第197話 ドルドランドの長い夜(5)

「な、何をしている! 立て! 立つんだ!」


 クーサイはウィスキー侯爵の兵達によって、羽交い締めにされながら喚き始める。


「む、無理です。クーサイ様は御存知ないのですか? 元勇者パーティーのリック様と言えばジルク商業国の英雄ですよ」

「英雄⋯⋯だと⋯⋯」


 クーサイが驚くのもわかる。

 皇帝陛下との戦いは非公開だったし、俺はつい先日までハインツ王子に勇者パーティーを追放された無能力者だからな。


「クーサイ、お前は知らないのか? リックくんは千を越える魔物からズーリエを守った英雄だぞ」

「そ、そんなこと聞いてないぞ!」


 それは情報を仕入れていなかった自分が悪い。現に同じ立場であるウィスキー侯爵は俺のことを知っていたからな。


「だが英雄だろうがなんだろうが関係ない! 命を睹して私を助けるのがお前達ゴミくずの役目だろ!」


 初めは丁寧な物言いだったけど、段々と本性を表してきたな。

 大抵の貴族は一般市民を見下している。クーサイもその類に漏れなかったようだ。


「いえ、私達はもうあなたの命令は聞けません」

「なんだと!」

「もう悪事に手を染めるのはごめんです」

「ふざけるな! 貴族であるこの私に逆らうのか!」


 兵士達は根っから悪い人達ではないようだ。

 領主であり、貴族であるクーサイの命令に逆らうことが出来なかったと言った所か。


「今のセリフは二度と使うことは出来ませんよ⋯⋯あなたはすぐに貴族の地位を剥奪されますから」

「こ、この私が平民に落ちると言うのか⋯⋯」

「いえ、平民ではなくただの犯罪者です」


 俺の言葉で現実を知ったのかクーサイは黙り項垂れる。

 これでここは何とかなったな。後は⋯⋯


「リック殿」

「ウィスキー侯爵大丈夫ですか?」

「ああ、君のおかげで助かったよ。ありがとう」

「いえ、ドルドランドも関係していることですから」

「だがまだ終わった訳ではない。早く街へ向かわなくては!」

「あ~⋯⋯たぶん街は大丈夫です。むしろやり過ぎないか不安ですね」

「ん? どういうことだ? 街はクーサイが放った無法者達のせいで燃えているだぞ!」

「それは――」


 俺はウィスキー侯爵に何故街が燃えているか、どうして急ぐ必要がないのか説明するのであった。


 貧民街side


「どこへ行くつもりなの?」


 突然一人の少女⋯⋯いや、エミリアが現れ、荒くれ者達の逃げ道を塞ぐ。


「何だよ。人がいるじゃねえか」

「しかもかなりの上玉だ」

「これは高く売れる! 戦利品として持ち帰るぞ!」


 荒くれ者達はエミリアの美しい容姿を目にして沸き立つ。


「バカね。よく見なさい。後ろに兵士達がいるのがわからないの?」

「兵士だと? 確かにいるな」

「それにもう一人上玉がいるじゃねえか!」


 ドルドランドの兵士達の中にいるリリを見つけ、荒くれ者達はさらに沸き立つ。


「あの視線⋯⋯気持ち悪い」


 リリは荒くれ者達の舐めるような視線に不快感を示す。


「少しの間そこで待っていなさい。すぐに終わらせてあげるから」

「お願い」

「それと兵士達! 私一人でやるからあなた達はおとなしくリリを守っていなさい」

「「「承知しました」」」


 兵士達は敬礼をして、命令通りエミリアの行動を見守ることにする。


「バカじゃねえか! 一人でやるだと!」

「こっちは三十人近くいるんだぞ!」

「すぐに裸にひん剥いてやるから、そこで見ていやがれ!」


 荒くれ者達はエミリアの服を引きちぎる未来を想像しているのか、下卑た笑みを浮かべていた。


「死にたい奴からかかってきなさい」


 エミリアは腰に差した剣を抜き構える。


「エミリア様! 殺してはいけないとリック様からの言付けが⋯⋯」

「わかってるわ! 雰囲気で言っただけよ!」


 エミリアは兵士に言い返しながら荒くれ者達の元へと突撃する。


「くそっ! 舐めやがって!」

「野郎共! やっちまえ!」


 そして荒くれ者達も武器を手にエミリアへと向かい、両者が激突するのであった。

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