第182話 黒幕の狙い前編

「へへっ、なるほど。リックさんの領主就任祝いですか。ちょうど今、アールコル州から良いエールが入っていましてね」

「いや、違いますよ。そのようなことでお金を使うなら、貧民街の復興支援に使いますよ」

「では、いったいどういうことでしょうか」

「杞憂に終わればいいのですが⋯⋯使わない場合はまた売るので大丈夫です」

「一度買った物をまた売るとなると、価格は安くなってしまいますぜ」

「そこはこちらで何とかするので、お願いします」

「へへっ、わかりました。領主館にお持ちすればよろしいでしょうか?」

「それでお願いします」

「本日中にお届けしますよ」


 よし。これでここに来た目的は達成出来た。


「それじゃあサーシャ、領主館に戻ろうか」

「は、はい。それではグレンさん、よろしくお願いします」

「へへっ、お任せ下さい」


 俺とサーシャはグレンの店を後にする。


 そして領主館への帰り道。外の景色は夕方の赤い色から、夜の暗い色へと変わろうとしていた。


「リック様⋯⋯先程のグレンさんとのお話は、いったいどういうことでしょうか」


 貧民街の復興に金が必要なのに、エールを大量に購入するなど正気の沙汰じゃないからな。

 領主代行のサーシャとしては見過ごせない内容だな。


「それについてはセバスさんが戻られてから話すよ」

「承知しました」


 領主館への帰り道、俺とサーシャは昔話をしながら帰路に着く。


 そして領主館に戻ると、入口で門番二人と腕を組んだエミリアの姿があった。

 何だかデジャヴだな。

 しかし今回は何も悪いことはしていない。堂々と戻ることにしよう。


「リック様、サーシャ様、お帰りなさいませ」


 俺達の存在に気づいたのか、門番が出迎えてくれる。


「ふ、ふん! 遅かったじゃない」

「領主館から一時間程離れただけじゃないですか」

「リックに変なことをしてないでしょうね」

「あなたじゃあるまいし。それに変なこととはどのようなことでしょうか?」

「そ、それは⋯⋯」


 エミリアの頬が赤くなる。


「どうせエミリアのことだから、ハレンチなことを考えていたのでは?」

「ちちち、違うわよ! それよりそろそろ夕食の時間よ! 全員揃わないと食事が始められないから早くしなさい!」


 エミリアは顔を真っ赤にしながら、矢継ぎ早に言葉を発して領主館へと戻る。

 どうやらエミリアはサーシャの言うとおり、如何わしいことを考えていたようだ。どんなことを頭に思い浮かべていたのか気になる所だが、今は腹ペコなのでエミリアの言葉に従うことにしよう。


 そして夕食を取るために食堂に向かったが、テッドの姿がなかった。どうやらエミリアに殴られてからまだ目覚めていないようだ。


「リック様、グレンという男がエールの入った樽を大量に届けに来たと言ってますが」


 早いな。道具屋を出てから一時間程しか経っていない。やはりグレンさんは有能だな。この地に留まるなら今後も頼み事をすることが多くなりそうだ。


「一つだけ執務室に運んで、残りは倉庫に保管しておいて下さい」

「了解です」


 そして夕食を食べ終わったタイミングで、俺はエミリアとサーシャを呼び止める。


「二人ともちょっといいかな? この後執務室に来てくれないか」

「わかったわ」

「承知しました」


 二人は俺の後について執務室へと移動する。

 そして執務室のドアを開けると、部屋の中央に一つの樽が置いてあった。


「えっ? 先程頼んだばかりなのに」

「グレンさんはこの短時間で、エールの入った樽を100本用意してくれたみたいだ」

「どういうことよ。リックの領主就任祝いでもやるの?」


 グレンと同じ考えだな。

 俺とサーシャは思わず苦笑してしまう。


 コンコン


「どうぞ」


 そしてタイミングを計ったかのようにドアが開き、セバスさんが執務室に入ってくる。


「お嬢様、リック様に命じられた調査の結果が出ましたので、報告させて頂いてもよろしいでしょうか」

「許可するわ」


 驚いたな。初めは最低でも二、三日はかかると思っていたが、セバスさんはグレンさんの言うとおり、すぐに原因を突き止めてしまったようだ。


「まずはこの地に蔓延っているゴロツキ達の目的ですが⋯⋯貧民街の周辺を襲撃することが目的のようです」


 場所の特定は出来なかったが、概ね予想通りの結果だ。

 やはりドルドランドを街の内側から混乱に陥れるつもりだったか。


「そしてゴロツキ達はアールコル州から来ているとのことですが、間違いありません。ですが――」


 予想通りだ。武器屋の店主からゴロツキ達のことを聞いておかしいと思っていた。

 やはり黒幕はあの人だ。

 俺は初めて会った時からあの人は怪しいと感じていた。

 何故ならあいつの友人がまともな人間であるはずがない。あの人はとんでもない悪党だったのだ。


「一週間後に貧民街の周辺を火の海にして、自らの手でゴロツキ達を追い払い、消火活動に当たる作戦のようです」


 そしてその功績を持って、ドルドランドの領主と領主代行には無能のレッテルを貼り、街を救った自分こそがドルドランドの領主に相応しいと声を上げるつもりだ。

 残念だが思い通りにはさせない。必ず俺がお前の野望を打ち砕いてみせるぞ。

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