第226話 思わぬ行動

「でも、二人は帝国を離れても大丈夫なのか?」


 貴族が国の許可を得ないで、他国に渡ると確か死罪になるはず。


「その点は問題ないわ」

「皇帝陛下から、リック様がドルドランドを離れる際に、私達二人の内一人が同行することを許可されています」


 でもその場合、エミリアかサーシャ、どちらかがここに残らなくてはならない。

 これは揉めそうだな。


「サーシャは前回ズーリエに行ったわ。今回は私に譲りなさい」

「それはあなたの日頃の行いが悪かったから、許可が下りなかっただけですよね。ですから譲る道理はありません」


 二人の間に火花が飛び散る。


「外に出る機会は滅多にありません。今回だけは私が⋯⋯」


 何やらサーシャから強い想いを感じるのは、気のせいではないだろう。

 公爵の令嬢という立場では、自由は少なく、ましてや他国に行くことなどほぼない。

 もしかしたら勇者パーティーにいた頃が、一番自由だったのかもしれない。いや、勇者パーティーにいた頃は、ハインツのわがままに振り回されていたから、そんな時間はなかったはずだ。

 サーシャは外に出て何かやりたいことがあるのかな?

 その真意はわからないが、この後のサーシャの行動により、その想いが本気であることがわかった。


「そんなことが許される訳ないでしょ? リックについて行くのは私。これは決定事項だから。でもそうね⋯⋯サーシャがこの場で、エミリア様、どうかリックについていく権利を私に譲って下さいって、土下座するなら許可してあげるわ」


 また無理難題を。

 水と油の関係であるエミリアに対して、サーシャが土下座するなんてあり得ない。

 普通に頭を下げることすら、天地が引っくり返ってもなさそうなのに。

 そう考えたのはおそらく俺だけじゃないはずだ。

 しかしこの時、誰もが予想しなかったことが起きた。


 公爵家の令嬢であるサーシャが、突然身を低くして床に正座し始めたのだ。


「ちょ、ちょっと!」


 さすがにこの行動には、エミリアも驚きを隠せない。


「エミリア様、どうかリック様に――」

「や、やめなさい! わかったわよ! 譲る⋯⋯譲るから早く立ちなさい!」


 エミリアは慌てた様子で、サーシャの腕を掴み立ち上がらせる。

 エミリアは高みの見物で、サーシャの土下座を見るのかと思っていたので、少し意外だ。

 もしかしたら普段仲が悪そうに見えて、実はサーシャのことを認めていたのかな?


「これでリック様達とズーリエに行くのは私ということで。では、旅の支度をするので失礼します」


 当の本人であるサーシャは、まるで何事もなかったかのように部屋を退出していった。


「ふ、ふん。私もここにいる必要はないわね」


 そしてエミリアも部屋の外へと出ていく。


「サーシャお姉ちゃんすごい迫力だったね」


 ノノちゃんの言うとおり、上から見下ろしているエミリアの方が、土下座しているサーシャに気圧されているように感じた。


「二人ともこええな」


 テッドが青ざめた顔をしてポツリと呟いた。


「どうした?」

「いや、エミリア様がこええのはわかっていたけど、さっきのあのサーシャって奴もやべえ奴だぜ。この俺が思わず圧倒されちまったからな」


 確かにさっきのサーシャは、相当なプレッシャーを放っていた。

 それだけサーシャには譲れないものがあるということか。

 それもこの旅でわかるのかもしれないな。


 こうして一悶着あったが、ズーリエに行くメンバーが決まった。

 そして一時間後、俺はズーリエへと向かうため、ノノちゃんとサーシャと領主館を出ると、そこにフェルト公爵とソフィアさんの姿があった。


「ノノちゃ~ん、サーシャ、リックく~ん。見送りに来たわ」


 ソフィアさんが俺達を抱きしめる。

 すると大きな胸の感触に俺の顔は包まれた。

 出会った時からアンジェリカさんもそうだが、自分の魅力をちゃんと理解してほしいものだ。

 俺は変な気分にならないうちにソフィアさんの手から抜け出す。


「あん⋯⋯くすぐったいわ」


 そして色っぽい声を出すのもやめてほしい。


「フェ、フェルト公爵も見送りに来てくれたのですか?」

「見送りですか? 違いますよ」

「それじゃあ何でここに」


 何だか嫌な予感がするのは気のせいではないだろう。

 フェルト公爵はこちらに近づき、耳元でささやく。


「娘に手を出すな、触れるな、半径百メートル以内に入るな」


 それってもう、一緒に旅をするのは不可能では?

 しかしこの人なら娘のために旅についてきて、本当にやりかねない。


「もし一つでも破ったら私の最大まほ⋯⋯ぐはっ!」

「リックくんはこの人のことは気にしないでいいわ」


 フェルト公爵が俺を恫喝してきたが、ソフィアさんの肘打ちを食らって地面に崩れ落ちた。


「あなたは何を言ってるの? 私はドルドランドに戻ってきた時に、リックくんとサーシャの子供が出来ていても怒らないから」

「お、お母様⋯⋯子供なんてそんな⋯⋯」


 サーシャはこういう大人な会話が苦手なのか、顔を真っ赤にしている。

 一応数日で戻る予定なのだが、そんなに早く子供は出来ないよね。


「ソフィアさん、冗談はそれくらいにして下さい」


 フェルト公爵が涙目になりながらこちらを睨んできているので、早くこの会話を終わらせたい。


「冗談じゃないのに」


 ソフィアさんはどこまで本気なのか、読めないからな。うっかり信じてしまうとえらい目に合ってしまいそうだ。


「それでは行きますね」

「行って参ります」

「ソフィアお姉ちゃん、フェルトおじちゃん、行ってきま~す」


 ソフィアさんまでノノちゃんにお姉ちゃんって呼ばせているのかよ!


「ノノちゃんは本当に良い娘ね。気をつけて行ってらっしゃい」


 そして俺達は二人に見送られ、ズーリエへと向かうのであった。

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