第195話 ドルドランドの長い夜(3)
「お前は⋯⋯クーサイ侯爵!」
白馬に乗って現れたのは、アールコル州の隣にあるウサン州の領主、クーサイ侯爵だった。
「久しぶりですな。まさかこのような場所で会うとは思いませんでした」
「クーサイ侯爵もドルドランドへ向かうのか? 無法者達が暴れていると情報をもらって私達も行く所だ。既に火の手が上がっている。急ぐぞ!」
だがクーサイ侯爵の中隊は街へ向かう気配はない。
むしろジリジリとウィスキー侯爵の小隊へと迫っていた。
「どういうことだ? 敵は街の中だぞ」
しかしウィスキー侯爵の問いかけには答えず、クーサイ侯爵の中隊は止まらない。
「クックック⋯⋯敵は街の中⋯⋯だと⋯⋯」
「違うのか?」
「違う! 敵はここにいる!」
クーサイは不適な笑みを浮かべ、高らかに宣言した。
「クーサイ侯爵⋯⋯私の聞き間違いか? 敵は街の中だぞ?」
「間違いではない。敵はウィスキー⋯⋯お前だ!」
クーサイは剣を抜きウィスキーへと向ける。
「貴様! この私に向かって剣を抜くなど冗談では済まさんぞ!」
「冗談ではない。貴様にはここで死んでもらう」
「ふざけるな! 何故私を!」
「何故? そんなことは決まっている。ウィスキー侯爵⋯⋯貴様の領地を頂くためだ」
「例え私が死んでも貴様の物になるものか!」
「それがなるのだよ。お前の家族は昨年火事にあって誰もいないはずだ」
「それがどうした!」
「貴様が死に私が何か功績を得れば、その可能性は十分にある」
「そのような世迷い言⋯⋯はっ!」
「そうだ。思い出したようだな」
数年前、帝国内で似たような事例があり、領地を賜った貴族がいた。
強者を好むエグゼルドの命令によって功績を上げた領主が、継承者がいない領地をもらうという出来事が。
「この展開まで進めるのは骨が折れたぞ。無法者達を先導した罪をウィスキー侯爵に着せ、そして領地を守ることが出来なかったリックや公爵の娘達は無能の烙印を押される。いくら剣の天才と呼ばれたエミリア嬢でも、この人数の無法者達を一人で倒すのは不可能だろう」
「まさかドルドランドの兵士が私の元へと助けを求めてきたが、もしやそれはクーサイ、貴様の差し金か!」
「お人好しのお前のことだ。必ずドルドランドに来ると思っていた」
しかも兵士から五十人弱の無法者達が暴れていると告げられたので、ウィスキー侯爵は少ない人数で出撃してしまったのだ。
「そして無法者達を一度アールコル州を経由させ、私がドルドランドを襲っているかのようにみせたのか!」
「ご名答。そしてお前にはドルドランドを陥れた大罪者として私が始末してやろう」
「何故だ。何故このようなことを」
「何故? 昔からお前とは領地が隣同士ということで、周囲から比較されていた。何をやっても俺の方が上だったな。だがエールを特産品にしてから周囲の評価は変わった」
「そのようなくだらないことで、今回の事件を引き起こしたのか!」
「くだらないこと? 俺にとっては下に見ていた男に抜かされるなど耐え難い屈辱だ! わかるか? アールコル州のエールは旨い、アールコル州は財源が豊だ、アールコルの領主は素晴らしい人だと、常に自分が下のように扱われる気持ちが!」
「私にはわからないな。そう思われるのが嫌ならそれだけ努力をすればいいだけの話だ」
「努力? 努力など時間の無駄だ。それなら人を始末する方が遥かに楽でいい」
「人は国の宝だぞ! まさかとは思うが私の家族を殺したのも⋯⋯」
「そうだ。貴様の妻も息子も娘も私が地獄の業火で燃やしてやった」
「クーサイ貴様! 絶対に許さんぞ!」
怒りに震えるウィスキー侯爵。だがこれも全てクーサイ侯爵の策略だった。
ウィスキー侯爵は家族を殺されたと知れば、激昂しこの場から逃げ出すことはなくなる。
計画を達成するためには万が一にも失敗する訳にはいかない。だからクーサイ侯爵はウィスキー侯爵を取り囲んだ後、すぐに攻撃を仕掛けなかったのだ。
「それではせめてもの情けとして、家族と同じ地獄の業火で焼いて差し上げましょう」
クーサイが手を上げると取り囲んでいた兵士達が、一斉にクラス3
「く、くそっ! クーサイを殺すまで死ぬわけには!」
その炎の矢の数は少なくとも千本はあり、ウィスキー侯爵の小隊は誰もが死を覚悟した。
しかしそのような結末は訪れなかった。
何故なら炎の矢が直撃する瞬間、この場には一陣の風が吹き荒れ、ウィスキー達を守ったからだ。
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