第1話ー② 勉強嫌いが宿した魂

 翌日。ももはいつものように通学団の子たちと共に学校へ登校していた。


 楽しそうに話しながら歩く姿に、昨日の下校時にしていた悲しい表情の面影は一切感じられない。ももは『23点』のことをもうすっかりと忘れていたのだ。


 今日も帰りにうーたんたちと遊んで帰ろう。そんなことを考えながら、ももは満面の笑みで学校へと向かう。


 しかし、この日。ももは悲しい現実を知ることになった――


『昨夜、校内に何者かが侵入し、うさぎ小屋にいたうさぎたちへ可哀相なことをする事件が発生しました』


 朝の会が始まる直前、校長が校内アナウンスでそう伝えたのだ。


「かわいそうなことってなんだろう……ごはんを隠したとかそういうことなのかなあ」


 ももは机に一時間目の国語の教科書を出し、あとから小屋に行ってみようと思ったのだった。




 一時間目を終え、何が起きたのかを確認しようとももがうさぎ小屋に向かうと、すでに複数人の児童たちがうさぎ小屋を囲んでいた。


「昨日の夜、不審者が来てうさぎを切り刻んだらしいぜ」


「ひどいことするなあ……何の恨みがあったんだろうな」


 声を潜めて会話をする男子児童の声をももは黙って聞きながら、その場に立ち尽くす。


 切り刻んだって……うさ吉は? ぴょんすけは? うーたんは? 昨日は普通に一緒に遊んだよ? 嘘だよね――?


 結局ももはこの時間、うさぎ小屋を覗くことはできなかった。二時間目の後も、三時間目の後も多くの児童たちが小屋の周りを囲み、なかなか状況が把握できずにいた。


 早く、早く終われ。うーたんたちの顔を見て、大丈夫だったって安心したいのに――。ももは時計をチラチラと見ながら、焦りを募らせていく。


 そして四時間目の後。給食の準備時間にこっそりと抜け出したももは、ようやく小屋の中を覗くことができた。


 しかし、そこは何の痕跡もないいつもと同じうさぎ小屋だった。いつもと違うのは、ももがいくら声を上げても穴の中からは誰も顔を出さないということだけ。


「ねえ本当にみんな、死んじゃったの?」ぽつりと呟くもも。


 小屋の中にいつもの安心感はなく、静寂と虚無感が漂っていた。


「うーたん! うさ吉!! ぴょんすけっ!!」


 その静寂を打ち消すようにももは声を張り上げる。もしかしたら、みんなを驚かそうと隠れているうーたんたちがびっくりして顔を出すかもしれないと思ったからだった。


 しかし。どれだけ待っても、うーたんたちがももの前に姿を現すことはない。


 やっぱり聞いた話は本当だったんだ――。


「いやだ。いやだよ……」


 ももの視界は涙でゆがむ。こぼれた涙を両手で拭うが、とめどなく溢れる涙は決壊したダムのようにとどまることを知らなかった。


 しばらくすると、女性教師が慌てた様子でうさぎ小屋に駆けてきた。


「宇崎さん、ここにいたのね。心配したわ」


 女性教師の声が聞こえていないももは、何も答えることなく涙を流し続ける。


「なんで。どうしてこんなこと――うっ、ううっ」


「保健室、行きましょうか」


 ももは女性教師に連れられ、保健室に向かった。しかし、保健室に着いてからもその涙は止まらない。


 もうみんなには会えない。これからどうしたらいいんだろう――


「宇崎さん。今日はもう帰ろっか」


 女性教師の言葉に、ももはこくりと頷く。


「お家に連絡してくるね」


 そう言って女性教師は保健室を出て行った。


「どうして、こんなこと。ひどいよ……」


 しばらくして母がやってくると、ももは母に手を引かれて学校を出たのだった。




 一日欠席をしてからの登校日。うさぎの事件から三日目の朝だった。


「まだ無理しないほうがいいんじゃない?」


 心配そうな顔で母は靴を履くももに言った。


「大丈夫。これ以上休むと、勉強わからなくなっちゃうから」


「でも……」


 ももは振り返り。


「ありがとう、ママ」笑顔でそう言った。


「――わかったわ。気を付けて行ってらっしゃいね」


「うん。行ってきます」


 玄関の扉が閉まったのを確認してから、ももは大きなため息を吐く。


 ――もうみんなはいない。これからは、ももが一人で頑張らないと。


「行かなきゃ」


 そう呟くと、ももはどんよりとした気持ちのまま学校へと向かったのだった。




 それから数日。ももは少しずつ、現状を受け入れようと努めていた。


 嫌なことがあっても泣かない。

 どんなに寂しくたって泣かない。

 勉強がうまく出来なくても泣かない。


 ももはそう自分に言い聞かせ、うさぎ小屋のことを極力思い出さないようにしていたのだ。

 

 しかし、どうしようもない瞬間というのは必ずやってくるもので――。


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