第13話 忠誠事故、疲労は時にうっかりさんを生む

 

「とりあえず今日はアレンに帰ってもらったけど、明日からどうしよう……」


 今日一日で色々なことがあった。

 さすがの私も疲れがたまって、家に着くとすぐにソファーの上にダイブしていた。


「行儀が悪い」

「疲れてるの!」


 歩き回って足はパンパンだし、肩も凝った。おまけに元婚約者のせいで頭も痛かった。


「今日はあなたがなんとか用心棒のフリをしてくれて助かったけど、明日からはそうはいかない。早く誰か探さなきゃ」

「え?」

「えっ?」


 少しだけ間が生まれた。

 気のせい? いや、聞いてみるか、一応。


「トリュス、用心棒……やるの?」

「やるけど、別に」

「……え」


 聞き間違いかと思った。

 でも彼は、確かに言った。やるって。


「よかった。これで心労の方は減ったかも」

「そうかい、そりゃよかった」


 そう言って彼は軽く笑った。

 私はソファーに顔をうずめる。

 ああ、安心したら眠くなってきた。


「本当にありがとう。ごめんなさいね」

「どういたしまして」

「そういえば……」


 うとうと意識が途切れそうになりながら、ふと思い浮かんだことがあった。


「こういう時、忠誠を誓った相手の手の甲にキスをしたりするのよね」

「……」


 それはどこかで読んだことのある、おとぎ話だっただろうか。

 家は裕福、婚約者がいて、家の中で一生守られているはずだった私には、一切縁のなかった物語。


「ふふふ、なーんて……こんな話、また呆れられちゃうわ」


 いつまで経ってもお姫様気分の発想が抜けない。

 やっぱり私は公爵令嬢だったのだ。


「大丈夫、冗談だから忘れ……」


 あれ。どうしたことだろう。

 これは夢か幻か、私のさっきの戯言が、不思議ことに現実として目の前で起こっている。

 私の体自体はソファーに寝そべっていて、それは不格好だったけれど、確かに彼は私の手に口を添えていた。


「……なんで?」


 素直な疑問が口をついて出る。

 だってこれまでの彼なら、そんなものは鼻で笑って終わりだったはずなのに。


「確かにやるな、そういうの。って思ったから」

「え?」

「えっ?」


 私は顔を少しだけ上げた。彼の表情がよく見える。

 ポカンとした顔。

 あれ、もしかしてこの人。


「ふふっ」

「ちょっと待った、なんで笑った」

「だって」


 駄目だ、面白い。笑いが止まらない。

 疲れているせいか、妙にツボに入ってしまった。


「だってそれって騎士じゃない。用心棒はやらないでしょ、たぶん」

「あっ」


 やってしまったというように、彼の表情が青ざめる。

 彼は自分の顔を覆い隠すように額に手を当てた。


「……最悪だ」

「まあまあ元気出して。私はちょっとドキッとしたわよ?」

「俺はそういう柄じゃないの」

「じゃあきっと、今日はとってもお疲れだった。そういう事にしておきましょう?」

「…………」


 なんだかそれはとても楽しくて。

 私の眠気はいつの間にか、どこか遠くへと消え去っていた。

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