第22話
翌日も杉原先生は詩を持ってきてくれた。
今度は「飛べない鳥」という題名の詩。
「飛べないのなら
歩いて行こう
ほら
君は飛ぶことばっかり考えて
進むことを忘れている
知っているかい?
飛べない鳥もいるって
彼らは別に退化したわけじゃない
進化したんだ
飛べない鳥なんかじゃない
飛ばない鳥さ
だから飛べない君は
歩けばいい
空行く鳥たちが憧れるくらい
大地の上を楽しんで歩いてやればいいんだ」
ずいぶんと前向きな考え方だ。やっぱり、詩菜は気に入らなかった。
詩菜は思う。
歩くことすら叶わない自分はどうしたらいい?
本当に歩けないわけではない。トイレには自分一人で行けるし、病院の中なら自由に歩いてもかまわない。しかし室外、病院の庭に出ることすら、詩菜には付き添いが必要だった。
もし自分がこの作者の言う、飛ばない鳥だったのなら、死んでいるだろうと思う。満足に歩くことも出来ない自分は、ろくに餌をとることも出来ない。群れと共に行動も出来ない。
確かに飛ばない鳥は不良品ではない。しかし自分は、正真正銘の飛べない鳥だ。飛べるはずなのに飛べない、欠陥品。
そんなことを考えながら、ベッドに腰掛けて窓の外を眺める。窓から覗く狭い空。色褪せたその空を一羽の鳥が飛んでいた。
とても気持ちよさそうに。
そんな鳥を眺めながら思う。
もしあの鳥から、翼を引き千切ったなら……
飛べなくなったあの鳥は、楽しそうに大地を歩いて生きていくのだろうか……
それが無理であることくらい、詩菜には容易に想像出来た。
「先生……」
窓の向こうに視線を向けたまま呟く。
「何? 手術受ける気になってくれた?」
部屋の花瓶の水変えをしていた手を止めて、杉原先生は答える。
「違います。そうじゃなくて、この詩はどうしたの?」
「ああ、その詩ね。路上販売とかいうの? 最近、駅で詩を書いて売っている子がいるのよ。それで、詩菜ちゃん本とか大好きでしょ。だから、喜ぶかなと思って買ってきたんだけど。どうだったかな?」
尿瓶で、花瓶に水を注ぎながら杉原先生は笑顔で言った。
「どんな奴が書いてた?」
「大学生くらいの男の子? 名前とかそこに書いてない?」
言われて、詩菜は色紙を確認してみる。色紙の左下のほうに名前が書いてあった。
「鈴木優和……幸せそうなへらへらした奴だったでしょ」
「確かにニコニコしてたかな? 会ってみたい? 会ってみたいんだったら、来れないか、聞いてみようか?」
会ってみたいわけではない。詩菜は文句を言ってやりたかった。
こんな幸せそうな詩を書く奴に、自分の境遇を見せて、それでもそんなことが言えるのか聞いてみたかった。
ただ……それだけだった。
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