第41話 屋根裏の住人

 見つからないで欲しい物に限って、すぐに見つかる。それが見つかるまで、本堂の周りを見始めてから一分もかからなかった。


「ねぇ珠ちん。これって……」


 ハシルヒメが指さしたのは壁の上の方だった。屋根と壁の間の、ちょうど三角の頂点になっているところだ。


 その周囲だけ、見るからに黒く汚れていた。よく見ると、芋虫にも見える黒い固形物が壁引っ付いている。


「うん。確かに」


 珠は足元を見た。毎日箒掛けをしているので綺麗なのだが、よく見ると棒状のスナック菓子を小さくなるまで焦がしたような黒い物が落ちている。


 珠はそれを指さした。


「これ糞だよね? 何の動物だろう?」


「えっとね……」


 ハシルヒメが懐から紙を取り出し、じっと見つめる。だが少しすると、首を横に振った。


「ダメだ。虫じゃないってことくらいしかわからないや。でも糞があるってことは……」


 ハシルヒメが壁を見上げた。珠も同じ場所を見る。


「何かいるってことだよね」



~~~~~~~~~~~~~~~



 翠羽に渡された紙には『動物の場合は個人で対応するのは難しいので、業者に連絡すること』と書かれていた。だが案の定、ハシルヒメは業者に依頼することを渋った。


「珠ちん……翠羽の紙に相場とかも書かれてるんだけど、うん十万とかが普通に並んでるんだ」


 実際のハシルヒメの言葉はこんな感じだったが、たしかに珠にも高額に感じた。


「何かできないか試してみようか。ダメだったら、そのときに業者を考えよう」


 そう決めて本殿の中へと入った。碁盤目状の梁が特徴的な天井を見上げて中を一周したが、動物の姿はおろか、痕跡すら見当たらない。


「天井裏見ないとわからないかも。普段ハシルヒメは本殿にいるんだよね? 物音とか聞こえたりしてないの?」


「本殿っていっても、普段は神域の中にいるから、こっち側で音が鳴ってもわからないんだよね」


 ハシルヒメは床下を開け、腕くらいの太さの竹の棒を引っ張り出していた。珠もそれを掴んで、床に上げるのを手伝う。


「これは?」


「天井に上がるための棒だよ」


 ハシルヒメは棒を引きずって壁際まで持っていき、壁に立てかけるように起こした。そしてその棒で天井をつつくと、碁盤目状に区切られている板の一枚が外れる。そこに棒を差し込むようにして立たせた。


「おし、じゃあ珠ちん。この棒を上って」


「え? 梯子とかじゃないの?」


 ハシルヒメが頷いたので、珠は言われるがままに竹の棒にしがみついて体を持ち上げた。棒の表面がつるつるしていて上りやすい物ではなかったが、天井は身長の二倍を少し越える程度の高さだ。ジャンプした反動を使って少し上ると簡単に手は届いた。梁をつかんでしまえば、体を持ち上げるのは珠にとって難しいことではない。


 天井裏は部屋からの明かりが少し漏れているだけで、かなり暗かった。珠は夜目が利くので梁の上を歩くくらいは問題なさそうではあったが、何かを探すとなるとさすがに暗すぎる。


「珠ちん!」


 下から呼ばれて視線を向けると、ハシルヒメが何かを投げた。天井に届く寸前で落下し始めたが、珠は手を伸ばしてそれをつかむ。


 バランスを崩すほど重たくはないが、しっかりとした重みが手にのしかかる。小さな箒より少し重たいくらいだろうか。


 それは大きめな懐中電灯だった。500ミリのペットボトルよりも大きく、持ちやすいとは言い難い。だがその分、スイッチを入れたときの明るさは、思わず目を細めてしまうほどだった。懐中電灯が向いている方向に限っては、下の部屋よりも明るいのではないだろうか。


「ありがとう」


 そう礼を言うと、ハシルヒメはサムズアップした右手を伸ばして返事する。


 珠は屋根裏を照らし、向かうべき方向を探した。珠は今壁際にいるが、それは外から見た壁とは反対側の壁だ。


 住む前提で作られていないからか、断熱材などは見当たらず、屋根の形まで見て取れる。向かうべき場所は簡単に見つかった。


 完全に立ち上がることはできないが、少し身をかがめれば頭をぶつけることもない。移動し始めてしまえば、あっという間に壁の近くまで寄ることができた。


「あ、これ……」


 足元を照らす光に、黒いゴミのようなものが映った。外で見た糞と同じもののようだ。影ができていたので、外で見たときよりも目につく。


 もちろんそれは一つではない。少し照らせば十を越える数は見え、その密度は壁に近寄るほど上がっている。


「壁から出入りしてるのかな?」


 珠は懐中電灯を消した。もし外と繋がる穴でも空いていれば、光が漏れているのではと思ったのだ。


 壁そのものから光は漏れていなかった。だが上から光を感じたので見上げてみると、屋根と壁の隙間からわずかに光が漏れていた。


 体を起こして顔を寄せていると、指がギリギリ入るくらいの小さな穴が、ちょうど屋根が合わさっているあたりに空いていた。


「ちっさ……さすがにここから出入りしてるってことはないよね?」


 珠は懐中電灯のスイッチを入れ、穴の近くを照らした。その瞬間に黒い影が見えたので、思わず身構える。


 それはとても小さかった。おはぎのような黒い塊が二つ、柱と壁の触れあっている角のところに張り付いている。


「え? なにこれ? これがもしかして侵入者?」


 これくらいならと、珠は手を伸ばした。いきなり走り出す可能性もあるだろうと、頭の中で想定はしていたが、それは全く抵抗することなく、珠の手の中に納まった。それは逃げ出そうとするどころか、身をよじって手の平の納まりのいいところに落ち着いたので、珠は指が触れる程度に軽く握るだけにした。


 懐中電灯を置き、反対の手でもう一つもつかむ。それも同じように、軽く握るといい感じに落ち着いた。


 珠は懐中電灯をそのままに、梁の上を戻り、手を握りしめないように気を付けながら部屋へと飛び降りた。


「珠ちん? どうだった?」


 すぐ下で待っていたハシルヒメが駆け寄ってくる。珠は両手をハシルヒメの方へ伸ばした。


「とりあえず二つ捕まえた。糞が落ちてる上にいたから、たぶんこいつらで間違いない」


「ええ!? 素手で捕まえたの? さすが珠ちん」


「いや、たぶんハシルヒメでも簡単に捕まえられたと思うけど」


 珠が指を少し緩めた。ハシルヒメがそれを手で覆ってやめさせる。


「ま、待って! 気持ち悪くない?」


「え? さぁ? ちゃんと姿見たわけじゃないから。とういうか、捕まえてやるって息まいてたのに今更気にする?」


「いや、そうなんだけど……わかった。珠ちんが頑張って捕まえて来たんだもんね。私もちゃんと見るよ」


 ハシルヒメが手を離したので、再度指を緩めた。


「別に見たくなければ見なくていいんだけど」


 緩めた指と手の間に、豚鼻の小さな顔が見えた。耳は大きく、目は毛玉に埋もれかけているほど小さい。


 ハシルヒメが恐る恐る覗き込んだ。


「ん……? あれ?」


 ハシルヒメが珠の顔を見上げた。


「ぶちゃいくだけどカワイイ……」


「うん? 今わたしを見て言った?」


 ハシルヒメがぶんぶんと音が聞こえそうなほど首を横に振った。


「ち、ちが……! その手の中の動物! 可愛くない?」


「うん。正直すごくおとなしく手に収まってるから、かわいく感じ始めてる。モフモフしてるけど、ツルっとした羽みたいなのがあるから、コウモリかな?」


 指の隙間から姿を確認する。あまり手を緩めると逃げられてしまうかもしれないので、全身を見るのは諦めた。


 ハシルヒメがその様子を見て、胸をなでおろす。


「よかった。いきなり握りつぶしたらどうしようかと思ったよ」


「うん? それ怒っていいやつ?」


 ハシルヒメは後ろに下がった。


「い、いや。お茶屋さんのためにはどうにかしないといけないじゃん? 珠ちん容赦ないとこあるから、心を鬼にしたりするかなって……」


「さすがにそこまで鬼じゃない。でもたしかに、この子たちをどうにかしないといけないんだよね」


 珠が二匹の顔を見ると、ハシルヒメが顎に手を当てて考えるようにした。


「とりあえずさ。一回外に逃がしてみない? そしたらとりあえずその二匹はいなくなるわけじゃん?」


「そうだね。とりあえずやってみようか」


 二人は本堂から出て、道の外側にある森に入った。そして二匹を木に近づける。すると二匹とも羽の爪をうまく使って木に張り付いた。


「お、大丈夫そうだね。珠ちん」


「うん。とりあえずこれで――」


 安心と言おうとした瞬間に、二匹とも飛び立つ。それを追った目線が向かった先は空ではなかった。


 それはまっすぐ本殿へと飛んで行き、屋根と壁の隙間に姿を消した。


 珠とハシルヒメは目を合わせ、苦笑いを浮かべる。


「とりあえず、翠羽さんに相談してみようか」


 珠が提案すると、ハシルヒメも迷わず頷いた。





(※この作品はフィクションです。危険ですので、野生動物に素手で触れないようにしてください。また、コウモリを駆除のために許可なく捕獲することは禁じられています)

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