怪獣西山美咲世界を震撼させる

@turugiayako

第1話

 ある朝、目を覚ました西山は、自分が四階建てのビルと同じくらいの背丈の怪獣となっていることに気が付いた。

 頭上を旋回するヘリコプターの音で、西山は目を覚ました。一つの部屋ぐらいの大きさをした顔の真ん中にある巨大な単眼が、瞼をひらくと共に認めたのは、彼女を見上げる無数の群衆の姿だった。

 群衆は、ビルとビルの間の開けた空間を埋め尽くすように立って、一様に、スマートフォンのカメラを西山の巨体に向けて騒いでいた。老若男女の別なく、小学生の男子も女子高生も会社員風の中年男性も、まるで大量生産品のように同じようなポーズでスマホを構えて自分を見上げている姿が、西山には不気味で不快なものに思えてならなかった。

(なんて失礼な奴らだ。こいつらは。私に断りもなく、私を撮影するなんて)

 西山は、群衆を自分の足で踏みつぶしてやりたくなった。群衆の方は、そんな彼女の内心など知らずに、ますます騒ぐ声を大きくしていく。

「ねえねえ、今目を開けたよ」

「うわ、きも……。目、一つしかないよ」

「こっち見ているぜ。危ないんじゃねえの?」

「俺、もう行くわ。あいつが動き出す前に」

 西山は、頭を動かして、彼女自身をよく見てみた。昨夜、自宅のベッドで眠りについた彼女の姿は、もはやどこにもなかった。ビルとビルの間に体を挟むようにして、座り込み、顔に一つだけついた眼と牙の生えそろった口を開け、自動車を締め付けることができるほど大きな尻尾を所在なく揺らせている二足歩行の緑の全長20メートルの爬虫類型生物を、身長160センチ未満のショートヘヤの16歳の少女と同一の存在だと見なすものは、この世のどこにもいないだろう。

 西山美咲という少女は、巨大生物になってしまったのだ。彼女は思った。

(私、怪獣になっている! 嬉しい!)

 彼女は、幼稚園に通っていたころから、怪獣が大好きだった。ゴジラもガメラも、ゴモラやレッドキングも大好きだった。逆にそんな怪獣を殺してしまう、ウルトラマンのような野蛮なヒーローのことは嫌いだった。幼稚園児の頃、ウルトラマンを崇拝する男子とつかみ合いの大喧嘩をしたことがあった。高校生になった今でも怪獣が好きだ。幸いなことに、通っている高校には話の合う友達も見つけられた。

 仮面ライダーマニアの井上靖子と、ハリーハウゼン作品のような外国の特撮映画のマニアである山本弘子という二人の少女は、日本の怪獣コンテンツにも詳しく、西山美咲と仲良くなれたし、学校非公認の特撮愛好サークルも一緒に作れた。「来年は、絶対に一年生の子を私たちの仲間にして、特撮沼に引きこんで、学校公認の部活動として特撮同好会を作るぞ!」というのが、彼女たち三人の目標だった。

(靖子と弘子に私の姿を見せて自慢しよう!)

 怪獣西山は、立ち上がった。彼女の通う高校へと、歩き出すために。巨大な足が踏まれて、道路はクレーターのように陥没した。

 それまでスマホで怪獣西山を撮影していた群衆が、悲鳴を上げて逃げ出し始めた。彼らのいる方向に向けて怪獣西山が歩みを進めるたびに、ずしんずしんと大きな音が雷のように大気を震わせ、道路が陥没してゆく。西山はうっかり、車道に駐車していたトラックを踏みつぶしてしまった。

(あ、やば)

 彼女は、腰をかがめて単眼を用いて、つぶれたトラックをよく見てみたが、人は乗っていなかったのでほっとした。それからはできるだけ、足下に注意して歩いた。

 突然、西山は右足に痛みを感じた。顔を上げると、彼女の正面に警察官が立っていて、銃を構えていた。銃撃されたのだと彼女は知った。怒りに燃えた怪獣西山は、牙の生えた口を大きく開けて、咆哮した。

 あんぎゃあああああす!

 彼女自身でも驚くほど、大きな叫びだった。対峙していた警察官は、銃をその場に落としてしまい、脱兎のごとく走り去っていってしまった。恐怖心が、限界を超えてしまったのだろう。

(まいったか。私は今、無敵の大怪獣だ!)

 テレビや映画のスクリーンの中でしか知らなかった怪獣。強くてかっこよくてあこがれの存在だった怪獣になれたことの喜びを、西山はかみしめた。

 その時、天空から、物体が飛来した。それがコンクリートの道路に降り立つと共に大地が一瞬、地震のように震えた。

怪獣西山の前に、今の彼女と同じくらいの大きさの、巨人が立っていた。全身が銀色で、観音菩薩像のような姿をしていた。空から突如地上へと降り立ったその巨人は、問答無用で彼女へと襲い掛かった。殴りつけ、地面に押し倒し、馬なりになって、彼女の顔を連続で殴打してゆく。殴られながら、彼女は悲鳴のような咆哮を上げたが、銀色の巨人は無慈悲だった。怪獣西山の長い尻尾をつかんで持ち上げ、彼女の全身を宙に浮かべると、ぐるぐると振り回し始めた。急速な回転で西山の目が回り、嘔吐の感覚に襲われ始めた時、巨人は手を離した。止まらない遠心力の働きによって宙を飛んだ怪獣西山の全身は、ビルに激突した。ビルは、911テロのように倒壊した。西山は地上に倒れこみ、痛みに呻きながら、今自分に対して暴力をふるっている存在がウルトラマン的な正義のヒーローであることと、テンプレート通りならば怪獣である自分はもうすぐヒーローに殺されるということに思い至った。

(これだから、正義のヒーローは野蛮で嫌いなんだよ! こちらの言い分も聞かずに一方的に殺してくるなんて理不尽だよ!)

だが、世の中は理不尽なのだ。西山は、自分はこんなところで死んでしまうのだと思うと、悲しくて涙が出てきた。単眼からこぼれ落ちた涙が、ほほを伝って瓦礫だらけの地面に落ちる。涙は、豪雨と同じくらいの水量があった。

 ヒーローがゆっくりと、自分に近づいてくる足音を聞きながら、西山の中に想いがいくつも沸きあがった。

(死にたくないなあ。もっとたくさん、怪獣が出てくる映画やテレビを見たいなあ。靖子や弘子と、もっといっぱい特撮のマニアックな話をしたいなあ。三人でもっと遊びたかったなあ。俳優の中島春雄さんみたいなかっこいい彼氏と付き合いたかったなあ)

 涙に濡れる彼女の単眼は、瓦礫の散乱する地上をぼんやりと眺めるうちに、そこに立つ二つの人影を認めた。

(そんなところにいたら危ないよ)

 その二人は、何かを大声で、怪獣西山に向かって叫んでいた。彼女は耳を澄ましてその声をよく聞こうとするとともに、目を凝らしてその二人の姿をよく見た。二人は、制服姿の女子高生のようだった。

「西山さん、立ち上がって!」

 一人は、山本弘子だった。眼鏡をかけ、長い髪を背中にかけ、ロングスカートをはいた彼女は、普段の物静かで落ち着いた様子からは想像もつかないような激しさで、声を張り上げ西山に向かって叫んでいた。

「美咲! そんな奴に負けんじゃねえよ!」

 一人は、井上靖子だった。ボーイッシュな短い髪を金髪に染め、活発な印象を与える短いスカートをはいた彼女は、普段もみることがよくあるような元気さを限界まで出す感じで、シャウトするロックシンガーのように西山に向かって叫んでいた。

(二人とも、私を、応援してくれている)

 友たちの叫びが、怪獣西山の胸に、太陽のように熱い塊を産んだ。その塊の放つエネルギーに突き動かされるようにして、怪獣西山は立ち上がった!

 彼女と対峙するヒーローは、両腕を、胸の前で十字に組んでいた。腕と腕が重なる部分が、青く発光し始めていた。そこから放たれる光線が、自分を焼きつくすのだということを、彼女は知っていた。一度発射されれば、怪獣である彼女は死ぬ。だから、発射の前にヒーローを殺せばよい。彼女には、できるはずだ。彼女は、怪獣なのだから。

 怪獣西山は、口を大きく力いっぱい開けた。咆哮するためではなく、熱線を吐き出すためだ。その挑戦は成功した。西山の口から吐き出された熱線は一瞬のうちにヒーローの体を焼き尽くし、殺した。爆発四散する巨人。

その時、西山美咲は目を覚ました。

「何寝てんだよ美咲」

「あれ、靖子。……と弘子。巨大化したの?」

「西山さん、寝ぼけているの? 今皆で書くことを考えているでしょ」

 西山は周りを見回した。放課後の教室だった。もちろん彼女はビルより大きな怪獣ではなく、16歳の少女だった。机に座って座る西山美咲、井上靖子、山本弘子という三人の少女の前には学校提出用の用紙が置かれている。進路希望調査書だ。

(そっか。さっきまで夢を見ていたんだ、私)

「私さ、書くこと、決まったよ」

「え、なんだよ美咲」

「なんなの?西山さん」

「私は、無敵の怪獣になる」

(二人が応援してくれたら、私は何にだってなれるよ)

 その後、西山は、怪獣の着ぐるみに入り演技するスーツアクトレスを目指すがなれなかった。しかし、ハリウッドで映画監督となり、全世界で大ヒットする怪獣映画を作り出して世界を震撼させた。    (了)               

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