第212話 猫が二匹?
そして俺は無心になりながら、火と氷についてなるべくこの世界の文化に合わせて説明をし、サーシャから手を離す。
「こ、こんな感じだけどどうかな」
「な、何となくリック様が仰っていることがわかってきました」
「それは良かった」
「ありがとうございます」
「それじゃあ俺はこれで失礼するよ。またわからないことがあったら何でも言って」
「はい。承知しました」
本当はサーシャの魔法がどれくらい強くなっているか見てみたい所だけど、何とも言えない空気が辺りを支配しているため、俺は逃げるようにこの場を離脱する。
「あっ! リック様」
しかし俺はサーシャに呼び止められてしまう。
「何?」
「一つだけお願いがあるのですが」
「どういうこと?」
「実は最近眠れない時がありまして」
「サーシャが?」
「はい」
それは皆で寝ているからじゃないのか? と聞いてみたかったが、とりあえずサーシャの話を全て聞いてみる。
「それでもしよろしければ、ネムネムの花を少し分けて頂けないでしょうか」
「それならまだまだあるからいいよ」
俺は異空間からネムネムの花を取り出し、いくつかサーシャに手渡す。
「ありがとうございます! これで私の目的が⋯⋯」
「目的?」
「いえ、何でもありません」
「そう。それじゃあ俺は行くね」
睡眠と聞くとどうしてもノノちゃんのことを思い出してしまう。ノノちゃんの悪夢もそろそろ何とかしないとな。
そして俺はサーシャから離れ、別の場所へと移動する。だがこの時の出来事が、後々災いとなって振りかかることになるとは、今の俺は知る由もなかった。
俺は再び屋敷の庭を散策する。
「ニャー」
すると突然猫が現れ、トコトコと前を歩いていた。
「白猫か⋯⋯可愛いなあ」
俺は白猫を驚かさないように距離を取り、跡をつける。
こう言っては何だが、俺は猫が好きだ。圧倒的な見た目の可愛さ、自由きままに生きるその姿、好きにならない人はいないだろう。
こっちに来てくれないかなあ。だけど近づくと逃げてしまうかもしれない。
だから残念だけど、ここからそのお姿を眺めるしかないか。
そして白猫は屋敷の建物を曲がったので、俺も気配を消して後に続く。
だがその先には殺気を放ったエミリアがいた。
俺は慌てて物陰に隠れる。
まずい! このままではエミリアの殺気に当てられて白猫が逃げてしまう!
せめて白猫に友好的な態度を取ってくれればいいが、エミリアは落ちてくる葉っぱを剣で突き刺す鍛練をしており、白猫の存在に気づいていない。
終わった⋯⋯これはもう白猫は逃げてしまうだろう。
俺はそのお姿をせめて少しでも長く見るため、視線を向ける。
しかし予想外にも白猫は逃げることはせず、エミリアの近くで欠伸をしながら鍛練を眺めていた。
どういうことだ? もしかしてあの白猫は人慣れした猫なのか?
「ふう⋯⋯」
そしてエミリアは息を整えながら剣を鞘に収める。
すると白猫が側にいることに気づき、視線を向ける。
そういえばエミリアって動物のことが好きなのかな? もしかして「獣臭いわね。この私に匂いをつけるつもりならただじゃおかないわ」とか言って追い払う気じゃ。
白猫が怖い思いをするのは可哀想だ。
俺は逃げられることを覚悟して物陰から出ようとするが、この後信じられないものを目撃してしまう。
「ニャ~、こっちにくるニャ~」
何とエミリアが猫の鳴き声を真似て、白猫に手を差し伸べたのだ。
えっ? これは夢か?
あのエミリアが猫語を話している⋯⋯だと⋯⋯
普段の傍若無人の行動を見ている俺としては、耳を疑う光景だ。
「うふふ⋯⋯可愛いニャね~」
そして猫は簡単にエミリアの手の中に収まる。
「ニャ? ニャニャ? ニャ~」
「ニャーニャー」
そして二匹⋯⋯いや、一人と一匹の猫語会話が始まる。
なんだこの可愛らしい生き物達は!
確かエミリアの実家にも猫がいたけど、ここまで可愛がってなかったはずだ。だけど今の猫と戯れている光景を見る限り、おそらく人前では隠していたのだろう。
「あなた⋯⋯私のものにニャる?」
「ニャー」
白猫はエミリアの問いに肯定したように鳴き、自分のお腹を見せる。
エミリアは滅茶苦茶猫に好かれているな。
もしかしてエミリア自身が、自由きままな可愛らしい猫のようだから、同族だと思われているのか?
「あいつもこうして触れればいいのに⋯⋯」
あいつ? エミリアは誰のことを言ってるんだ?
しかし今はそのことより、俺も猫のお腹を撫でたい。
猫の誘惑にかられた俺は、思わず足を一歩前に進める。
パキッ
足元にあった木の枝を踏んでしまう。
そして白猫は俺の気配に気づき、逃げてしまった。
ね、猫が⋯⋯せっかくの触れる機会が⋯⋯
俺は絶望に暮れてしまい地面に膝をつく。
「リック~」
そして怒気を含んだ声が頭の上から聞こえてきた。
「ひぃっ!」
こ、怖い⋯⋯怖いけど意を決して顔を上げるとそこには、虎が一瞬で逃げ出す程の殺気を放った、エミリアの姿があった。
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