二十歳 ── 1
あの襲撃の日から、結構な時間が経った。幸い敵に見つかることもなく過ごせていたが、そろそろ平和ボケしてしまいそうな感じがしてしまう。
パスカル様も、フローライト兄弟や私たちに心を開き毎日笑顔でいてくれている。幼い主が元気であることが今の一番の幸せだ。
ある朝、変な時間に起き出してしまった私は階下の店のスペースに足を運んだ。
「おう、セリーヌの嬢ちゃんか」
「ミスター・アレクセイ。お早いんですね」
「店の仕込みやらなんやらがあるからな。そういう嬢ちゃんも、こんな時間にどうしたんだ」
「なぜだか分からないんですが、変な時間に目が覚めてしまって」
「水でも飲むかい」
「いただいてよろしいですか」
おうよ、とミスター・アレクセイはこちらに背を向ける。やはりいつまで経っても、この貫禄で私と歳が五つしか違わないのには驚く。
いつもは何人かで一緒にいることが多く、二人きりで話をするのは少なかったなと思った。
「……ちなみになんですが、ミスター・アレクセイはどうしてここで店を?」
「そんな大層な理由はないさ。親に捨てられてから助けてもらった親父の跡を継ぎたかった、それだけ」
「捨てられた?」
「ああ、俺が確か十五くらいの時にな。仕事が上手くいかなくて子育てを諦めざるを得なかったんだったか。三人とも一緒にぽいだ。親父は優しくて強い人だったよ」
まさかここで生きている理由がこんなに重いものだとは知らなかった。軽々しい質問を恥じた。
「……辛いことを話させてしまって、申し訳ないです」
「いいんだいいんだ、もう全部過ぎたことなんだから」
少し困ったように笑う彼に、何も言い返せなかった。
しばらくして、店の扉が開いた。
「おっと、お客さん? まだ店は開いていないよ」
客らしき人は黙ったままこちらを見ている。なんだか様子がおかしい。
「───お客さん?」
おもむろに客らしき人は手を動かした。こちらに右手を伸ばす。その手には、拳銃。
「……っ! ミスター……!」
私の叫びも虚しく、客らしき人──敵の銃弾によってミスター・アレクセイは後ろに吹っ飛び体をキッチンの台に打ち付けた。
目の前で、彼が死んだ。
後ろからパタパタと駆けてくる二つの足音が聞こえた。カリムさんかリアムであればいいと、自分が動こうとする訳でもなく思った。
「兄さん? どうしたの……?」
聞こえた声は虚しくも、アレクシオスのものであった。であればもう一つの足音は。
二度、銃声が鳴る。重い物が倒れる音が相次いで鳴る。店内がそれを機に、しんとした。
「………ぁ、あああぁ……!!」
武装することも忘れ、銃を持つ相手に全力で体当たりする。鈍い音とうめき声がした。
「な、なんなんだお前!」
「……答えろ」
「な、何をだ」
「誰がここへお前をやったんだ」
その質問を聞き、敵は目を見開く。
「おま……もしかして、お前が近衛の騎士なのか」
「誰がお前を、ここへ遣わせた」
「そんなの、言える訳、ないだろ」
「……そうか、それなら」
私は指を鳴らし、愛剣を出現させて切っ先を敵の肩口に当てる。
「右腕、左腕、右足、左足……ああいや、それぞれの指から順番に切ってやろうか。痛いだろうなあ」
「い、いやだ! 話す、話すから! やめてくれえ!!」
「───そうか」
私は逃げられないようにと敵の顔の真横の地面に深く愛剣を刺し、それから話すよう促す。敵はひゅっと息を呑んでいた。
「誰がやったんだ」
「ろ、ローベル様からの命令だ、と……ユリス様が」
「──その命令の内容は」
「騎士団の人間と、連れられたアンリ王の息子を殺せ、と言われた」
「ではなぜ私ではなく、関係のない者を殺したんだ」
「お前が騎士だなんて思わなかったんだ!」
その言葉に、少しばかり苛立つ。
「……近衛の騎士団の一女騎士を、舐めてもらっては困るな」
「勘違いだったんだ……!」
「……そうか。話してくれてありがとう」
「解放してくれ、頼む」
「残念だな、私の言ったことが聞こえていなかったのか? 『話したら殺さない』なぞ、いつ言った」
既に自分の死は目前であることを悟ったのか敵は大声で言い放った。
「ひ、人でなし……!!」
「悪いがその言葉は、そのままお前に返してやろう」
さようなら、と呟き、刺していた愛剣を引き抜いて敵の首を掻っ切った。
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