第8話 神さまの選んだ業者

「なんかスケジュール開いてるから、すぐに業者さん来てくれるって!」


 珠が布団をたたんで押し入れに片付けていると、ハシルヒメが部屋に駆け込んできた。


「お金使うの嫌がってた割には嬉しそうじゃん」


「もちろんお金かかるのは嫌だよ。でも選びに選んでおいた業者だからね。なんだかんだで来てもらうの楽しみなんだよ」


「清掃業者かなんかでしょ? そんな楽しみなことある?」


「まぁね。へへ」


 にやにやと笑うハシルヒメを、珠は純粋に気持ち悪いと思った。


「ハシルヒメのことだから値段だけで選んだのかと思ってたけど、その笑い方は違いそう」


「まぁね。もっと大事なことがあるのさ」


 ハシルヒメが親指と人差し指でV字を作ってあごに当て、格好をつけた。珠は顔をしかめる。


「わたしが思ってる大事なこととは違いそうなのが嫌なんだけど」


「まぁそれは、来てからのお楽しみってことで」


「楽しみなのはあんただけでしょ」


 珠はハバキを探すために、ハシルヒメの横を通り過ぎた。



~~~~~~~~~~~~~~~



 一時間ほど経った頃に、白い軽トラックが桜雷神社にやってきた。広い参道の左側を通り、鳥居の手前で停車する。


 それにいち早く気づいたのはハシルヒメだった。


「来たよ!」


 自分の部屋を箒掛けしている珠のもとへ、再度かけ込んだ。珠は手で払うようにした。


「いちいち報告しなくていいよ。ハシルヒメが対応するんでしょ」


「そりゃまぁそうだけど、珠ちんは作業を見学して技を盗むんだよ? そう何度も呼べるものじゃないんだから」


「いや、今日ってゴミを片付けるだけなんじゃないの? わたしが見てもしょうがなくない?」


 ハシルヒメはあごに手を当てて、考えこむようにした。


「でも、来てからのお楽しみって言ってたよね?」


「わたしじゃなくて、ハシルヒメがね」


「えー? わたしがどんな業者を選んだのか気にならないの?」


 ハシルヒメが珠の腕を掴んで左右に揺すった。


「あーもう。わかった。わかったから。挨拶くらいはする」


 ハシルヒメに引かれるがままについていくと、社務所を出たあたりでカフェの扉についていそうな鈴の音が聞こえた。


「はーい。すぐいくねー!」


 ハシルヒメはそのまま本殿側から拝殿へと入った。


 賽銭箱の前にすらりとした白いワンピース姿の女性が立っていた。つばの広いハットが長いシルバーブロンドを隠している。年齢は大学生くらいだろうか。ちらりと見えた瞳はローズクォーツのように美しかった。


 珠は思わず息をのんだ。


「え? 誰? この美人さんは?」


 珠はハシルヒメに聞いたのだが、ワンピース姿の女性が頭を下げた。


小船綿こふねわた 翠羽すいはと申します。清掃と廃棄物処理の依頼をしていただいたハシルヒメさまで間違いないでしょうか」


「はーいはーい。それわたしね」


 ハシルヒメが手を上げたあと、珠に向けてサムズアップして見せた。


「美少女が掃除してくれる業者はさすがに見つからなかったけど、美女が作業してくれる業者は見つかったんだ」


「それは大事なことじゃない!」


 誇らしげにしているハシルヒメの後頭部を、珠は思いっきり引っぱたいた。

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