人の布団を奪い去って寝てしまうといった狼藉のかぎり。

 その人間を小ばかにしたようなお犬様のあまりにも目に余る狼藉の数々に激昂したお侍が、お犬様を斬り殺す事件がつい先日起こった。

 住民たちはそのお侍に喝采をおくったのだが、御上がそのお侍にくだしたおさたは、切腹というものであった。名目上は御上に逆らったためというものであったが、誰が見ても、そのおさたはお犬様が人間よりも上であると証明するものに映ったのであった。


 そんなわけもあり、粋な江戸っ子たちもさすがに戦々恐々。天災と思って、綱吉様が逝去なさるまではおとなしくしておくほかあるまい、と腹をくくって、ただただ息を殺して細々と生活をしているという次第。

 かつての江戸の活気は今やどこ吹く風。辺りに響いていた商売人の威勢の良い大声の代わりに、お犬様の遠吠えのみが辺りに響くだけという、なんとも辛気臭く、そして獣臭い町へと変貌をとげてしまっていたのであった。

 そんな世であるから、遊び人渡世の世知辛さといったら、それはもう侘しさの極みといったものだった。

 それを証明するのが今の佐吉の現状だ。ほんの少し前までは、粋なさきっつぁんと言われるほどの遊び人であったが、今の佐吉と言えば遊ぶ金もなけりゃあ勤め口もない。さらには寝床とおまんまも女にめぐんでもらっているという、ないないづくしの甲斐性なし。面白くもないことこのうえなし。


「まったく!! クソ面白くもねえ世の中だぜ!!」


 懲りずに悪態をつきながら佐吉が歩いていると、前方になにやら愉快そうに懐手をして、足取り軽やかに歩いてくる人影が見えてきた。


「なんでえ、こんなご時世だってのに、やけに景気のよさそうな野郎じゃねえか」


 佐吉は目を凝らして、こちらへ向かって歩いてくる人影を見た。近づいてくるにつれ、その人影の姿が明らかになってきた。その姿に思わず佐吉、


「あれ? あいつは忠吉じゃねえか」


 と、素っ頓狂な声。

 忠吉とは佐吉の遊び仲間の一人で、佐吉と同じくそれなりに江戸では名が知れている男である。そして、これまた佐吉と同じく、最近は勤め口もなく女のところに転がり込んで面白くもねえ毎日を送っているはずであった。

 それなのに、忠吉の歩きぶりの楽しそうなことといったら。こりゃあ、何か面白えことでもあったに違いないと、片手をあげて忠吉に大声で呼びかけると、佐吉に気づいた忠吉は、いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、楽しくて仕方のないといった風に体を揺らしながらやってきた。


「なんでえ、忠吉。なんか面白えことでもあったのかい?」

「おや? おやおや? 吉原にその人ありと言われたさきっつぁんともあろうお方が、あんな面白えことをご存じない?」


 ひひひっ、と皮肉な笑みの忠吉に、佐吉は少し口調を強めて、


「もったいぶってんじゃねえよ、この阿呆が。やい、さっさと何があったかいわねえかい」


 腕っぷしの強い佐吉と違い、忠吉はネズミがチュウと鳴けば飛びあがって逃げる、ネズミのチュウ吉と呼ばれるほど肝の小さい男。佐吉の剣幕に慌てて、


「い、いうよいうよ。それがさ、なんでも江戸城で、武士のお偉いさん同士の刃傷沙汰があったみてえなんだよ」

「へぇ? 確かに大ごとにはちげえねえが、それが一体どうしたってんだい」


 佐吉の不審げな声に、忠吉はにやりと不敵な笑みを浮かべて、


「まあ、そう結論を急いじゃいけねえよ、さきっつぁん。確かに、俺も最初この話を聞いたときゃあ、なぁんだ、武士同士のケンカでもおこったかってなもんだったが、詳しく話を聞いてみると、こいつぁどうも御上にとって難儀な話なんだ」

「どういうこったい?」

「まず、刃傷沙汰が起こったのは、将軍様がいらっしゃる江戸城――それも松の廊下で起こったんだ。それだけでも大ごとなんだが、この刃傷沙汰の内容もまたいけねえ」

「どういけねえんだい?」

「なんでも、赤穂浅野藩の藩主である浅野内匠頭あさのたくみのかみ様が、高家である吉良上野介きらこうずけのすけ様に斬りかかったって言うじゃねえか。なぜ斬りかかったかってえと、浅野内匠頭様が言うには、武士としての名誉を傷つけられたからだと、そうおっしゃっておられたそうだ。ってえことは、この刃傷沙汰はいうなれば、やっぱり最初に俺が思った通り、武士同士のケンカみてえなもんだったってわけさ」

「ふんふん」

「ケンカってえのは、武士だろうが町人だろうが商人だろうが農民だろうが、ケンカの内容はどうあれ、ケンカ両成敗っていうのが世の決まり。だが、ここにきて、御上の下した裁定は、浅野内匠頭様に切腹を申し付けた上に浅野家のお取り潰しってえ厳しいもんだった。じゃあ、斬られた吉良上野介様に下された裁定はってえと、なんと特にお咎めなしってえことらしい」

「そいつぁ、ひでえ話だな」

「だろう? いくら将軍様が絶対とはいえ、こいつぁちと合点のいかねえ裁定さ。町人の俺達でさえそう思うのに、それが浅野家に仕えていた武士達となりゃあ、その無念さは半端じゃねえもんだとは思わねえかい?」


 ひひひっ、とまたしても忠吉は皮肉な笑みを浮かべる。この男がこういう笑みを浮かべる時は、決まってろくでもないことを考えている時である。


「つまり、どういうことなんでえ?」

「だからよ、俺ぁこの事件ってのは必ず尾を引くはずだと睨んでるのよ。考えてみなよ、今の浅野家の武士達は仕えるところを失った浪人どもさ。浪人ってのは、武士として、もう失うものなんざ何もないところまで落ちぶれてるやつらだぜ。そんな浪人どもが、黙ってこのまま手をこまねいていると思うかい?」

「ははん。読めたぜ。つまり、その武士達――いや、浪人どもか。まあ、その浪人どもが何かしらひと騒動を起こすんじゃないかって、そういうわけかい?」


 佐吉のこの言葉に、忠吉は我が意を得たりという風に手を叩いてしたり顔。


「さっすが、さきっつぁん! よぉくわかってるじゃねえかい!」

「で、おめえとしちゃあ、どういう騒動が起きそうって睨んでるんだい?」


 そうさねえ、と忠吉はあごに手をあてながら一唸り。そして、少しの思案の後、


「まあ、あるとすりゃあ、やっぱり仇討ちじゃねえかい?」

「仇討ち、ねぇ」

「そうよ、仇討ちがあるに決まってらぁ。主君が辱めをうけて黙っていられる武士なんていてたまるかい! 武士は主君のためなら仏すら斬り捨て御免ってえ心意気。それが武士ってもんさね。あんな不条理な裁定にて無念の死を遂げた主君の仇討ちをやらずして、なにが武士の心意気だ! 我らこそ、まっこと見事の武士であるってえんなら、江戸の吉良様のお屋敷に押しかけ、主君の仇敵である吉良上野介を斬ってみせてこそ武士の華ってもんだろう! なあ、そうだろ、さきっつぁん?」


 まるで講談師のごとくまくしたてる忠吉に、佐吉もなんだか忠吉の言う通りになるような気がしてきた。確かに、忠吉の言う通りかもしれねえ。とすれば、こいつぁ面白れぇことになるかもしれねえな。


「へっ、浅野の浪人どもがどう動くかはしんねえが、ちったあスカッとすることでもやってもらいてえもんだぜ」

心配しんぺえすんなって、さきっつぁん! 見てなって、きっと俺の言う通りになるからよ!」

「それはそうとして、忠吉よぉ。そんな話、いったいどっから聞いてきたんでえ?」

「なぁに言ってんだよ、さきっつぁん! 今や江戸中、この話題でもちきりなんだぜ? 知らねえのは、さきっつぁんくらいだよ!」


 そう言って、忠吉は先ほどと同じように、懐手をして軽快にその場を後にした。

 取り残された佐吉、この男にしては珍しく、小難しい顔をして思案する。

 江戸中、この話題でもちきりだということは、江戸の町人達も忠吉と同じような考えを抱いているに違いない。そして、そうなってほしいと期待もしているに違いない。


 火事とケンカは江戸の華とはよくいったものだが、ここ最近、火事もケンカもとんと起っちゃいない。そこにきて、御上の不条理な法律がさらにきつくなって、滅多なこともできゃしない。

 となれば、江戸の町人達が、溜まり溜まった苛立ちのはけ口をなんとか見つけようと、浅野の浪人達に御上や江戸を揺るがす大騒動を望むことも、また無理のない話であろう。

 それは佐吉も例外ではなく、苛立ちのはけ口がなかったからこそ、往来で悪態をついていたのだ。それゆえ、佐吉も先ほどの忠吉の言葉を――いや、浅野の浪人達の心意気を信じてみたくなった。


「武士は武士である前に、一人前の男のはずだぜ。一人前の男である武士が惚れこんだ主人が辱めを受け、それが原因で死んじまったとなっちゃあ――男のやるべきこたぁ、一つしかないんじゃねえかい?」


 佐吉は誰にともなくそう呟き、佐吉は悪態をつくのをやめ、家路へとついた。その足取りは、これから起こるであろう事件の期待によって、自然と忠吉のように軽やかになっていたのであった。

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