第181話 情報屋
「いらっしゃい」
俺とサーシャは一つの店に入ると、カウンターからサングラスをした浅黒い中年男性が声をかけてきた。
「へへっ、今この街の話題を独占している方々じゃないですか」
「グレンさん、先日はお世話になりました」
「良いってことですよ。これからその恩をたっっぷりと返して頂ければ。リックさんは必ず大物になると思っていましたから」
目の前にいる男性は道具屋を営んでいるグレンさん。だが裏の顔は情報屋で、以前街から追放されるために、協力してもらった人物である。
「リ、リック様。この怪しい方がお知り合いの人ですか?」
サーシャが小声で俺に問いかけてくる。
確かにグレンさんは目線はサングラスで隠し、常に薄ら笑いを浮かべているため、誰が見ても怪しい風貌をしている。
「おっと⋯⋯この話し方でいいでしょうか?」
「私はかまいませんけど」
「俺も大丈夫です」
「へへっ、それなら良かったでさあ。仮にも次期領主様と公爵令嬢様に粗相があっちゃあ、不敬罪で始末されかねませんからね」
「私のことを御存知だったんですね」
「本業ではありませんが、一応情報屋も営んでいますんで」
俺が知る限り、情報屋としてのグレンさんの腕は優秀だ。それに子爵家に入る前、貧民街にいた頃からこの人は俺を買ってくれ、色々融通をきかせてくれていたのだ。
「本業の方はさっぱりのようですね」
「へへっ、残念ですがサーシャさんの言うとおりです。良い道具をたくさん揃えてはいるんですがね」
確かにこの道具屋で客を見たことがない。おそらく客がいないのは怪しい店主のせいじゃないかな。失礼なので直接言うことは出来ないけど。
「それでリックさん、今日はどんなご用ですか? また勇者パーティーの仲間が、リックさんのことを好意に思っていると噂を流せばよろしいでしょうか」
「そのようなことをされていたのですか! もしかしてハインツ王子に追放されたのは⋯⋯」
狙って追放されたことがバレてしまったじゃないか。勇者パーティーのサーシャがいるのでわざと口にしたな。
「確かにあの頃、市井からそのような話が聞こえてきましたけど⋯⋯」
「言わないで下さいよ」
「へへっ、勇者パーティーの方達には嘘の情報を流して申し訳ないと仰っていましたから、私が誤解を解いて差し上げただけです」
レイラとフェニスはともかく、確かにサーシャには申し訳ないと思っていた。これはいい機会だし謝罪しよう。
「サーシャ、変な情報を流して申し訳なかった」
俺はサーシャに向かって深々と頭を下げる。
「い、いえ! ハインツ王子に危害を加えられる前に、リック様は勇者パーティーを抜けた方がいいと思っていましたから」
「そう言ってもらえると助かる」
「そ、それに私に関しては間違いではありませんから」
「ん? 何か言ったか?」
「ななな、何でもありません! 気になさらないで下さい!」
サーシャが何か呟いていたが、声が小さくて聞こえなかったな。まあ本人が気にするなと言っているから大したことじゃないと思うが。
「へへっ、一件落着ってやつですね。それで今日はどのようなご用件でしょうか」
「大口の依頼を頼みたい」
「大口の!? へへっ、リックさんの領主としての初仕事ですかい?」
「そうなるのかもしれない」
「それで⋯⋯何を用意すればいいんですかい? 貧民街の再興でも目指しているんですか?」
「なっ! それをどこで!」
サーシャが驚きの声を上げるのも無理はない。
その結論に至ったのはつい数十分前だ。グレンさんのことを知らなかったら、何らかの手を使って俺を監視しているんじゃないかと疑いたくなるレベルだな。
「へへ、これはあくまで推測ですよ。人が良いリックさんなら、ノノという少女と貧民街の現状を見ればそう動く可能性があるって考えただけです。ノノという少女も貧民街出身のようですから」
「ノノちゃんのことも知っているんですね」
「やはりそうでしたか。いくら幸せな家族を装っていても、貧民街出身の匂いというものはそう簡単には消えませんから」
カマをかけられたか。これは迂闊なことは言えないな。
「恐ろしい程の調査力と洞察力ですね。もしかしてこの方ならセバス様にお願いした荒くれ者達のこともわかるのでは?」
「へへっ、この街に蔓延っている者達ですか⋯⋯そのセバスという方がエミリアさんの執事なら、私以上に優秀なのですぐに原因を突き止めますよ」
「セバス様を御存知なのですか!」
「セバス様は以前グランドダイン帝国の⋯⋯へへ、これを言ってしまったら私が消されてしまいますのでやめておきます」
「消されるってそんな⋯⋯」
セバスさんはかなり優秀な人だとわかるけど、過去に何があったんだ。気になるけど、毒蜂の巣をつつく行為になるのでやめておいた方がいいだろう。それに荒くれ者達の正体については見当がついているから、わざわざここで聞く必要はない。
「へへ、復興の資材に関してはお任せ下さい」
「「ありがとうございます」」
「価格の方も勉強させて頂きますよ。他に何かご用意する物はありますでしょうか?」
「もう一つだけお願いしたいことが」
「何なりと仰って下さい。リックさんのためならどんなことでも」
「では、大量のエールを用意してください」
「「エ、エール!?」」
俺の言葉が予想外だったのか、道具屋の店内にサーシャとグレンの声が響き渡るのであった。
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