第9話
めんどくさい……めんどくさい……めんどくさい……
それだけを考えて勇樹は階段を上り続ける。
現在地は――四十七階。
目指す先は百二十階。
まだ半分以上ある。まだ五十階にも届いていない。
先はまだまだ長い……
だから、勇樹は壁に背を預けて少し休むことにする。
疲れた……足が痛い……咽が渇いた……
壁に寄りかかったままそんなことを考える。
勇樹はビルに入る前に自動販売機で買っておいた500ml入りのスポーツドリンクをバッグから取り出し、ごくごくと咽を鳴らして飲んだ。
「ふぅ~~~~」
飲み終えると、一度大きく息を吐いて、スポーツドリンクを見る。どうやら、一気に半分近く飲んでしまったらしい。
残りは後、約七十階。正確には七十二・五階。
スポーツドリンクは後半分。
ぼーーっとそんなことを考えていると、やっぱりエレベーターに乗ってしまおうかという考えが頭を過ぎった。
頭の中の声は「途中までエレベーターにして、最後の方だけまた歩けばばれませんです」となぜか少し変な敬語で言っている。
確かにそうかもしれないと勇樹は思う。今からエレベーターに乗って、百十五階くらいで降り、残りを歩いていけばたぶんばれはしないだろう。
しかし、エレベーターの中で小心者の勇樹は考えてしまう。この次の階で父が偶然乗ってくるんじゃないか? 誰か他の社員と鉢合わせになって、父に告げ口されてしまうんじゃないか? と……
はっきり言って、それはとてもめんどくさい。そんなことに脅えながらエレベーターで行くくらいなら、まだ歩いていったほうがましだと思う。
それに心の中では悪しきを挫く、正義の心のようなものが燃え上がっているような気もする。
勇樹は今、心の中で確かに感じていた。
それは不思議な感覚。
心の中にあった、間違った想い。楽をしようとか、ばれなければいいといったことを考えていた心が消されていく。
それは、悪しき想いが正しき光の力によって無理やり蹂躙されていくような、恐怖にも似た感覚だった。
だから勇樹は、スポーツドリンクをバッグにしまって自分の進むべき先を見据える。
そして、もう一度「ふぅ~~」と大きく息を吐いてより上を目指し、再び歩き出すことにした。
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