彼女たちの夏休みの宿題

第25話 陽菜ちゃんの夏休みの宿題

 僕の通う高校は長期休暇になると自由研究をしなくてはいけないという決まりがある。

 自由研究の内容は本当に自由であって、この町の歴史を調べるのでもいいし、問題集を一冊やるというのでもいい。研究内容は本当に自由なのだ。

 本当に何をやっても良いし、それが何らかの評価につながるという事もないのだが、各自好きな事を調べられるという事に気付いた冬休みからは皆思い思いの好きなモノを発表する場になるのだが、高校に入った最初の夏休みは基本的にみんな真面目に授業で習ったことであったり部活に絡めたものを調べることが多いのだ。

 僕の場合はこの町に関わる不思議な噂なんかを調べようと思ったのだが、あまり大きな町でもないので変な噂なんか集まるはずもなく、日本各地に広がる都市伝説をまとめ上げることにしたのだ。

 そして、陽菜ちゃんも僕と同じように都市伝説をまとめる方向に進んでしまったようなのだが、思うようにそれも進まずに僕に助けを求めに来たという事だ。


 陽菜ちゃんに指定された公園で僕は待っているのだが、午前中だというのに刺すような陽ざしが降り注いでいてとてもではないが日向で待っているわけにはいかない。

 公園隅にあるベンチはちょうど木陰になっていて時折吹く風があって少しはましなのだが、今日はいつにも増して気温が高いという事もあって涼しいはずなのにじんわりと汗をかいてしまっていた。

 途中のコンビニで買ったアイスティーもここに来るまでの間に少しぬるくなってしまったようなのだが、まだ若干はひんやりとしていた。陽菜ちゃんを待っている間に少しずつ飲んでいたのだけれど、半分くらい飲み終えたところで日傘をさした陽菜ちゃんが僕のもとへと小走りで駆け寄ってきた。

「すいません。陽菜が呼び出したのに待たせちゃって」

「全然気にしなくていいよ。そんなに待ってないからさ」

 僕は半分近く減っているアイスティーを隠すように持ち変えると、それに気付いてはいない陽菜ちゃんは安心したように微笑みながら僕に再び謝ってきた。

 真っ黒の日傘だと思っていたのだが、近くで見ると少しだけ紫っぽく見えていたのだ。陽菜ちゃんは夏っぽいオレンジ色のTシャツにデニムのショートパンツといった服装なのだが、小走りで駆け寄ってきたためなのか僕よりも汗をかいていた。

 何も飲み物を持っていなかった陽菜ちゃんに僕の飲みかけのアイスティーを渡すと、陽菜ちゃんは何の躊躇もなく口を付けて美味しそうに飲んでいた。僕は陽菜ちゃんに渡してから間接キスをしてしまったという事に気付いたのだが、陽菜ちゃんはそんな事に気付いた素振りも無く残ったアイスティーを僕に渡してきたのだ。

「まー君先輩は去年の夏休みの宿題何をやったんですか?」

「僕は最初この町の噂とかを集めようとしたんだけど、何にもなかったから日本にある都市伝説を調べてまとめたよ」

「あ、私と一緒だ。それって、オカ研だからそっち方面でまとめようとしたって事ですよね?」

「そうだね。去年会長に聞いた時も僕と同じ感じだったみたいだよ」

「会長もそうだったのか。やっぱり、自由に調べていいって言われたら好きなモノを調べようってなりますよね。私もそうだけど、まー君先輩も会長も一緒で良かったです。それで、今年は何を調べてるんですか?」

「僕はね、夏休みの昼食に何が相応しいかってのを調べてるよ」

「え、ソレって、オカルト要素ないですよね?」

「うん、全然ないね。普通に料理動画を見て作ってるだけだから」

 僕は美味しそうな料理のレシピを集めて朱音と料理を作っているのだ。作っていると言っても、僕がやることは計量と後片付けがメインであって調理自体はほぼ朱音がやっている。

 僕も一応料理は出来るのだけれど、万が一失敗した時はみんなの食べる物も無くなってしまう恐れがあるのと、食材を無駄にしたくないという気持ちもあってそう言うことになっている。

 というよりも、朱音が小学生の時に休みの日の昼は料理を作ると言ったことがあって、それが今でも続いているというのも理由の一つではあるのだ。

「でも、自由研究って言ったってそんなんでもいいんですかね。何の研究にもなってないし、美味しいとかって個人の感想じゃないですか。そんなの発表されても陽菜だったたら美味しそうだなって思うくらいだと思いますけど」

「うちの学校の休みにある宿題って何やっても自由だからね。去年の冬休みは好きな漫画家の過去作をまとめた人とかゲームの攻略記事を書いてた人もいたくらいだからね。形式も内容も自由って言われてると思うけど、それって本当に好きな事をやって良いって事だからね」

「本当なのかな。まー君先輩は陽菜に嘘はつかないと思うけど、そう言うのってなんか嘘っぽく聞こえるんですよね」

「まあ、一年生の夏休みはそうやってまじめにやってた方が良いよ。僕も最初はそうだったんだけど、クラスに何人かは本当に自由な事を研究してきて何をやってもいいんだって気付いて、冬休みの宿題からは本当に好きな事をやりだすのが伝統なんだって会長も先生たちも言ってるくらいだよ」

 僕は少しぬるくなったアイスティーを見ながら陽菜ちゃんに宿題の真実を告げたのだ。

 僕は本当に嘘を言っているわけではないのだが、陽菜ちゃんは勉強に対して真面目である。僕が言っていることを本当に信じていいのかと悩んでいるようなのだが、そんなものは夏休みが終わって宿題の発表会になればわかる事なのだ。

 この学校に兄弟のいる生徒や体育会系の部活に入っている生徒は上の学年の人から早めに宿題の真実を知らされて発表会に臨むのだが、そうでない生徒はその発表を見て好きな事を調べてもいいのだという事に気付かされる。それもこの学校の伝統になっているのだ。

「でも、陽菜はちゃんとオカ研に関係あることを調べたいなって思うんです。最初はちょっと真面目に活動に参加してなかったですけど、今はちゃんと真面目にやってると思うんで、その証として夏休みに一学期の集大成としてまとめ上げたいと思います。だから、まー君先輩も少し手伝ってもらってもいいですか?」

 やっぱり、陽菜ちゃんは遊んでそうなのは見た目だけで中身はとても素直で真面目なのだ。遊んでいそうな見た目も陽菜ちゃんが可愛いと思えるからやっているだけだろうし、好きなモノは周りにどう思われても好きだと貫く強い意志もあるのだ。その一つが女児向けのキャラクターパンツが好きだという事でもある。

「手伝うのはいいんだけど、毎日ってわけにはいかないけどいい?」

「もちろんですよ。まー君先輩も愛ちゃん先輩とデートする時だってあるだろうし、そういう時は言ってくれたら陽菜も遠慮しますから」

 残念ながら今のところ僕は愛ちゃんと会う予定をたてられていないのだ。夏休みが始まってすぐに会ったのだけれど、その時は一時間も一緒にいられなかったし、なぜか朱音も一緒についてきたのだ。

 愛ちゃんは家族で旅行に行っているので次に会えるのも、オカ研で企画をしている肝試し大会の時まで無いようだ。今のところ参加人数も僕と愛ちゃんの他には会長と陽菜ちゃんくらいだと思うのだが、会長の話では一応参加していないオカ研メンバーにも声をかけてはいるようなのだ。もしかしたら、もう少しだけ人数が増えるかもしれないという事らしい。

「あれ、もしかして、まー君先輩って愛ちゃん先輩とデートの予定とか入ってないですか?」

「そうだね。今のところ予定は無いね。僕はいつでも平気なんだけど、愛ちゃんは家族で旅行に行ってるから仕方ないのさ」

「せっかくの夏休みなのに残念ですね。そうだ、まー君先輩が寂しかったら愛ちゃん先輩の代わりに陽菜がデートしてあげますよ。お小遣いあんまり無いから今みたいに公園とか図書館とかになっちゃうと思いますけど」

「それって、デートのお誘いじゃなくて宿題を手伝えって催促でしょ」

「そうじゃないんだけどな。陽菜は本当にまー君先輩の事が好きなんですよ。でも、愛ちゃん先輩の事も好きなんですよね。なんか、愛ちゃん先輩は恋のライバルって感じじゃなくて、応援したくなるって感じなんです。陽菜はまー君先輩の事が大好きなのに、愛ちゃん先輩と別れて陽菜と付き合って欲しいって思えないんですよね。でも、まー君先輩と付き合いたいなって気持ちもあるわけで、その妥協点としてこうしてデートしてもらってるって感じですかね」

「まあ、デートかどうかは置いておいて、陽菜ちゃんが困ってるって言うんだったら手伝ってあげるよ」

「ありがとうございます。次はまー君先輩のために何かお菓子を作ってきますね。本当は冷たいのが良いと思うんですけど、うちに呼ぶとパパに何か言われそうだからな。まー君先輩の家にお邪魔して作るのも違うような気がするんですよね」

 陽菜ちゃんは何かを察して欲しそうに僕の方をチラチラと見ていた。

 まあ、何となくというか、僕は陽菜ちゃんの思っていることを感じ取っていたし、それを無碍にするわけにもいかないと思って宿題だけではなくそっちの事も助けることにした。

 これは、愛ちゃんを裏切るという事ではなく、単純に陽菜ちゃんが作るお菓子を食べたいという気持ちがあるのだ。それに、陽菜ちゃんと朱音は友達同士だし、僕の事なんか関係なく朱音と陽菜ちゃんで遊ぶことだってあると思ったからだ。やましい気持ちなんてこれっぽっちもないのだ。その証拠に、陽菜ちゃんが仮にうちに来ることがあれば事前に愛ちゃんに連絡は入れるつもりだ。

「うちに遊びに来るのはいいと思うよ。朱音も陽菜ちゃんと遊びたいだろうし、普通の料理を教えることは母さんも出来るけどさ、お菓子作りは誰も教えられないからね。朱音は夏休みを利用して新しい料理を覚えたいって言ってたし、陽菜ちゃんにお菓子作りも教えてもらえるんだったら嬉しいと思うよ」

「そっか、まー君先輩に会いに行くんじゃなくて陽菜は朱音ちゃんに会いに行くって考えればいいのか。それだったら愛ちゃん先輩に申し訳ないって思わないくていいですよね。でも、まー君先輩のいる事もあるし、一応愛ちゃん先輩には事前に報告しておきますね。まー君先輩が悪いって思われたら陽菜も嫌ですから」


 陽菜ちゃんと会ってからそれほど時間は経っていないはずなのだが、僕も陽菜ちゃんも座っているだけでじんわりと汗をかいていた。

 先ほどまで公園で元気に遊んでいた子供たちも今は誰もいなくなっていたのだが、遊び対盛りの子供たちでさえ公園から逃げるような暑さになってきているという事なのだ。

 アイスティーもほとんどなくなってしまったので新しい飲み物を買おうと思ったのだけれど、お小遣いをもらう前なのでそれほど財布に余裕はないのだ。アルバイトでもして遊ぶ分くらいは稼ぎたいとは思うのだけれど、うちの学校はアルバイトの許可を基本的に出してはいない。お正月に年賀状を仕分けするバイトが出来るくらいだと聞いている。

「それにしても、こんなに暑くなることもあるんですね。陽菜はもう汗をかいて気持ち悪いです。小さい子供だったらあの水道の水を浴びてるところですよ」

 強い日差しの中にそびえたつ水飲み場はある意味オアシスのように見えるのだが、何も無い野ざらしの状態なのでそこまで行くのも面倒に思えてしまう。それでも、僕は座って話しているだけでも喉の渇きを覚えてしまっていた。

「ココってあんまり風が来ないですよね。ちょっとだけ場所移動してもいいですか?」

 そう言って陽菜ちゃんは立ち上がると、持っていた日傘を僕に手渡してきた。雨でもないのに相合傘をするというのは変な気持ちになるのだが、こうも陽射しがきついと贅沢は言っていられない。これは暑さをしのぐために必要な事なのだが、お互いに肌の振れそうな距離にいるという事は少し気まずかったりもする。

 公園から出てしばらく川沿いを歩いていたのだが、陽射しは依然強いままではあるが程よい風が吹いているという事もあって公園で座っているよりは過ごしやすさを感じていた。

 いくつかある橋の下を潜り抜けると海が近付いてきたのだが、陽菜ちゃんはそのまま海には向かわずに橋の下にある小さな柵に腰を下ろした。

 僕もその横に腰を下ろしたのだが、川沿いで海も近くて橋の下で日陰もあるという事で先程とは比べ物にならないくらい涼しいのである。ただ、ここまで来るのにも陽射しの中を結構歩いていたという事もあって他に人は誰もいなかった。

「今だったら誰も来ないかもしれないですね。いつもは散歩している人が多いのに、今日はいつもと違って静かですよ」

「ここにはよく来るの?」

「滅多に来ないですよ。中学の時にはよく来てましたけど、高校生になってからははじめて来ました。あんまり来たくなかったんですよね。いい思い出が無いんで」

「何か嫌なことがあったの?」

「嫌なことと言うか、ここで友達と遊んでいた時に、川の近くから変な声が聞こえてきたんです。陽菜も友達も怖くて動けなくなってたんですけど、その声はずっと聞こえてました。逃げたいのに逃げられないっていう感じで、陽菜はどうしていいかわからなくなって友達と一緒に固まってたんです。その時に散歩をしていた犬が吠えてくれたおかげで動けるようになったのですけど、それってなんだったんですかね?」

「そんな事があったんだ。会長に聞いてみるといいかもね」

「そうですね。夏休みが終わったら聞いてみようかな。それと、もう一つ変な噂がここにあるんですよ。まー君先輩は知ってますか?」

「どんな噂があるの?」

「ここで、好きな人にパンツを見せるといいことがあるって噂です」

 陽菜ちゃんは日傘を横にして周りからお尻を隠すようにすると、その日傘を僕に手渡して履いていたデニムのショートパンツを少しだけ脱いで僕にだけ見えるようにしていた。

「汗が張り付いて上手く脱げないですよ。パンツまで一緒に脱げちゃいそうなんでまー君先輩は傘をちゃんと持ってて他の人には見えないようにしてくださいね」

「いや、そんな噂は嘘でしょ。僕をからかってるだけだよね?」

「どうなんでしょうね。からかってるだけかもしれないですけど、お互いに良いことあると思いますよ」

「お互いに良いことって?」

「まー君先輩は陽菜の履いてる可愛いパンツを見ることが出来るし、陽菜はこうして暑くて汗で蒸れたパンツを風で冷やすことが出来るって事です。どうですか、一石二鳥ってやつだと思いませんか?」

「そうとは思わないけど」

「あ、でも今日はいつもと違う感じのパンツなんですよ。キャラクターものじゃないんです。何だと思いますか?」

 じっくり見ているわけではないのだけれど、ショートパンツのボタンを外して広げてい見えている部分からはキャラクターが描かれている部分は見えていない。そんな質問をされたらじっくり見てしまうことになるとは思うのだけれど、今見えている小さな三角形の部分には何かのキャラクターが描かれてはいないのだ。

「もう少し脱いだら見えるかもしれないですね。まー君先輩は目を離しちゃダメですからね」

 汗で張り付いているデニムを少しずつ肌から剥がすようにゆっくりと陽菜ちゃんはショートパンツを下ろしているのだが、お尻の部分が完全に露出したと同時に振り返ると、そこには可愛らしい魚がプリントされているのであった。

 これもキャラクターものパンツなのではないかと思っていたのだが、陽菜ちゃんはいつもとは違うと力説していた。

「お魚さんも熱いとかわいそうですよね。でも、水が無いのに大丈夫なのかな。ま、パンツだから平気ですよね」

 陽菜ちゃんはそう言いながら魚が動いてるように腰を振っていたのだが、僕はその様子が陸揚げされた魚が跳ねているように見えて少し面白かった。

 陽菜ちゃんはいろんなパンツを持っているのだとあらためて思い知らされた夏の日の出来事であった。

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