第38話 真美ちゃんからのプレゼント 前編
美術館の招待券を貰ったので朱音と一緒に見に来ているのだが、二人とも芸術には詳しくないので作品の説明を読んでいると意外と時間が経っていたのだった。
作品を鑑賞している時間よりも説明文を読んでいる時間の方が長かったような気もするのだけれど、コレはコレで楽しい時間を過ごすことが出来た。
「あ、まー君に朱音ちゃんだ。こんなところで二人に会うなんて珍しいね。今日は二人で仲良く芸術鑑賞かな?」
「真美ちゃん先輩こんにちは。今日は招待券を貰ったんで見に来たんですよ。私もお兄ちゃんも芸術に詳しくないんでよくわかってないんですけどね」
「そうなんだ。まー君なら芸術についても造詣が深そうだと思ってたんだけど違ったんだね。じゃあ、今度会った時にでもここに展示されている作品の感想でも教えてくれよ」
挨拶だけ済ませて消えようとしている真美ちゃんを朱音は必死に止めていた。僕は朱音が真美ちゃんに憧れているという事を知っているので止めはしなかったが、真美ちゃんは少し迷惑そうにしていたように見えた。
「どうしたのかな。何か私に聞きたいことでもあったのかな?」
「そうなんです。朱音もお兄ちゃんも芸術に詳しくないんで真美ちゃん先輩に色々と教えてもらいたいんです」
「教えてもらいたいって言われてもね、私も別に詳しいってわけじゃないんだよ。私も招待券を貰って見に来てるだけだし」
「でも、真美ちゃん先輩はここにあるのは無視して何か見に行こうとしてましたよね。何か目的があるって事ですよね?」
「まあ、私もここに来たのはある作品を見るためなんだけど、正直に言えばその作品しか興味無いんだよ。私も朱音ちゃんとまー君と同じで芸術について詳しくないからね」
「じゃあ、朱音もその作品を真美ちゃん先輩と一緒に見たいです。見るだけなら一緒についていってもいいですよね?」
「困ったな。あんまり誰かと一緒に見るのは得意じゃないんだよな。隣に知り合いがいると緊張してしまうし」
愛ちゃんの話を聞いていてもわかるし、真美ちゃんの行動を見ていてもわかる事だったのだが、真美ちゃんは基本的に誰かと一緒に行動することを好まない。そんな真美ちゃんが誰かと進んで一緒になることなんて、愛ちゃんと二人で登下校することくらいなのだ。
僕は真美ちゃんが愛ちゃんと休日も一緒に過ごしているものだと思っていたのだが、二人の家が近くても一緒に過ごすことは珍しいそうだ。僕の家も二人に近ければよかったのだが、残念なことに気軽に行ける距離ではなかったのだ。
「なんで一緒に見ると緊張するんですか。別に朱音もお兄ちゃんも詳しく説明して欲しいわけじゃないんですよ。ただ、どんな感じの作品が真美ちゃん先輩の目的なのか知りたいだけですよ。ね、お兄ちゃん」
「そうだね。真美ちゃんがどんな作品が好きなのか興味が無いと言えばうそになるね。僕も朱音も見てるだけでちゃんと理解しているわけでもないし、真美ちゃんが好きな作品を見れば僕たちも芸術に興味を持つかもしれないもんね」
「お兄ちゃんの言う通りですよ。真美ちゃん先輩もそんなに気にしないで気楽にいつも通り見てていいんですからね。朱音もお兄ちゃんも純粋に真美ちゃん先輩がどんな作品を好きなのかって気になってるだけですから」
「私は好きというか、どんな風に展示されているのか気になるってだけなんだよ。だから、まだ見てもいない絵を好きとか嫌いとかないんだよね」
その後もしばらく朱音の説得は続いていた。朱音は真美ちゃんを説き伏せる説得ではなく諦めさせる方にシフトしたのではないかというくらいについていく方向に話を持っていっていた。小さいころから一度決めた事は曲げない朱音ではあるが、それは僕に対してだけではなく他の人に対してもそうなんだという事を初めて知ったのだった。もしかしたら、朱音の友達が薙刀を始めたきっかけというのもこんな風な感じだったのではないだろうか。僕は朱音の友達二人に会う機会があれば聞いてみたいと思った。
「わかったよ。そこまで言うならついて来ても良いよ。と言うか、別にそんな事気にしなくてもついてくればいいのに。私は一人で見てるだけだし、君達二人はその近くにいるだけなんだからね。それに、私に説明を求めようとしたって無駄だからね。別に詳しいわけじゃないんだから」
「大丈夫ですよ。朱音もお兄ちゃんも真美ちゃん先輩と一緒に見たいだけですからね」
真美ちゃんは本当に目的のモノ以外に興味が無いらしく、数多くある展示品を全てスルーして目当ての作品まで一直線に向かっていた。その途中にある作品は変わった形の一目見ただけでは何かわからないものや、綺麗な馬の彫刻なんかもあったのだけれどそれらには一切目もくれずにズンズンと奥へ進んでいった。
もう少しで出口に近付くというところで真美ちゃんはいったん足を止めたのだが、立ち止まっているここには何も展示されていない。何かあるのかと思って確認してみたのだが、ここはただの曲がり角であるのは非常口の案内だけなのだ。
深く深呼吸した真美ちゃんが角を曲がっていったのでその後についていくと、僕はそこに展示されている一枚の絵を見て息が止まるような感覚になってしまった。暗い通路を抜けた先にあったのは、綺麗な色彩で明るい絵である。この絵に向かう通路だけ他の場所よりも照明が落とされていたのはこの絵が与える明るい印象をより強調させるためなのだろうが、僕と朱音はたぶんこの絵を見た人の中で一番衝撃を受けているはずだ。
「あの天使って、真美ちゃん先輩ですよね?」
僕が思っていたことを朱音はすぐに口に出したのだが、真美ちゃんはそれを否定も肯定もしなかった。
偶然似ているにしてはあまりにも似すぎているし、あの柔らかい表情は真美ちゃんが愛ちゃんと一緒にいる時の表情そのものなのだ。
「どうしてこの絵って真美ちゃん先輩に似てるんだろう。もしかして、真美ちゃん先輩ってモデルとかしてるんですか?」
「いや、そう言うわけじゃないんだけど」
「でも、どう見ても真美ちゃん先輩ですよね。どうして真美ちゃん先輩の絵があるんですか。ねえ、どうしてですか」
「どうしてって言われてもね。私の伯父が画家をやってるんだけど、その人が描いてくれた絵なんだよ。たまたま私の趣味を聞きつけた伯父がそれを見て作品にしてくれたんだけど、写真で見るよりも実際に見た方が恥ずかしいもんだな」
恥ずかしいと真美ちゃんは言っているけれど、こうしてみると真美ちゃんが整った顔であるという事を考えても、天使にしか見えないのだ。おそらく、真美ちゃん本人を見たことが無い人がこの絵を見ると天使にモデルがいるとは思わないだろう。それくらいに天使として違和感のない絵であった。
「趣味、趣味って何ですか?」
「別にそれは良いだろ。さ、目的の絵も見れたことだし私はここで失礼させてもらうよ。じゃあ、後は二人で楽しんでくれたまえ」
「そう言うわけにはいかないですよ。ちゃんと朱音にもわかるように教えてくださいね」
朱音は立ち去ろうとする真美ちゃんの手を掴んで逃がさないようにしていた。真美ちゃんは本気で逃げようとしているようなのだが、力の強い朱音から真美ちゃんは逃げ出すことも出来ずにいた。周りの人達もそんな二人の様子を見て驚いているようなのだが、絵に描かれている天使と同じ顔の少女が目の前にいるという事に気付いてさらに驚くといった事態になっていたのだ。
「わかったから。逃げないよ。朱音ちゃんにも教えるからいったん落ち着こうか。あんまり目立つの好きじゃないからさ、ここは離しておくれよ」
「わかりました。逃げちゃダメですからね」
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