Julis Gloria
二十一歳 ── 3
今日は客が来るとのことだったので、僕は王城に与えられた部屋で独りでいた。
ぼうっとしていると突然部屋の扉が大きな音と共に勢いよく開いた。驚いてそちらを見ると、銀の髪色が見えた。
「……セリーヌ?」
僕の旧友は必死の形相だった。もしかしたら客というのは彼女──いや、彼女たちだったのかもしれない。
「どうして、ここに」
「今日、パスカル様と私含めた騎士団の三人でここに来たんだ。表面上は私たちが逃げることをやめると伝えに来たことにはなっているが、そもそもの目的はローベル様とユリスを殺して敵討ちをすること。よって、私はお前を……、殺しに来たんだ」
彼女は、そう早口に言い切った。きっと怖いのだろう、僕を殺さなければならないという事実が。
「そうか、ついに乗り込んで来たんだな」
僕は全力で、彼女にとっての敵を演じる。指を一つ鳴らし、レイピアを出現させる。
「さすがにそのままやられる訳にはいかないからね。久々の模擬戦と行こうか」
どちらかが死ぬ戦いだというのは分かっている。でもだからこそ、あの日のように、敵味方ではなく友と剣を全力で交えてほしかった。
「ほら、いつものように向かってきなよ」
──そう、いつものように。
セリーヌは会わない間に強くなっていた。これ以上長引いてはこちらが持たない、そう思いながら僕は膝を付く。
「……私の勝ちだな」
「ふふ、相変わらず強いね、セリーヌ」
「ユリスこそ」
セリーヌは謙遜が上手い。
「ねえ、君が僕を殺す前に言いたいことがあるんだ」
「……なんだ」
「僕はずっと、君のことが好きだった」
今生の別れになるタイミングで、伝えたかった。本当は全部墓場に持っていってしまおうとも考えたけれど、次もし会えたら伝えようと思っていた。
セリーヌは唖然としていた。
「……命乞いでもするつもりか」
酷い言い方をしてくれるものである。
「違うよ。ただ君にずっと伝えたくて、伝えられなかったんだ。返答を聞くつもりもないし、君に殺されるのならば本望だよ」
いっそもう今すぐに、この二人の時間が他人の介入によって壊される前に、殺して欲しい。
「一思いにやってしまってくれよ」
「……ユリス」
「なんだい」
「私、には……ユリスが今そう言った理由も何も分からないけれど。でも、なぜかとても嬉しくて、腕が動こうとしないんだ」
彼女はポロポロと涙を流している。
「ねえ……私はどうすればいいの」
ふと、表情が幼い頃のもののように見えた。
「さあ。自分で決めるんだよ」
──あぁ、もしかしたらこの花のせいもあるのかもしれない。
「……私やっぱり、ユリスを殺せない……」
そう言って彼女は気が抜けたように膝をついた。剣も鎧もその瞬間消え失せる。
「……いいのかい」
「私は殺せなくても、他の二人がやってくれるかもしれないから」
「それは嫌だな、君に殺されることは本望だって言っただろう」
「できないんだからそう言わないでよ」
幼い頃に戻ったようだった。城下で剣を交え、笑いあっていたあの頃に。
「だとしたら、さっきの返事を聞いても?」
「さっきのって?」
「告白だよ、さっきの」
そう催促すると、セリーヌは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「……たぶんだけど、私もユリスが好きなんだと思う」
「確証がなさげだね」
「だって好きとかよく分からなくて」
「うーん、好きっていうのは、その人の傍にいるだけで幸せで、ずっと一緒にいたいなって思うことなんじゃないかな」
「……それならやっぱり、私ユリスが好き」
「そんなに直球に言われたら恥ずかしいよ」
不覚にも胸が高鳴る。
「ねえ、ぎゅってしていい?」
「どうして」
「どうして、だろう。分かんない」
「……まあいいか。はい」
僕が腕を広げるのとほぼ同時に、彼女は僕の胸になだれ込んでくる。心が幼子のようになっている。──そろそろ時効か。
「なんかいつもより可愛いね」
「そ、そういうこと言わないでよ」
「ごめんって」
声がふわふわとしている。
「……セリーヌ、眠いのかい」
「……うん」
「いいよ、眠ってしまえば」
もう、楽になっていいのだ。君をこれ以上頑張らせるものはないのだから。
「……いいの?」
「ああ。おやすみセリーヌ」
「うん……おやすみ」
僕の膝の上で目を瞑ったセリーヌは、それを機にぴくりとも動かなくなった。
「……ごめんね……」
涙がポロリと零れる。その時大きな足音が向かってくるのが聞こえた。
僕は指を一つ鳴らし、拳銃を出現させる。それをこめかみに付け、足音の主が窓の向こうに見えた時、その二人に薄く微笑んで僕は引き金を引いた。
さようなら、僕とセリーヌを別々にさせた世界よ。
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