第3話ー③ ももの夜明け

 始業ベルが鳴る少し前に、暁と三十代くらいのベージュのスーツを着た女性教員がやってきた。


「みんな入学おめでとう! 今日からよろしくな!」


 始業ベルが鳴ると暁は簡単な挨拶を述べてからニッと笑う。それから隣にいた女性教員に「どうぞ」と手のひらを向けた。


 女性教員は軽く会釈をして、口を開いた。


「皆さん、入学おめでとうございます。本日からこの第一期生の担任教師を務めます、長瀬川ながせがわ小夏こなつです。これから宜しくお願い致します」


 長瀬川はそう言って深々と頭を下げる。再び頭を上げた時、その表情には温かい笑顔があった。

 太陽みたいな人だとももは思った。そして、同時にどこからこの長瀬川先生は連れてこられたのだろうという疑問を抱く。


 暁先生の恩師だとしたら若すぎるし、だからと言って適当な人選でもないことくらいはわかるけど――


 ももはじっと長瀬川を見つめた。

 今はわからないけど、そのうち暁先生の言った「素晴らしい」の意味がわかるのかな。


「じゃあ、あとは長瀬川先生にお任せします」


 暁はそう言って教室をあとにする。


「それでは。順番に自己紹介をしちゃいましょうか!」


 長瀬川がそう言うと、教室の右端の席にいる生徒から順番に自己紹介をすることになった。


 一番右端の生徒、出席番号一番の男子生徒はゆっくりと立ち上がる。彼よりも四つ後ろの席にいるももは、彼の顔を確認できなかったが、その名前を聞いて目を丸くした。


有屋ありや裕行ひろゆきです。よろしくお願いいたします……」


 裕行はそう言ってぺこりと頭を下げる。


 え? 裕行君って、あの裕行君だよね? あれ、いつの間に教室に? 気が付かなった。


 それから順番に自己紹介を終え、オリエンテーションがあった後に休み時間になった。ももは席を立つと、座ったままの裕行の前に姿を見せる。


 学校指定の白いカッターシャツは着ているという違いはあれど、黒のミディアムヘアと自己紹介の時の自信のなさそうな喋り方は以前と変わりなかった。しかし、身長は少し伸びたかもしれないと思う。


「裕行君、久しぶりだね!」


「やっぱりももちゃんだ! 久しぶり」


 そう言って穏やかに笑う裕行を見て、ももは少しだけ彼が大人びているような気がした。


 変わりないなんて、失礼だったかな――。


 ももがそんなことを思っているうちに、裕行は一人で話を進めていく。


「教室に入って姿を見た時から、なんとなくももちゃんかなあって思っていたんだよ。何度かチラチラ見て、顔を確認してさ。やっぱりそうだよねって」


 裕行君から見られていたことに気が付かないくらい、私は水蓮ちゃんとの話に夢中になっていたわけか――


 あの子は目が離せない雰囲気があるからなあ、と思いながらももは頷く。


「ごめんね。その視線、全然気づかなかった。でも、教室にいたなら声かけてくれればよかったのに」


「だってももちゃん、他の女の子と楽しそうに話してたからさ。話したかったけど、邪魔しちゃ悪いかなって」


「ふふっ。気つかってくれたんだね」


「まあ、僕なりにね!」


 久しぶりに会話を交わしたはずだったが、出会ったあの頃と変わらずに優しく接してくれる裕行にももは安堵していた。


「でも、知り合いがいてくれてよかったあ。少し心配だったんだよ。ここでうまくやっていけるかなって」


 暁先生は担任じゃないって聞いていたしね――


 ももはそう思いながら、寂しそうな顔をする。


「え? もうお友達ができてたのに?」


 きょとんとした顔で裕行はももを見た。


「水蓮ちゃんは特別なんだよ。だって、あの子――」


 それからももは裕行の耳元で囁くように言う。


「暁先生の子なんだって」


「え!? そうなの?」あ、でも、三谷って言ってたな……と裕行は腕を組みながら呟いた。


「驚くよね。私も驚いたよ」


「あれ、でも。九歳ってことは、僕らと会った時にはもう?」


「うん」


「そうは見えなかったのにね。人は見かけによらないんだ」


「ねえ」


 ももは「うんうん」と小さく頷く。


「でも。ももちゃんは前と変わらないね」


 クスリと笑いながらそう言う裕行にからかわれたような気がして、ももは唇を尖らせた。


「それって悪い意味?」


「ううん。相変わらず可愛いというか……女の子なんだなあと」


 裕行は頬をほんのりピンクに染めて、ニコッと微笑んだ。


「そ、そう? ありがとね」


 ももは恥ずかしくなって、頬を掻きながら答える。彼はこんな男の子みたいなことを言う子だったかな、と。


「裕行君は変わったよね。男の子っぽくなった!」


「それじゃ、前は男っぽくなかったみたいじゃないか」


「えー、自覚なかったの?」


「ひどいっ!」


「あはは!」


 それからすぐにチャイムが鳴ると、ももは裕行と別れて席に戻っていったのだった。

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