求婚は舞踏会で
その後も何度か王子と話をする機会を持ったもののなんとか乗り切り、ついに王子が滞在する最終夜を迎えた。
相変わらず、テオドール王子のアタックは続いており、王太子は苦い顔をしている。シャーロットは王太子達と相談し、あくまで気はないが、最低限失礼にならないような対応はします、といった体で彼と会話をしていたが、残念ながらテオドールはあまり空気を読む方ではないらしい。彼の中ではブラニカ姫との婚約はほぼ決まったようなものだと考えているようで、エルドランドの面々はいっそこっぴどく振ってしまったほうが良いか、と頭を悩ましていた。
そんなそれぞれの思いが交錯する今夜の舞踏会。明日でこの国を発つシェリル王国の面々のため、豪華な舞踏会が城では行われることになっていた。そしてここでシャーロットが上手く王子の求婚を断ることができれば彼女はお役御免である。果たしてあの王子がきっぱり諦めてくれるのか不安ではあるが、今は自分に出来ることをしよう、と侍女たちによって念入りに準備をされながら、シャーロットは気持ちを新たにするのだった。
国王や王妃といった王族達、そして公爵を始めとした高位貴族の視線をシャンデリアの光とともに一点に浴びるシャーロット。比較的ゆっくりとしたワルツに合わせ、彼女はテオドール王子と広いホールの中心で踊っている。始まった舞踏会。既定路線ではあるものの今夜の主役であるテオドール王子はシャーロット扮するブラニカ姫に最初のダンスを請い、彼女の腕はそれまでエスコートされていた王太子からテオドールの元へ預けられた。
「頼みますよ」
そう王子に微笑みかける言葉は妹を預ける兄のものだが、それと同時に「頑張ってくださいね」というシャーロットへ向けた声が耳元に囁かれ、彼女を勇気づけた。
言葉や作法はある程度知っていてもダンスを踊ったことはないシャーロット。
「どうしても難しければ踊らなくて良いように考えますよ」
と言ってくれていた王太子だったが、その心配を他所に、シャーロットは短い期間で基本のワルツのステップを踏めるようになり周囲を驚かせた。王族にも教えることがある、というダンス教師のお墨付きを得て、付け焼き刃ではあるものの、王子とフロアを回る彼女。その姿はこれまでほとんど踊ったことがない、とは到底信じられないほど、優雅で落ち着いていた。
しかしその一方でシャーロットは内心少しだけ落胆していた。ダンスの授業では彼女の存在を知る人が少ないこともあり、相手役を努めたのは全員女性だった。そのため実は男性と踊るのはテオドール王子が初めてだ。物語で何度か読んだ、姫君と王子のダンスに少女らしい憧れを持っていた彼女は作戦の一部とは言え、このダンスを楽しみにしていた。
しかし少し期待しすぎていたのだろうか。テオドール王子と実際に踊ってみると、自分より背も高く歩幅も広い男性に置いていかれないようついていきながら、社交用の笑みを浮かべ、そして王子と会話を交わしていれば、ダンスを楽しむ余裕など全く無かった。
(意外とこんなものなのかしら)
そう内心で思いつつも、それでも笑顔を貼り付け、王子に微笑みかけると、彼はその美しい顔で笑いかける。この笑みで何人が落とされてきたのだろうか?しかしシャーロットとしてはあまり心動かされないな、と思いつつ彼女はまず最初の一曲を踊りきった。
「あまりダンスはお上手でないとおっしゃっていましたが、ご謙遜を。素晴らしい腕でしたよ」
「きっと殿下のリードが素晴らしいからですわ。ただ久しぶりにこんなに大勢の前で踊ったので緊張して息が上がってしましましたわ」
「おや、そうですか? ではもう一曲だけにとどめておきましょうか?」
もう一曲踊るの?と顔には出さないが、心のなかで顔を歪めるシャーロット。それに連続して同じカップルで踊るのは夫婦や婚約者、もしくは恋仲の男女、というのが相場。ここで外堀から埋めるつもりか、と焦りつつ、どこかで冷静さも残るシャーロットは微笑みながら続ける。
「素敵なお誘いですわ。でも今日は殿下のために高位の年配の方も大勢いらっしゃっています。そんなところで会ったばかりの男女が連続で踊ったらはしたなく思われてしまいますわ」
「婚約は決まったようなものだから良いと思うのだが……」
とそれでも渋る王子だが、そこで彼女達とすれ違った公爵夫妻が彼女達に声をかけ、ダンスの輪から出て会話を初めたことで、2回めのダンスはとりあえずなし、となった。
それからもなんだかんだといろいろな人に話しかけられ二人はなかなかダンスの輪に入れない状況が続いた。もちろん今日がテオドール王子と交流する最後の機会だ、というのもあるだろうが、それ以上に王太子がそうするようけしかけているのは明らかだ。
事実、先程から話しかけてくる人々は皆自然な風を装いつつ明らかにテオドール王子にばかり話しかけている。シャーロットに話が振られそうになった時はそれとなく会話が引き取られ、それでも彼女が話さなくてはいけなくなった時は、彼女が最低限の答えをするだけですむよう彼らが話をリードしてくれているのが分かった。
それに加えて、どうしてもなんと話せばよいかわからなくなった時は、心のなかで王太子に助けを求める。すると、すぐに耳元で王太子の声が聞こえ、おかげでシャーロットはなんとかこの舞踏会を乗り切れそうだった。
そうして、段々と夜は更けていく。ちょうど誰とも話さない時間が出来、楽団が奏でる音楽がロマンチックなワルツに変わったところで、テオドール王子がスッと広間の中央に向けてシャーロットを導きだした。そろそろもう一曲踊ろう、というのだろう。そして時間からしてもその後にそろそろ……。あまりダンスを断り続けるのも不自然だろう、ということでシャーロットが導かれるまま中央に来ると、人の波が少し動きちょっとしたスペースが生まれる。今日の主役に場所を譲ってくれたのだろう。場所を確保した王子は腕を差し出してダンスを請う。シャーロットがその腕を取り、微笑みながら膝を折ると、ゆっくりと音楽に載せて王子が動き出し、二人は踊り初めた。
先程と同じく比較的スローペースな曲だから踊ることには問題ない。先程踊ったことで、テオドールのリードにも慣れ、シャーロットにもある程度余裕が生まれた。ただだからといってダンスの時間が楽しくなるわけでもなく、ただ彼女は楽しそうな仮面を貼り付け、王子についていく。その表情をどう受け止めたのか、曲が終わると、王子はそのまま彼女の腕を取って動き出す。
「あの、殿下? どちらへ向かわれるのですか?」
「あぁ、少し姫様とゆっくり話したいと思いまして。ここはあまりにも人が多いでしょう? 大丈夫、少しバルコニーに出るくらいなら誰も何も言いません」
そう言って少し強引に彼女の腕を引く王子。どうしようか、と考えたシャーロットだが、結局彼の言うままにバルコニーまで来てしまった。
広間にいくつもあるあ大きな窓の外はちょっとしたバルコニーになっており、人波に酔った人が休んだり、ゆっくりと話しをするため開放されている。今日の空は晴れ、夜になっても月と星の光が明るく二人を照らし、少しロマンチックな雰囲気を醸し出す。これまでの生活ではまず立てなかっただろう場所に着飾っていることに不思議な気持ちになりつつ、こころのどこかで、本当は別の人と来たかった、という気持ちに蓋をする。王子がここへ呼んだのは今後の話をするためだろう。彼女に取って、そしてエルドランドにとっても大切な局面だ。
「姫様」
「はい」
神秘的な紫の瞳が彼女を見つめる。本物のブラニカ姫だったら彼の瞳に落ちたのだろうか。しかしシャーロットの答えは決まっている。脚本でも、そして彼女の本心でも。
「あなたに会った時から、いやあなたの絵姿を見たときから私の心はあなたのものです。どうか私とシェリルへ来てくれませんか?」
「私は……、あなたのような素敵な方にふさわしくはありませんわ」
膝をつき、腕を差し出す王子。言葉こそ王子を立てているものの、その腕を取らずはっきりと拒絶するシャーロットに王子の顔が歪む。
「そうですか。あなたは私に惹かれるものはない、と。良いでしょう、共に暮せばあなたも分かってくれるはずです」
そう言うと、大股で、窓辺によりカーテンをさっと閉めてしまう。すると煌々としたシャンデリアの光が閉ざされ広くはないバルコニーには王子とシャーロット二人。文字通り月と星だけが見守る場所が完成する。
そのまま強引に彼女の腕を引き、自分の方へ引き寄せるとバルコニーの柵に彼女を押し付けるようにして囲い、そして顎に手を添える。彼が何をしようとしているのか知ったシャーロットは顔を引き攣らせる。一瞬声を上げそうになりそして思いとどまる。今の彼女は王族の姫だ。本物は駆け落ちしたとは言え、あまり醜聞になるようなことは避けるべきだ。
もちろんかと言って、彼に簡単に口づけを許すつもりもない。
「殿下? 強引な殿方は嫌いですわ」
ツンと顔をそらしならが言いつつ、彼女はこの場を乗り越える方法を考える、そして
(殿下! 助けて)
そう念じながら、王子を押し返そうとし、その腕を王子に払われた時、バサッと音がしてカーテンの向こうから男が現れた。
「ブラニカ!」
「兄様!」
厳しい顔をして現れた王太子にテオドール王子が驚いたことで出来た好きをついて彼の腕から逃げ出したシャーロットはそのまま勢いよく王太子の胸に飛び込む。
この場でも、「殿下」ではなく、「兄様」と呼びかけることが出来た自分を褒めてあげたいわ、そうどこか冷静な頭で考えつつ、彼女は王太子の背中に腕を回した。
そんな彼女をなだめるように、ポンポンと背中を叩きつつ、顔は厳しいままの王太子は王子と対峙する。
「おいたはやめるようにと散々注意されていたのではないか? テオドール王子」
厳しい口調で王子をにらみつける王太子。しかし睨まれた王子は素知らぬ顔をする。
「何もしておりませんよ王太子殿下。確かに姫とふたりきりになろうとしたのは配慮が足りなかったかもしれませんが、それだけです」
その言葉に王太子は、奥歯を噛み締めつつ努めて冷静に言葉を返す。
「カーテンを締め切って、婚約もしていない女性とふたりきりになろうとした上、嫌がるのを無理やり押さえつけて口づけしようとするのが何もしていないのなら、私はシェリル王国の規範を疑わなければなりませんが」
と、そこで王太子は言葉を切る。
「まあ、ここで何をしようとしていたのか水掛け論をしていても仕方ありませんね。少なくとも姫を押さえつけていたことは私が見ています。なんでしたらお父上に直接抗議の文面を送っても良いのですが?」
お父上、の言葉にそれまで余裕を見せていた王子が顔をこわばらせる。王子の父親、ということはすなわちシェリルの国王だ。王太子の調べによれば、彼はシェリルでも女性関係で度々周囲を困らせていたらしい。それでなくても期待していない上に、王家に悪評まで立てかねない、となれば国王の態度も厳しくなるだろう。
と、そこへさらに数人の男性が現れる。彼らはシェリル王国から王子に同行してやってきた貴族達。いわば王子のお目付け役だ。
「テオドール殿下、何をしていらっしゃるのですか?」
「あぁ、皆さん。殿下はどうやら私の妹を気に入ってくださたようで。しかし焦るあまり少々わたしの大切な姫を怖がらせてしまったようです。ブラニカは王子との婚約は考えられないんだよね?」
最後は腕の中のシャーロットに向けて言った言葉にシャーロットは王子の行動に怯える姫を演じつつ、コクリと頷く。
腕の中の妹には甘く微笑みかけていたが、顔を上げた途端、同じ笑顔でも冷たい笑みでシェリル貴族達を見渡す王太子に彼らは王子が何をしたのか大体のことを把握する。
そんな彼らに王太子は微笑みかける。
「こういうことで、悪いが今回の話はなし、ということにしていただきたい。そちらが何もせず諦めてくれるのであれば、私もことを荒立てたくはない、穏便に済ませようとはおもっているのだが」
その言葉にシェリル貴族たちの中でも特に高位なのだろうと思われる一人が少し安堵した様子で応える。
「寛大なお言葉感謝いたします。我々としても少々上を見すぎた話だとは思っておりましたところ。もちろんブラニカ姫様のご意向を尊重させていただきます」
そう言うと、王子を引っ張るようにして彼らはバルコニーから去り、そのまま舞踏会のからも出てしまう。その様子に王太子は一つため息を付いた。
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