第1話ー③ 勉強嫌いが宿した魂
「それではテストを返却します」
うさぎ小屋襲撃事件から一カ月が経過した頃、再びももは答案用紙の返却日を迎えていた。
「宇崎さん!」
女性教師に呼ばれ、ももは前に出る。
「今回はちょっと難しかったかな?」
そう言われて渡された答案用紙には、『15点』と赤字で大きく書かれていた。
「すみません……」
ももは受け取りながら、苦しそうな声で言う。
「きっとうさぎ小屋のことも関係してるよね。早く気持ちを切り替えよう」
「はい……」ももはまた肩を落としながら席に着いた。
こんなの、もう頑張れないよ……いやだ。学校も勉強も、全部いや。いやいやいやだよっ!
ももの目にうっすらと涙が浮かぶ。こぼれ落ちそうな涙を急いで拭うと、ももは泣いていたことがバレないようにそっと俯いた。
うさぎのように声を無くし、ももは静かに涙を流す。
その声なき涙は、誰の目にも入らなかったのだった。
その日の晩。自分の部屋に籠ったももは、机に顔を伏せながら静かに泣いていた。
「みんなに、会いたいよ……なんでいなくなっちゃったの。うさ吉、うーたん、ぴょんすけ」
ももはそれぞれのうさぎたちの顔を思い出し、楽しかった時間はもう戻って来ないのだと絶望した。
最後に遊んだうーたんの姿が、脳裏に焼き付いていて離れない。この思い出を永遠に残したまま、自分はこの先生きていくのだろうかとももは思った。
すると、唐突にどこからともなく声がした。
『もも。もも――』
はっとして顔を上げるもも。周囲を見渡すが、視界に入るのは見慣れた自分の部屋だけだった。
「誰?」
『目を閉じて』
そう言われ、ももはそっと目を閉じる。
「え……」
閉ざされているはずの視界に、何もない不思議な空間が広がっていることを知ったももは、思わず目を丸くした。
「ここ、何?」きょろきょろと辺りを見渡すもも。すると、
『慌てなくても大丈夫だよ、もも』
その声と共に、よく知る白うさぎが姿を現す。
「うーたん?」
『そうだよ。僕、うーたんだよ』
「でも。うーたんは、死んじゃったって」
『うん。僕は死んじゃった。だからこうしてももとお話できるようになったんだ』
「どういうこと?」
ももが首を傾げると、うーたんはぴょんと小さく飛び跳ねてももに近づく。
『僕とももは一つになったんだ』
「え?」
『目を覚ませばわかるよ。僕はももの傍にずっといるから――』
「待って、うーたん!」
ももは手を伸ばすが、うーたんに触れる前に視界は闇に閉ざされたのだった。
目をゆっくりと開けたももは、自分が床の近くで横たわっている状態であることに気が付く。
何か夢を見ていた気がする――そう思うももだったが、夢の内容は思い出せなかった。
「もも。そろそろ夕飯の時間よ。出てきなさい」
ママの声だ。もうそんな時間なんだね――
『うん、わかった』ももはいつものように母へそう返す。しかし、
「もも? どうしたの? もう寝ちゃった?」
母が自分の言葉に反応しない。なぜだろう、とももは疑問を抱いた。
『寝てないよ、今行くよママ』
「入るわよ」
そう言って母はももの部屋の扉を開けた。すると、ももの顔を見るなり、大きな悲鳴を上げる。
『ママ? どうしたの? なんでそんなに驚いてるの?』
「も、もも……?」
『うん。ももだよ。どうしたの?』
そしてももは気が付く。先ほどから母に声を向けているはずなのに、自分の耳に自分の声が返ってきていないことに。
『ママ! ママ!』
どれだけ大きな声をあげているつもりでも、その声が自分の耳に返ってくることはなかった。
『なんで? なんで声がしないの?』
ももが母に近寄ると、母は焦った様子でももの部屋を出て行った。そして、なぜ母がそんな様子で部屋を出て行ったのか、ももは自身の姿を見て理解する。
部屋にある全身鏡には本来、自分の姿が映っているはずだった。しかし、そこには自分とは似ても似つかぬ生き物が映し出されていたのだ。
『うーたん?』
鏡をじっと見つめるもも。そして、
『違う。うーたんじゃない。これは、ももだ。もも、うさぎになってる』
ヒトのカタチをとどめていない自分に驚くと、そのまま意識を失ったのだった。
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