第21話 陽菜ちゃんと肝試し
肝試しはまだ続いているのだが、僕はオカ研メンバーとして怪談会の準備をすることになっていた。
愛ちゃんは調子の悪そうな真美ちゃんの側にいてくれているのだが、朱音も真美ちゃんを心配してそこについていったのだ。
会長は池のほとりを歩く人達の管理をしているのでこちらにまで手は伸びていないのだが、こちらは椅子を置いたり座布団を敷いたりという簡単な作業なので人手はそれほど必要ないのだ。
僕一人でも時間内には終わると思うのだが、会場となる大広間から椅子や座布団を保管している部屋までは距離があるので少しだけ疲れてしまいそうだった。
「まー君先輩って当然愛ちゃん先輩と一緒に行ったんですよね?」
「そうだけど、陽菜ちゃんは誰と行ってきたの?」
「陽菜ですか。陽菜はまだ行ってませんよ。一緒に行く相手もいないですし、ここの準備が終わってから向こうにいっても会談が始まる時間には間に合わなそうだから諦めてるんですよ。結構楽しみにしてたんですけどね」
「残念だね。でも、あの池って別に何の謂れも無いから期待しているような事は起きないと思うけどね」
「何言ってるんですか。何も起きなくてもいいんですよ。むしろ、何か起きた方が面倒なことになるじゃないですか。陽菜は何も無いところで何かありそうな感じを楽しみたいだけなんですよ」
「その気持ちはなんとなくわかるかも」
僕と陽菜ちゃんは持ってきた座布団を車座に並べながらそんなことを話していた。きっと、陽菜ちゃんも一緒に回りたかったんだろうな。愛ちゃんがいることもあって自分からは僕を誘うことも出来なかったんだと思うが、もちろん僕から陽菜ちゃんを誘うことなんて出来ないのだ。
もしかしたら、愛ちゃんだったら行ってきてもいいよと言ってくれるかもしれない。そう言われた僕と陽菜ちゃんはその言葉に素直に従うだろうか。おそらく、僕も陽菜ちゃんも愛ちゃんの言葉を素直に受け取って一緒に行ったりはしないだろう。
「じゃあ、向こうじゃなくてこっちで肝試ししましょうよ」
「こっちでって、ここは何も無いと思うけど」
「それでいいんですよ。陽菜はまー君先輩と二人で肝試ししたいだけですから」
肝試しをすると言っても、この施設はそこまで古くないし照明だってLEDに変えられているのだ。肝試しをするにはあまりにも日常感が強すぎると思う。
それでも、陽菜ちゃんは何か考えているんだろうなと僕は思っていた。
「とりあえず、準備だけは先にしちゃいましょうね。それさえしちゃえば陽菜たちがサボってたって思われないと思いますから」
座布団を敷いてその周りにいすを並べれば準備は終わりなのだ。
僕と陽菜ちゃんはさっきまでとは打って変わって無言でせっせと準備を続けていた。会談が始まる予定時刻まではまだ十分に余裕はあるのだが、予定していた時間よりもかなり早く終わったのだった。
「準備も終わっちゃいましたし、二人だけの肝試しをしましょうか。と言っても、まー君先輩が怖がるようなモノなんて何もないんですけどね。ただ、夜の二人っきりのデートをしましょうね」
大広間を出た陽菜ちゃんは僕を管理室へと連れだした。大広間横にある給湯室の奥にある保管庫をさらに抜けたトイレの奥に隠れるように管理室があるのだが、管理室の中はテレビで見た事のある昭和の世界のようなたたずまいをしていた。
備え付けられているテレビも厚型の丸いやつであったし、冷蔵庫も丸みを帯びた小型のものであった。クーラーも無く扇風機が置かれているだけなのだが、扇風機は羽のついていない最新型のものだったので違和感が凄かったのだ。テレビや冷蔵庫が古くておかしいと思うはずなのに、ここにある扇風機がおかしいと感じてしまうのはなぜなのだろう。
「ここって、なんか昭和のおじいちゃんの家って感じですね。教科書に載ってた家電がありますよ」
「今でもあのテレビって使えるのかな?」
「一応使えるみたいですよ。昼間に来た時に会長と一緒に見てたんですけど、画質が荒くてよくわかりませんでした。音もなんだかいつもと違うように感じたんですけど、それって心霊現象ですかね?」
「どうなんだろう。テレビのスピーカーの性能が低いからじゃないかな」
「もう、まー君先輩は現実的過ぎますよ。こういう時はもっと怖がってくれないと肝試しの意味が無いじゃないですか」
陽菜ちゃんはそう言って怒っている風を装っているのだが、口調とは裏腹にこの状況を楽しんでいるように見えた。
「でも、そっちの冷蔵庫には生首とか入ってるかもしれないよ」
僕は陽菜ちゃんを少しでも怖がらせてあげようと思ってサービス心でそう言ったのだが、想像していたよりも陽菜ちゃんは怖がってしまっていた。
「ちょっと待ってください。なんでそんなこと言うんですか?」
「なんでって、雰囲気を楽しもうと思ったからだけど。肝試ししてみたいって言ってたから」
「まー君先輩の冗談ってシャレにならないですよ。そんなのありえないですけど、まー君先輩が言うと妙に説得力があるって言うか、言霊って本当なんじゃないかって思っちゃうじゃないですか」
陽菜ちゃんの反応は予想外ではあったが、こんな反応をするという事は何か冷蔵庫に仕掛けているのだろう。たぶん、何か食べ物か飲み物を隠しているに違いない。陽菜ちゃんはギャルのような見た目をしているのだが、お菓子作りが好きな女の子なのである。ふわふわした見た目で甘い匂いのする女の子であるという事を思えばお菓子作りが好きなのも納得出来るのだが、言動の一つ一つがお菓子作りを趣味にしているとは思えないのである。
僕の前に立った陽菜ちゃんがゆっくりと冷蔵庫に近付いてドアを開けたのだが、陽菜ちゃんは冷蔵庫と中身を見て完全に動きを止めてしまった。
「え、嘘。なんで、信じられない」
陽菜ちゃんは泣きそうな顔で僕の方を振り向いていたのだが、その表情はとても演技には見えなかった。冷蔵庫の中にいったい何があるのだろうと思って陽菜ちゃん越しに中を覗くと、そこにはシュークリームが四つ入っていた。
「これって、シュークリームじゃない?」
「そうですかね。本当にシュークリームなんですかね。何かの生き物の脳みそなんじゃないですか?」
さすがにそれはないだろうと僕は笑いそうになっていた。それでも、陽菜ちゃんは真剣な表情を浮かべて僕を真っすぐに見つめていたのだ。
その視線にはとても強い信念のようなものを感じてしまっていた。
「まー君先輩、もしかして、これってこの管理室に入った人の脳なんじゃないですかね」
「そんな事は無いでしょ。脳だとしたら小さすぎるよ。シュークリームにしては大きいとは思うけどさ」
「そんな変なこと言ってないでここから出ましょうよ。私達の脳も取られちゃうかもしれないですから」
慌てて管理室から逃げようとする陽菜ちゃんではあったが、ドアの前に立ち止まって僕を待っているようだ。いったいどういうプランで進めていくつもりなのだろと見守っていたのだが、陽菜ちゃんは僕の事なんてかまわないといった様子で窓の方へ移動すると、再び窓の前で立ち止まってしまった。
「ドアも窓も開かないです。陽菜たちは完全に閉じ込められてしまいました。こうなったら、陽菜はここでまー君先輩と一緒に過ごすしかないですね」
「いや、普通にドアも窓も開いてるけど」
ドアも窓も閉まっていないのだからこれ以上開くことも無いだろう。陽菜ちゃんの言っていることは間違いではないのだが間違いなのである。閉まっているのは冷蔵庫と茶箪笥だけなのだ。
「窓に張られている結界のせいで外にも出られませんよ」
「それは網戸だよ」
「入り口のドアだって全然開きません」
「それ以上開いたらドアが外れちゃうね」
「もう、少しくらいは乗ってくれてもいいのに。まー君先輩って意地悪ですね」
「そんなことも無いと思うけど、そのシュークリームはどうしたの?」
「どうしたのって、普通に作ってきたんですよ。失敗しちゃったんで四つしかないですけど、陽菜とまー君先輩と愛ちゃん先輩と会長の分でちょうどかなって思ってたんですけど、陽菜が思ってたよりもいっぱい人が来ちゃったから出しづらいなって思ってまして」
陽菜ちゃんはちょっと恥ずかしそうにそう言ったのだが、今まで見せられていた芝居の方が恥ずかしいような気もするのだ。陽菜ちゃんはそんな事を微塵も思っていないようであった。
「陽菜ちゃんの作るお菓子は美味しいから奪い合いになっちゃうかもしれないしね」
「本当ですか。陽菜の作るお菓子っておいしいですか?」
「うん、この前オカ研の活動日に持ってきてくれたパウンドケーキも美味しかったよ。朱音に写真を見せたら羨ましがってたし」
「そんなの写真に撮らないでくださいよ。写真に撮るならもっと綺麗に作ったのに」
「でも、美味しかったのは本当だからね」
「ありがとうございます。このシュークリームもみんなが来る前に二人で食べちゃいますか。朱音ちゃん達と取り合いになったら困りますからね。じゃあ、お茶淹れますから待っててくださいね」
僕らが来る前に陽菜ちゃんは会長とここの使い方を聞いていたのだ。昭和っぽい部屋に似つかわしくない電気ケトルでお湯を沸かしている陽菜ちゃんはどこか嬉しそうであった。
窓から見える外は鬱蒼とした森がたまに吹く風で鳴いているのだが、その音も決して不快ではなく自然を感じられる癒しの空間に感じられた。陽菜ちゃんが美味しいお菓子を作ってくれて持参したお茶の準備をしているからなのかもしれない。
「あ、そっちに急須って入ってますか?」
「こっちかな。見てみるね」
僕はテレビの横にある茶箪笥の中から急須と湯飲みを取り出したのだ。
陽菜ちゃんに渡そうと思って振り向くと、そこにはズボンを膝までおろした陽菜ちゃんが立っていた。
「陽菜ちゃん、何しているの?」
「何って、お茶の準備をしているんですよ」
「お茶の準備はわかるけどさ、何でズボンを脱いでるの?」
「なんでって、まー君先輩に見てもらいたいからですよ。それ以外に何があるんですか?」
陽菜ちゃんは全く動揺する様子もなくそう言い放った。僕の方が動揺して声が震えていたかもしれないのだが、そんな事よりも今の状況がいったい何なのか理解出来ずにいた。
いや、以前みたいに陽菜ちゃんは見せパンを履いていると思っているのかもしれない。見せパンだからあんなに堂々としているのだろう。そう思えば、僕も少しは冷静に慣れるというものだ。
「陽菜ちゃん。ズボンが下りてパンツが見えてるけど」
「ああ、これですか。これはまー君先輩に見せてるんで大丈夫です」
「大丈夫ですって、それは前と同じで見せパンではないと思うんだけど、大丈夫なのかな?」
「知ってますよ。チャンスがあるかわかりませんが、まー君先輩に見てもらおうって思って夏休み前に買ったやつですから。どうです、可愛いですか?」
「可愛いとは思うけど、ちょっと子供っぽいかな」
「やっぱり男の人ってそう思っちゃうんですね。でも、陽菜はまだこういうのが好きなんですよ。大人になったらこういうのって履けなくなるじゃないですか。若いうちにこういうのを履いておきたいなって思って」
「そうなんだ。気に入ってるんならいいと思うよ」
「でも、まー君先輩が陽菜にもっと大人っぽくてエッチなやつを履いて欲しいって言うんだったら、陽菜は頑張っちゃいますよ。まー君先輩はどんなのが好きなんですか?」
「どんなのって、似合ってればそれでいいと思うけど」
「この猫さんパンツは陽菜に似合ってますか?」
「うん、似合ってると思うよ。いいんじゃないかな」
「じゃあ、まー君先輩と会う時は可愛いパンツにしておきますね」
僕と陽菜ちゃんは一緒にシュークリームを食べながらお茶を飲んでいた。お互いに何か言葉を交わすことも無く、無言でシュークリームを食べていたのだ。
「このシュークリーム美味しいね。甘さもちょうどいいと思うよ」
陽菜ちゃんは黙ってうなずいていたのだが、その顔にはちゃんと笑顔が浮かんでいた。
ただ、いまだにズボンをちゃんと履いていない陽菜ちゃんが隣にいるせいなのか、僕はシュークリームの甘さは感じているのにお茶の風味を一切感じることは無かった。
飲む前は香ばしいほうじ茶の味を感じていたのだけれど、不思議なことに口に入れるとその香りはどこかへ消えてしまっていたのである。
怪談会はまだ、始まる気配すらなかったのだ。
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