二十一歳 ── 2

 鋭く速い攻撃が続く。二人で戦うのには室内は狭かった。一撃を受け止めて止まりきらなかった私の体が、大きな窓を突き破って城の周りの庭のようなところに放り出される。黄色い花びらが、甘ったるい芳香とともに舞い散る。

 ガラスの破片が刺さらないように魔法で全力で体を防いだが、そちらに集中しすぎて受け身を取り切れなかった。鎧のおかげで背中が直接地面と擦れた訳ではなかったが、衝撃が体中を襲った。

「っ、く」

「どうしたんだ? 僕を殺すんじゃなかったのか!」

 私はよろよろと立ち上がり、深く息を吐いてぐっと重心を低くする。踏み込んで前に進み、左上から右上にかけて切り上げるように剣を振る。しかしやはり読まれていたようでその一撃は完全に防がれていた。

「セリーヌ、君左利きだったっけ」

「……違うが」

「そうか」

 いつだかにした会話のようだった。

 鍔迫り合いの末、ぐっとユリスを押し込んだ。彼はよろめき膝をつく。

「……私の勝ちだな」

「ふふ、相変わらず強いね、セリーヌ」

「ユリスこそ」

「ねえ、君が僕を殺す前に言いたいことがあるんだ」

「……なんだ」

「僕はずっと、君のことが好きだった」

 その言葉に、驚きが隠せなくなる。なぜ、今なんだ。

「……命乞いでもするつもりか」

「違うよ。ただ君にずっと伝えたくて、伝えられなかったんだ。返答を聞くつもりもないし、君に殺されるのならば本望だよ」

 そうだ、彼はただ『自分の好きなものの一つに私が入っている』と、そう言っただけ。それならばこの気持ちは、どうして私は彼の首に当たったこの剣を、左側にぐことができないのだろうか。

「一思いにやってしまってくれよ」

「……ユリス」

「なんだい」

「私、には……ユリスが今そう言った理由も何も分からないけれど。でも、なぜかとても嬉しくて、腕が動こうとしないんだ」

 そう言いながら、視界が涙で滲む。なんなんだ、この気持ちは。

 その瞬間、なぜか甘い香りが強くなった気がした。

「ねえ……私はどうすればいいの」

「さあ。自分で決めるんだよ」

 私は何を望んでいるのだろうか。任務のためには、ユリスを殺さなくてはいけない。けれど私の体は、本音はそれを拒んでいる。果たしてユリスが死んで、私は自分がそうさせたのだという気持ちを抱いて、生きていけるだろうか。

「……私やっぱり、ユリスを殺せない……」

 そう口にした途端、緊張の糸が切れたようにどっと体中に疲れを感じ、膝から崩れ落ちる。鎧を保つのにも集中力が必要だが、この瞬間に装甲が解けてしまった。頭がガンガンと痛む。

「……いいのかい」

「私は殺せなくても、他の二人がやってくれるかもしれないから」

「それは嫌だな、君に殺されることは本望だって言っただろう」

「できないんだからそう言わないでよ」

「だとしたら、さっきの返事を聞いても?」

「さっきのって?」

「告白だよ、さっきの」

「……たぶんだけど、私もユリスが好きなんだと思う」

「確証がなさげだね」

「だって好きとかよく分からなくて」

「うーん、好きっていうのは、その人の傍にいるだけで幸せで、ずっと一緒にいたいなって思うことなんじゃないかな」

「……それならやっぱり、私ユリスが好き」

「そんなに直球に言われたら恥ずかしいよ」

 二人で笑い合う。いつぶりだろうか、こんな風に話せたのは。

「ねえ、ぎゅってしていい?」

「どうして」

「どうして、だろう。分かんない」

「……まあいいか。はい」

 ユリスが腕を広げ、私はほとんど倒れ込むようにその中に飛び込む。

「なんかいつもより可愛いね」

「そ、そういうこと言わないでよ」

「ごめんって」

 なんだかすごく眠い。いろいろと終わって安心しきっているのだろうか。ここはまだ敵地だというのに。

「……セリーヌ、眠いのかい」

「……うん」

「いいよ、眠ってしまえば」

「……いいの?」

「ああ。おやすみセリーヌ」

「うん……おやすみ」

 薄れゆく意識の中で、私はユリスの小さな呟きを聞いた気がしたが睡魔の囁きに逆らえそうにない私にそれが届くことはなかった。起きたら何を言ったか聞こうと思って、私は眠気に身を委ねた。

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