俺たちはまだ未孵化

夏希纏

第1話 腐った希望

 誰にでも満足してもらえるような文章を書く。それが俺の仕事だった。


 クラウドワークスにて今受けている仕事は、ユーチューブに載せる漫画動画のシナリオ制作。チャンネルが吹き飛ばない程度にエロく、ヒロインはあざとく、主人公は誰でも自分を投影できるような没個性にする。緩急をつけ、ギャップを演出できればなおよい。


 これで1本1000円もらえるのだから、悪くない仕事といえよう。幼いころ抱いていた『文章を書いて暮らす』という夢からは、少しだけ離れているかもしれないけれど。


 夢を追っていても仕方がない。だって夢は俺を食わせてくれなかったから。

 パソコンの電源を落とすと、20代半ばにしては疲労が溜まっている顔が映る。好きなことをやっているというのに、どうしてこんなに苦しそうな顔をしているのか。

 逃げるように、ノートパソコンを閉じる。大学入学時に買った相棒が燻んで見えた。


 ……感傷に浸っている場合ではない。きゅっと手の甲をつねって目を覚ます。


 さて、これからバイトに行かなければいけない。文章を書く時間は終わりだ。

 気持ちを切り替えるために、顔を洗う。どことなく厭世的な表情は拭えなかったが、印象はだいぶマシになったはずだ。


 もう20時だというのに寝巻きのままだったから、適当にTシャツとジーンズを履き、財布だけを持って外に出る。職場は家から徒歩5分のコンビニなので、定期券はいらない。俺はそこで3年のあいだ、週6日夜勤をしている。


 客の列が出現すると焦るが、夜勤はほとんどない。比較的忙しい昼勤ですら業務に慣れてしまえば暇なのだ。特に人が少ないこの地域の夜勤は暇で仕方なくなる。ワンオペになることはしょっちゅうあるものの、立地も相まって自由な時間は多かった。

 品出しとフライヤーの掃除、店内の清掃などを終えたらこっちのものである。


 おおかた仕事も終わり客も来ないときは、褒められたことではないが事務所でスマホで小説を書くのが常だった。


 店長からも仕事がないときはスマホを触ってもいいと許可をもらっているので、公認のサボりともいえる。ちなみに客が来れば音が鳴り、すぐにレジへ向かえるようになっているため、今のところクレームがついたことはない。


 普段家にいるときは仕事で依頼されたシナリオや小説を書いているのだが、このときは違う。


 小説賞に応募するための原稿を書くのだ。その結果落ちたり、あるいは規定外の文字数になってしまったらカクヨムに載せる。毎日反響があるかチェックしてから執筆を始めているので、今日もブックマークからカクヨムへ飛ぶ。


「おっ」


 通知が来ていたことが嬉しくて、思わず声が出た。しかし内容は、ただ週間ランキングの順位が上がったことを知らせるものだった。

 たしかに嬉しいのだが、俺がもっとも望んでいるのは『いいね』や『ブックマーク』、評価の星だ。三ツ星だとなお喜ばしい。


 ワーキングスペースから自作品のPV数(要するに読まれた回数だ)を確認すると、前日から微動だにしていなかった。しかも今日の朝に予約投稿を仕掛けてある。新しく更新した話は、誰にも読まれていない。


 そもそも1話目のPV数も振るわないから、仕方ないと言えばそれまでだ。流行りのワードなんて何ひとつ取り入れていないし、積極的に他の書き手・読み手と交流を図っているわけでもない。


 書きたいことを書いているだけ。評価なんて気にする必要はない。


 そうだろう? なんて、自分を納得させる。仕事で書いているときとは比較にならないほど、この好きなことを書く時間は楽しい。……だけど、プロになるためには認められなくちゃいけなかった。


 この前もどこが悪かったのか、呆気なく一次選考で落ちてしまった。何十回と挑戦しているものの、一次選考を突破したことなんて片手で数えられるほどだ。


「……ダメだ」 


 耐え難い現実が『筆を折れ』とささやいてくる。急いでユーチューブを開き、俺がシナリオを提供した動画のコメント欄を見た。


『サムネで釣られたけど、内容もいいな。面白いしチャンネル登録します!』

『ヒロイン可愛すぎて辛い、どうして俺の学校生活にはこんな幼馴染がいないんだ』

『途中ハラハラしたけど、最後はハッピーエンドで安心した! 主人公とヒロインに幸あれ』


 俺の心を埋めるように、褒め言葉が視界に流れる。これを見ていると、俺は書き手として終わっていないんだと思える。

 流行りに乗っていさえすれば、俺は認められるんだ。俺に才能がないわけではない、ちゃんと自分の個性を扱えるようになれば伸びるはずだ。


 ──大丈夫、書き続けていたらいつか報われる。


 自己暗示するかのように、小さな声で呟く。それじゃあ、いつか報われるために小説を書こう。

 メモアプリを開いて文字を入力しようとすると、入店を知らせる音が鳴る。タイミングが悪いけれど、これで生きていくための給料をもらっているのだ。


「いらっしゃいませー」


 レジに出て、声を張り上げる。しかし客も急に品物をレジに持ってくるわけではない。


 何か手頃な仕事はないものか。考えながらふと斜め上を見上げると、コーヒー豆が少し減っている。あの客がLサイズを購入しても問題はないだろうが、念のためあとで入れておこう。


 今手頃な仕事を見つけたところで、コーヒー豆はバックヤードにあるから何もできない。とりあえず割り箸をレジ横に補充していると、さっき入店した客がアイスコーヒーの容器とポテトチップスを持ってきた。

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