第20話
「よかったよ~~」
「本当によかった。サンが目を覚ましてよかったよ~~」
フウとリースは嬉し涙で頬を濡らしながら、口々に喜びの言葉を紡いだ。
「なんかそこだけ聞くと、私が意識を失っていたみたいに聞こえるよね」
「実際意識を失ったのはポチなんだけどね」
フウは少し視線を落として、ボソッと呟く。
「あー、だから謝ってるでしょ。寝ぼけてたんだからしかたないのっ。ハイ、すみませんでした!」
「寝ぼけてたら、殺人未遂してもいいのかよ! ポチはもう瀕死だぞー」
「怖かったですにゃ。本気で死ぬかと思ったですにゃ。中身もちょっと出たっぽいですにゃ……」
ポチはリースに抱きかかえられながら、まだ少しピクピク痙攣していた。
そんなふうに、三人と一匹が騒いでいると――
「あの…………」
不意に声が掛けられた。フウたちは一斉に声のしたほうに振り向く。
そこには人間がいた。
少し透き通った、人間の女の子。見た感じでは人間で言うところの女子高生くらいだろうか、何か儚げな印象のかわいらしいというよりは綺麗な感じの子だった。
「あの、天使の方ですよね?」
「うん」
「はい」
少女の問いに、フウとサンが頷く。
「リース様は悪魔だよ」
「ポチはリース様の使い魔ですにゃ」
リースとポチも答えた。
「あの、私、ルフレさんという天使を探しているんですけど……」
「ルフレ先輩?」
サンが聞き返す。それはサンもフウも知っている名前だった。
天使見習いルフレ。天界で知らないものはいないであろう、超有名見習い天使。普通、天使が見習いでいる期間は平均で二十年程度。しかしルフレはすでに五十年以上見習いをしている。だから彼女はフウとサンの大先輩にあたる。
だが、彼女は別に、出来損ないでずっと見習いを続けているわけではない。ルフレは大きな力を持ち、将来を約束された天使だった。
そんなルフレが今もまだ見習いでいる理由。それは単純な理由だった。
欲望を捨てきれないから……
天使が見習いから卒業するには欲望を捨てなければならない。しかしルフレはそれが出来ないでいる。
だから天使見習いルフレは上級天使をも上回る力を持った最強のベテラン見習い天使だった。
「ルフレ先輩を探してるの? えと、今日は見てないなー」
フウが言う。
「なぁ、そんなことより、お前、少し透けてるけど幽霊か?」
リースが瞳をキラキラと輝かせて問う。
「あ、はい。私、渡辺詩菜って言います。二年前から幽霊です」
「すげぇー、俺様、幽霊始めて見た。透けてるけど触れるのかな?」
リースはそう言うと、持っていたポチを詩菜に投げつけてみる。
詩菜は飛んできた指人形くらいの大きさのポチを両手で受け取った。
「にゃー。急に投げたら危ないですニャ!」
「お、持てた。同じエーテル体だから、透けないんだな~」
ポチの抗議を無視して、感心しているリース。
そんなリースをさらに無視して、サンが聞いてみる。
「ルフレ先輩に何の用事なの? 大切な用事なんだよね? だって、普通幽霊は天使や悪魔に無理やり除霊されるのを恐れて、自分から近づいてくることなんてないはずだもん」
「あの、幸せにしてほしい人がいるんです。知り合いの霊から聞いたんですけど、ルフレさんという天使の方が、人間だけじゃなくて、幽霊の願いも叶えてくれるって。だから、どうしても会いたくて……」
「そうだったんだ……でも、僕らはルフレ先輩じゃないし、天使だから君を除霊しちゃうかもしれないよ」
「えと、見習い天使の方は除霊、出来ないんですよね?」
詩菜が言う。確かに、彼女の言う通りだった。見習い天使による除霊は許されていない。
「お、見習いだってばれてるぞ。確かにフウもサンも見た目からしてひよっこだからな。見習いにしか見えないな」
そう言って、嬉しそうに笑うリース。
「あ、別にそういうわけではなくて、天使の輪が黄色いのが見習いで、見習いを卒業すると白くなるって聞いて知ってましたから」
「お、この幽霊、天使に精通している。ついでにいうと、さらに最上級の天使になると青っぽくなるんだったよな?」
「うん」
サンが頷く。
「あの、みなさんはルフレさんのお知り合いなんですよね?」
「うん。お友達だよ」
フウが頷く。
「どこにいるかはわかりませんか?」
「ぬぅーー! それは、あれか。リース様じゃあ、幸せに出来ないということか? ルフレとか言う、見習い天使なら出来て、リース様じゃ無理だと思っているってことなのか?」
「ていうか、リースは悪魔じゃん。不幸にするのがお仕事でしょ」
「あ……そうだった」
言って、リースは苦笑いを浮かべる。
「そうだね。僕らも天使だから、僕たちが幸せにしてあげようか?」
それは本当だったら許されないこと。幽霊とは神の定めた命のサイクルから逸脱した存在であり、神はその存在を許していない。だから神の使いである天使がその幽霊の願いを叶えるなどということは本当はあってはならない行為。
それでも、その幽霊が自分の幸せを望むのではなく、他の誰かの幸せを望むのなら、フウはその願いを叶えてあげたいと思った。
「ほんとうですか? お願いします」
詩菜は笑みを浮かべて、嬉しそうに深くお辞儀をした。
「うん、喜んで。それがお仕事だからね。でも、どうせだからご指名のルフレ先輩も呼んじゃおっか」
「そうだね。じゃあ、私呼んでみる」
そう言った後、サンは目を閉じて意識を集中する。
頭の中にルフレを想像して、呼びかける。
すると――
時空が歪んで……
「呼ばれて、飛び出て、ジャジャジャジャーーーン! ルフレお姉さん華麗に参上!」
ルフレが現れた。
『あ……かぶった』
フウとリースが同時に呟いた。
「で、急に呼び出してどおったの?」
『えーーっと、かくかくしかじか』
フウとサンでルフレに事情を説明する。
「うむ。なるほど。幽霊さんの願い事を叶えるのね」
「お願いします。幸せにしてほしい人がいるんです」
そう言って、深くお辞儀をする詩菜をルフレは品定めするような目で見つめ、一度大きく頷く。そして笑顔を浮べると言った。
「わかった。このルフレお姉さんに任せておきなさい。その幸せにしてほしい人も、あなたも、私がもれなく幸せにしてあげますから。だからお礼に素敵な笑顔を拝見させてもらうわよ。じゃ~、とりあえずの諸事情のほうを詩菜さんの心に聞いてみましょうか。いくわよ。みんなで一緒に、心を一つに……」
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