第216話 目立つ追跡者

 エミリアを説き伏せることに成功した俺は、二人をそのまま執務室へと連れて行く。

 そして先程ウィスキー侯爵から言われたことを話すと。

「私は先程も申し上げましたが、賛成です」

「リックが作ったものだから好きにすればいいわ」


 エミリアからも反対の意見は出なかった。


 そうなると後はこの世界の技術で、ウイスキーを作るための蒸留機が作れるかどうかだけど。


 創造魔法で出した本によると、単式蒸留機の銅製ポットスチルがいいだろう。連続式蒸留機の方が便利だけど、あれは千八百年代に作られたものだから技術が進み過ぎている。個人的に使うものならいいけど、この世界に広く普及される可能性があるから、やりすぎは良くないよな。

 出来れば人柄と技術が信頼できる人に作ってもらいたいけど、そうなるとドワクさんしか思い浮かばない。

 実際に創造魔法で作ったものを持っていって、作れるか聞いてみよう。



 トントン


 そして朝食が終わった後、一時間程自室のベットで横になっていると、部屋のドアがノックされる。


「どうぞ」


 俺が声をかけるとドアが開き、二人の姿が目に入った。


「お兄ちゃん休んでいる時にごめんね」

「いや、大丈夫だよ」


 部屋に入ってきたのはノノちゃんとリリだ。しかしリリは何だか目が閉じかけていて、ダルそうだな。


「リリお姉ちゃんがずっとお部屋に閉じこもっているから、お散歩に行きたいんだけどいい?」


 リリはあまり人と触れ合いたくないのか、領主館の外に行くことはない。まあ昨日までは荒くれ共がいたせいで、外に出ることを自粛してもらっていたけど。


「わかった。けど俺も一緒に行くよ」


 二人だけで行かせるのは心配だ。ノノちゃんは可愛いし、リリも美少女だから変な奴らに絡まれるかもしれない。

 兄としてついていくのは当然のことだ。


「本当? でもお兄ちゃんは忙しいんじゃ⋯⋯」


 喜びの表情を見せたノノちゃんが、悲しみの表情に変わってしまう。


「大丈夫。最近忙しかったから、今日は休もうかと考えていたんだ」

「やったあ! お兄ちゃんと一緒にお出かけできる!」


 ここまで喜んでもらえると兄冥利につきるな。

 だが後ろにいるリリは違った。


「それじゃあ私は⋯⋯部屋で休んでいるね」

「リリお姉ちゃんが行かないと意味ないよお」


 確かにリリの引きこもりを心配してノノちゃんが誘ったのに、本人が来なくちゃ意味ないな。


「何か街の屋台で美味しい物でも食べようか。荒くれ者達の捕縛を手伝ってくれたお礼に今日は俺がおごるよ」

「やったあ。リリお姉ちゃん、お兄ちゃんが好きなもの食べていいって。一緒に行こうよ」

「⋯⋯わかった。ノノがそこまで言うなら。けど⋯⋯食べ物に釣られた訳じゃ⋯⋯ないから」


 明らかに食べ物に釣られたように見えるが、せっかくリリも来てくれると言ってくれたので、黙っていよう。


「それじゃあ早く行こう」


 そして俺とリリは、ノノちゃんに手を引かれて街へと繰り出す。


 俺達は領主館を出て東へと歩く。

 中央区画から東区画にかけて、商店街や屋台があるからだ。


「ほら、リリお姉ちゃんお魚だよ」


 はしゃいでいるノノちゃんが指差す方を見ると、炭を使って魚を焼いている屋台があった。


「良い匂い⋯⋯美味しそう」


 確かにリリの言う通り、周囲には焼けた魚の匂いが充満していて、食欲がそそられる。


「それじゃあ食べよっか。三匹お願いします」

「あいよ! 銅貨十二枚になるぜ」

「わかりました」


 威勢のいい店主のおじさんに金を払うため、俺は財布から銅貨を取り出そうとするが。


「だけどお嬢ちゃん達可愛いから銅貨十枚でいいぜ」

「本当? ありがとう」

「⋯⋯どうも」


 こういう時容姿が優れていると特だな。

 まあせっかく店主もそう言ってくれていることだし、俺は銅貨十枚を渡す。


「ありがとうございます」

「いいってことよ! また食べに来てくれよ!」


 そして店主から串に刺さった魚を三本手渡された。


「はい、二人ともどうぞ」

「ありがとうお兄ちゃん」

「⋯⋯ありがと」


 旨そうだな。

 俺は火傷しないように気をつけてながら、焼き魚を口にする。


「旨いな」

「本当だね。お魚の身がふっくらしていて凄く美味しいよ」


 残念ながら魚にかかっている塩はドルドランド産の塩なので、少しえぐみがあるが、それでも炭で焼いた魚はとても美味しく感じた。


「次は肉⋯⋯食べたい」

「えっ? リリお姉ちゃんもう食べたの?」


 リリに視線を向けると、すでに串に刺さった魚は骨だけになっていた。


「ちょっと待ってくれ。俺とノノちゃんが食べ終わってからな」

「うん」

「ノノ急いで食べるね」

「いや、ゆっくりでいいから」


 リリの早食いに驚きながらこの後俺達は、鳥と野菜を焼いた物や焼きそばのようなものを食べたり、ミックスジュースを飲んだりした。


「美味しかったね~」

「うん⋯⋯美味しかった」


 どうやら二人は屋台の料理に満足してくれたようだ。

 だけどこのままのんびりと屋台を回る訳にはいかない。

 何故ならミックスジュースを買った辺りから、俺達を尾行している奴がいるからだ。

 何度かわざと曲がり角を曲がったり戻ったりしたが、以前として俺達の背後にいる。

 しかし外套で顔を隠してあからさまに怪しいこともそうだが、身体が大きすぎて凄く目立っている。

 尾行する気があるのかどうか疑うレベルだ。


「そろそろ帰ろうか」

「え~もうちょっとお兄ちゃんと一緒にいたいなあ」

「もっと⋯⋯食べたい」

「ごめん。ちょっとやらなきゃいけないことを思い出して。この埋め合わせは必ずするから」

「うん、お兄ちゃん絶対だよ」

「次はもっと多く食べる」

「わかった。約束だ」


 今は二人の安全が最優先だ。

 俺達は領主館へと向かう。もし二人が狙いなら、領主館に行けば兵士がいるし、エミリアとサーシャもいるから安全だ。

 俺が狙いなら誰もいない所まで引っ張って、捕まえてやる。

 どちらにせよこのまま放っておくわけにはいかない。


「二人は領主館に戻ったら今日は外に出ないでほしい。出来ればサーシャかエミリアと一緒にかいる方がいいな」

「ん? どうして?」

「え~と⋯⋯二人が一緒にお話したいって言ってたから」

「本当? ふふ⋯⋯ノノもお姉ちゃん達とお話したいなあ」


 わざわざ本当のことを伝えて、二人を怖がらせる必要はない。それに俺の勘違いの可能性もゼロではないからな。


 そして俺はノノちゃんとリリを領主館に送り届けると追跡者は⋯⋯



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