第35話 朱音との夏休み前のとある日

 僕は珍しくまっすぐ家に帰らずにハンバーガーを食べに来ていた。特性バーガー二つとドリンク二つと大盛ポテトをもって席へ着いたのだが、僕が話しかけるよりも前に朱音がポテトに手を伸ばしていた。

「細いポテトも美味しいけどさ、ここのポテトみたいにほくほくしている太いのも美味しいよね」

「それで、親に聞かれたくない話ってなんだよ」

「まあまあ、そんなに焦らないでさ。まずはここの美味しいハンバーガーを温かいうちに食べちゃおうよ。冷めても美味しいけどさ、せっかく出来立てのをお店で食べられるんだし」

「そうだな。とりあえず食べてからにするか」

「うん、ありがとう。それと、奢ってくれてありがとうね。お兄ちゃん」

 僕と朱音はそれぞれにバーガーを美味しくいただいていた。たまに家族で食べることがあるのだけれど、親が買い物ついでに買ってきてくれているものなので出来立てを食べる機会はほとんどなかった。

 冷めても美味しいのは変わりないのだが、出来立ては出来立てで別のおいしさがある。あまりの美味しさに僕も朱音も一気に食べ終えてしまうほどであった。

「お兄ちゃんはさ、夏休みになったら愛さんとデート沢山するの?」

「どうだろうね。愛ちゃんは七月中は忙しいって言ってたからな。八月になっても宿題やってるだろうし、そんなにたくさんは会えないかも」

「そうなんだ。じゃあ、朱音とたくさん遊べるね」

「遊べるねって言われてもな。八月になったらオカ研で肝試しとかやるみたいだし、お前だって大会近いんだから部活で忙しいんだろ?」

「オカ研で肝試しって何。めっちゃ面白そうなんだけど、それって朱音も行っていいのかな?」

「良いとは思うけど、たぶんお前の大会の前くらいになっちゃうよ。そんな時に遊んで大丈夫なのか?」

「それは大丈夫だよ。今年は試合に出ないつもりだから。出ても出なくても一緒だし」

「そんな事ないだろ。お前と同じチームの人が勝てば勝ち残れるって話しだし、今年は全国狙うって言ってなかったっけ」

 朱音はいつもの明るい笑顔ではなく、少し陰りのある表情でポテトをつまんでいた。ハンバーガーから袋に零れ落ちたソースをポテトにつけながら食べているのだが、あの甘辛いソースはポテトにつけても絶品なのだ。

「それなんだけどさ、別にどうでも良くなっちゃったんだよね。私は楽しくみんなと練習してたいだけなのに、合同チームのコーチが私達のやり方にも口を出してくるんだよね。私達は強くなりたくてやってるわけじゃないのに、やっちゃんもマユちゃんもいじめみたいな練習させられてるんだよ。二人とも薙刀が楽しくないって言いだしちゃってさ、二人がいないんだったら朱音も一緒にやる意味ないなって思ってるんだよ」

「その二人はお前の親友だもんな。三人で仲良く出来るのが楽しいって言ってたし、それが無いんだったらやめたくなる気持ちはわかるかもな。でも、全国大会に行きたいって気持ちはなくなったって事なのか?」

「どうだろう。せっかくだから大会には参加したいって気持ちもあるんだけど、二人が出ないなら朱音も出たくないなって思うんだよ。二人とも団体戦のメンバーにはいれないって言われちゃったから」

「え、それって朱音だけが向こうのチームに加わるって事なるんじゃない?」

「そうなんだよ。朱音と向こうの三年生でチームを組むって言われたんだ。やっちゃんもマユちゃんも公式戦では勝ててないし練習でもいいところが無いから試合には出せないって言われちゃってさ、朱音が一人だけ選ばれるとか嫌なんだよね。結果なんかどうでもいいし、朱音は二人と一緒に大会に出たかったんだ。今まで見たいにやっちゃんとマユちゃんのどっちかだけでもいいから一緒に出たいって言ったんだけど、向こうのコーチがそれだと全国に行けないからダメだって言いだして。朱音はソレに納得出来なくて合同練習も行ってないんだ」

「それで、二人はなんて言ってるんだ?」

「二人とも朱音は試合に出た方が良いって言ってるよ。チーム編成も強い人を優先して出すのが当然って思ってるみたいだけどさ、朱音は勝ちたいわけじゃないんだよね。そりゃ、負けるよりは勝ちたいって思うけどさ、三人で頑張れたら結果なんてどうでもいいんだよね」

「そうなのか。でも、朱音がそうしたいんだったらそれでいいんじゃないか。中学に入った頃のお前はいつも楽しそうにしてたけどさ、最近はちょっと悩んでる感じに見えたし、イヤだって思うんだったら無理する必要無いと思うぞ。高校や大学に行って続けるつもりなんだったら大会には出た方が良いと思うけどさ、その辺はどう思ってるんだ?」

「どうだろう。このまま続けたいって気持ちも少しはあるんだけどさ、朱音は誰かと戦うってのがあんまり好きじゃないかもしれないんだよね。だから、続けるにしても違う競技にしたいって思うかも。例えば、お兄ちゃんの学校に入って弓道をやってみたいって思ってたりするよ」

「うちの学校って弓道部あったっけ?」

「今は活動してないみたいだけど、お兄ちゃんの高校の学校誌を見ていたら弓道大会全国大会出場って書いてたからね。もしかしたら活動してないだけで設備はあるかもしれないしね」

 そう言えば、体育館の裏にそんなスペースがあったような気もする。使っている人がいないので物置みたいになっているのだけれど、もしかしたらそこが練習場なのかもしれないな。

「でも、お前一人で始めるとか無理じゃないか?」

「それもそうなんだけど、やっちゃんもマユちゃんも同じ高校に行けたら一緒にやりたいって言ってくれてるし、他にもやってくれるって子は何人かいるんだよ。一緒に受かればの話だけどね」

「まあ、それなりに人気もあるから倍率も高くなってるしな。朱音なら大丈夫だと思うけど、他の二人って勉強出来るのか?」

「二人は朱音より頭良いから大丈夫だよ。市内だったらどこでも入れると思う」

「それなら安心だな。で、相談ってのはその事だったのか?」

「そうだった。お兄ちゃんに相談があるのをすっかり忘れてたよ」

 朱音は僕の質問を聞いて驚いたような顔をしていたのだが、自分から相談したいことがあると言っていたことを忘れていたのかと思ってしまった。

 忘れてしまうほどどうでもいいのだとしたら、なんで放課後に呼び出されてハンバーガーを奢らないといけないのだろうと思ってしまったが、相談というのは口実で僕にハンバーガーをたかるのが目的だったのだとしたらとんでもない話だ。

「それで、相談が無いんだったらもう帰るか」

「待って待って、お母さんに聞かれたくない話だからここで聞いてよ。朱音も困ってるんだからさ」

「困ってるわりには忘れてたじゃないか。大した問題でもないんだろ」

「そうじゃないんだよ。朱音は真剣に困ってるんだよ。どうしていいかわからないんだよ」

「とりあえず、落ち着けよ。何をそんなに困ってるって言うんだよ」

「あのね、お兄ちゃんは朱音の事を可愛いって思う?」

「いきなり何を言ってるんだ。そんな事聞いてどうした?」

「ねえ、可愛いか可愛くないかで答えてよ」

 朱音の事は可愛いとは思う。ただ、それは身内としての可愛らしさも含まれているのだと思うが、世間一般的に見ても朱音は可愛い方だろう。僕の数少ない友達も朱音を見ると可愛いと言っていたしな。

 そんな可愛いと思われる朱音が家だとパンツ丸出しでズボンを履いていないとは誰も思いもしないだろうが。

「まあ、可愛いと思うよ。妹として見ても可愛いし」

「もう、素直に可愛いって言ってくれればいいだけなのに。お兄ちゃんってさ、愛さんに告白されて付き合うことになったって言ってたけど、それってどうして付き合うことにしたの?」

「どうしてって、今までも良いなって思ってたからじゃないかな。関わることなんて無いって思ってたけどさ、僕の事を好きになってくれてたって思うと距離も近付いた感じがしたしね。何より、愛ちゃんは可愛いからね」

「お兄ちゃんってさ、意外と流されやすいよね。そう言うのは朱音の時だけにした方が良いと思うよ」

「って、相談って愛ちゃんの事なのか?」

「違うよ。そうじゃなくて、朱音もね。クラスの男子に告白されちゃったの。朱音はその人の事は別に好きでも何でもないんだけど、みんなの前で急に言われたから。お兄ちゃんもそんな感じで告白されたって言ってたし、どう思ったのかなって聞きたかったんだよね。お兄ちゃんはみんなの前で言われて嬉しかった?」

「嬉しいって気持ちはあるけど、恥ずかしいって気持ちもあったな。なんで今なんだろうって思ったこともあったけど、今考えると僕は放課後はオカ研の活動に真っすぐ行ってたし、それが無い時はすぐに下校してたからね」

「あ、そうだ。お兄ちゃんってさ、愛さんと付き合ってから帰りが遅くなったよね。オカ研の活動が無い日は朱音もまっすぐ帰って来てたのに、お兄ちゃんを待ってる時間がだんだん長くなってるもん。もしかして、学校帰りにデートしてるんでしょ」

「学校帰りは別々だからデートはしてないよ。家もまるっきり反対方向だしな。そんな事よりもさ、朱音に告白してきた男子の事は好きなのか?」

「どうだろう。好きとか嫌いとか以前にどんな人か良くわかってないんだよね。同じクラスで目立つ人だとは思うけど、不良だから関わることも無かったし。興味もなかったんだよね。毎日断ってもしつこいしさ、やっちゃんもマユちゃんもちょっと怖がってるからやめて欲しいのに聞いてもらえないし」

「へえ、朱音ってそんなにモテるんだな。別に意外とは思わないけど、お前も隅に置けないな」

「もしかして、お兄ちゃんって朱音の事バカにしてないよね?」

「そんな事ないよ。朱音は可愛いからモテるのも仕方ないさ。今までも告白とかされてたのか?」

「何度かされたことはあるけどさ、知らない人ばっかりなんだよね。仲の良い男子がいないからそうなのかもしれないけど、結構断るのも嫌な気持ちになるもんなんだよ」

「モテる人の悩みってやつか。それで、その不良とは付き合うつもりも無いって事なのか?」

「うん。朱音は全然そのつもりもないんだけどね。さすがに毎日付きまとわれるのは怖くなっちゃってさ、みんなの前で断っても諦めてくれないんだよ。どうすれば諦めてくれると思うかな?」

 その男子の事を何も知らないのでアドバイスなんて出来ることは無いのかもしれないが、朱音に付き合うつもりがないのだったら今のまま無視しておけばいいのだろう。ただ、相手もしつこく食い下がっているみたいだし、何か手伝った方がいいんだろうな。

 僕が最後のポテトを食べると朱音は泣きそうな表情を浮かべて恨めしそうに僕の顔を睨みつけていた。

「まあ、朱音に付き合う気が無いんだったら断った方が相手の為でもあるよな。薙刀の事もそうだけど、自分の気持ちを大事にしろよ」

「うん、自分の気持ちを大事にするね。薙刀も恋愛も勉強も」

 最後に残っていたドリンクを飲み干すと、僕と朱音は店を出た。こんな時間にハンバーガーを食べてしまったので晩御飯がちゃんと入るか心配ではあったが、夜は朱音が作るそうなので量の心配はなさそうだ。

 朱音が告白をされることもあるとは思っていたのだが、何度断っても諦めないような男も心が強いなと思ってしまった。朱音は一度決めたら曲げない性格なのでその男子の事は気の毒だとは思うが、そんな朱音を変えることが出来るとしたらそれくらい根性のある人なのかもしれないと僕は思う。

「合同チームのエースの人なんだけどさ、今年になってから朱音と練習試合をして一本も取れてないんだよね。他の人相手だと強いのにさ、朱音とは相性悪いのかな」

「薙刀の事はよくわからないけど、それってお前がついって事なんじゃないか」

「そうなのかな。朱音もやっちゃんとマユちゃんとやる時は負ける時もあるんだけどね」

「それって、知らないうちに手加減してるって事なんじゃないか。友達には本気を出せないとか」

「どうだろう。それは無いと思うけどな。二人とも朱音の癖を見抜いてるのかもしれないしね。二年生の時から二人には負けること多いし」

「朱音に告白してきた男子が暴力とか振るってきたらその薙刀でボコボコに出来そうだな」

「それはさすがにしないと思うよ。告白してきたのにそんなことされたら余計嫌いになっちゃうと思うし。それに、五人で来ても余裕だったからね」

「え、どういうこと?」

「学校でやっちゃんとマユちゃんと練習してた時なんだけど、その男子が仲間を連れて薙刀で勝負をしようって言ってきたことがあったんだよ。朱音はそういうの嫌だったんだけどさ、やっちゃんとマユちゃんの薙刀を盗んで返してくれなかったから仕方なく試合をしたんだ。向こうは胴しかつけてくれなくてそこしか狙えなかったんだけど、みんな一方的に倒すことが出来たんだよ。それ以来余計に付きまとわれるようになっちゃったんだけどさ」

「なんだよ。それってヤバいじゃないか。先生には言ったのか?」

「隣で見てたバレー部の人が先生を呼びに行ってくれたんだけど、先生が来た時にはみんな倒してたよ。だから、朱音の方が怒られそうになっちゃった」

「お前ってそんなに強いんだな。素人相手とはいえ、普通はそんなに一方的に戦えないだろ」

「相手も基本が出来てなかったからね。構えも全然だったし、隙だらけだったもん。朱音じゃなくても負けないと思うよ」

 朱音の試合は何度か見た事はあるのだけれど、僕には何が起こっているのか理解することが出来ないものばかりであった。同時に攻撃をしているようにしか見えないのだが、あがる旗の色はいつも朱音の色だったと思う。

「そう言えば、お兄ちゃんとこうして一緒に制服で歩くのって一年生の時以来かな。随分と久しぶりな気がするね」

「そうだな。家の中だと朱音はすぐに制服脱いでるもんな。見慣れてるはずのその制服姿も違和感しかないし」

「それって、制服姿の朱音の事を可愛いって思ってるって事?」

「なんでそう受け取るんだよ。そうじゃなくて、スカートを履いてる朱音が見慣れないって事だから」

「そんな事言って、お兄ちゃんはエッチなんだから。そんなに朱音のパンツを見たいんだったら言ってくれればいいのに。家に帰ったらいくらでも見せてあげるのにな。ほら、朱音のスカートをめくっていいんだからね。ほらほら」

 僕を挑発するように朱音はスカートをもってゆらゆらと揺れているのだが、当然僕はそんな挑発に乗ることは無い。

 僕の横で人懐っこい子犬のように振舞っている朱音は可愛いとは思うが、パンツを見たいかと言われると正直に言ってどうでもいい。見えたところで何も思わないし、見えなくても何も思わない。

 だが、嬉しそうに階段を駆け上がっている朱音のスカートが突風にあおられて捲れあがった時にはついつい見えてしまったパンツをガン見してしまった。

 これは、朱音のパンツを見たいとかそう言う問題ではなく、男の本能として見えてしまったパンツを目で追ってしまったという事なのだ。対象が妹とか関係なしに、急に見えたパンツを見てしまうという男として抗うことの出来ない性なのである。


「あ、お兄ちゃんのエッチ。なんだかんだ言ってみたかったって事なんだね。あとでもっとじっくり見てもいいんだからね」

 突風で捲れてしまったスカートを直しながら朱音は僕にそう言ったのだが、その表情は小悪魔のようにも見えていた。僕は別に家に帰ってからじっくりパンツを見てやろうとは思わないし、可愛いクマの顔が付いたパンツを見てもなんとも思わない。

 僕は朱音の事は好きなことには変わりないのだが、それは家族として妹としての好きであるので、パンツを見たくらいでは何とも思わないのだ。

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