第2話 僕の彼女はクラスの中心にいる
朝の爽やかな空気に包まれながら深呼吸すると昨日までの嫌な事が全部浄化されるような気がしていた。
別に嫌なことがあったわけではないのだが、人間生きていれば嫌な事の一つや二つはあるのが普通だとは思う。しかし、僕には嫌な事なんて何もないのだ。正確に言えば嫌な事がいくつもあるのかもしれないが、それを補って余りあるくらい素晴らしい奇跡が僕に舞い降りてきたのだ。
盆と正月が一気にやってきたなんて表すこともあるのだろうが、僕の場合はそこにさらにクリスマスと誕生日もやってきて学校も休みになったような感じなのだ。
何が起こったか端的に述べると、今まで生きてきて初めて僕に彼女というものが出来たのだ。画面の中に住んでいる触れることの出来ない彼女ではなく、同じクラスの女の子が僕の彼女になったのだ。
最初は罰ゲームかドッキリ何だろうと思って警戒もしていたのだが、なぜか彼女は僕の事を一目見た時から気に入ってくれていたそうで、その思いも日に日に増していったという事だ。
僕も彼女の事はとてもとても気にはなっていたのだが、クラスの中のヒエラルキーで頂点にいらっしゃる彼女が最底辺に這いつくばっている僕みたいなやつの相手なんてするはずが無いと思い込んでいた。だが、現実はそうではなく、彼女が好きなのはなぜか僕であったのだ。
彼女が僕の事を好きになった理由は何度も教えてもらってはいたのだが、正直に言ってそれは僕にとって簡単に理解出来るものではなかった。理解は出来ていないのだが、僕は自然と彼女が望むことを自然と行っていたらしい。らしいというのは、僕に自覚が全く無いという事と、彼女が一方的にそう言ってくれているからなのだ。
どんなに頑張っても振り向いてもらえるとは思っていないし、クラスの男子に運動も出来て頭も良くて見た目も爽やかなやつがいるので、てっきりそういうやつと付き合ったりするんだろうと思っていたのだが、彼女が選んだのはそいつらではなく僕なのだ。
僕は彼女たちに選ばれていたのだ。
「愛ちゃんってなんであんな奴と付き合ってるの?」
「なんでって、好きだからだけど」
「好きだからって、そんなに真っすぐに言われたら何にも言えなくなっちゃうじゃん。でもさ、クラスには他にもいい男いっぱいいると思うけど、なんであいつなわけ?」
「そんなこと言われてもさ、まー君の事を見てたら他の男なんて目に入らないでしょ。それに、私の事をちゃんと見てくれるのはまー君だけだからさ」
「ええ、そんな事ないと思うけどな。俺だって愛ちゃんの事はちゃんと見てるよ。ほら、今だってこうやって見つめちゃってるし」
「ごめんなさい。君に見られてるって気付かなかった」
「うわ、愛ちゃんマジ冷てー。あまりにも冷たすぎてビビったわ」
「でもさ、真面目な話、あいつのどこがそんなに良いの?」
「どこがって、言葉でいうのは難しいと思うし、言っても理解出来ないと思うよ」
「そんなこと言わないで教えてよ。私もこいつも愛ちゃんがどうしてあいつと付き合ってるのかって気になってるんだよ」
「そうそう、それがわかれば俺が愛ちゃんと付き合えるかもしれないからさ」
「それは無いわ。私は君みたいな人とお付き合いすることは無いと思う」
「ははっ、俺って毎日振られてる。まじウケる」
「ホント、まじウケるわ。お前って頭良いのにバカに見えるわ」
「で、愛ちゃんはあいつのどこが好きなわけ?」
「だから、私の事をちゃんと見てくれているところだよ。君には見えない部分もちゃんと見てくれていたからね」
「意味わかんね。それって、もしかして、エッチな事じゃないよね?」
「そう言うこと言うの最低だわ。愛ちゃんもこんな奴相手にしないで行こう」
「いや、私は最初から相手にしてないし」
そんなに席が近いわけでもないのに陽キャは声が大きいので会話の内容が丸わかりなのだ。僕も自分でどこが好かれているのか知りたいとは思うのだが、何度聞いても僕にはその答えが理解出来ていない。
あの陽キャたちと同じように愛ちゃんの気持ちを完全に理解することは出来ていないのだが、それでも僕はあの人達よりも愛ちゃんの事を理解しているという事なのだ。
ただ、僕と愛ちゃんが付き合っていると言っても、学校にいる間は愛ちゃんの周りに友達がたくさんいるので話しかけられないし、放課後に一緒に帰ろうにも家が全くの逆方向なのでそれも叶わない。その上、僕はオカルト研究会に入っているので帰宅部の愛ちゃんとは帰る時間も合わないのだ。
「もしかしてだけど、あいつってオカ研だから変な魔法でも使ってんじゃね?」
「それはあるかもな。そんな魔法があるんだったら俺も教えて欲しいくらいだがな」
「でもよ、蛇とか蝙蝠とか蜘蛛とか使ったりするんだろ。俺はそういうの苦手だわ」
「バカ、俺もそんなの苦手だって」
「まあ、そういうのがあるとは思わないけどよ、なんで愛ちゃんが選んだのがあいつなんだろうな」
「それが意味わかんないよな。そうだ、柔道部とか空手部のやつらに声かけてあいつに聞いてみるとかどうだ?」
「いいかもな。この学校には愛ちゃんのファンが多いから楽しいことになるかもな」
たぶん、わざと僕に聞こえるように言ってるんだろうな。そんなことを言われても僕が何かリアクションを起こすことが無いという事を知っていて言ってるんだろうけど、そんな風に脅されたところで僕は何とも思わないのだ。
むしろ、秋の大会が近い人達がそんな事に加担するはずは無いだろう。いや、愛ちゃんに関する事だったら一概にそうとも言ってられないのかもしれない。
去年はオカ研の先輩が運動部の人に遠征費をカンパしてくれと言う名のカツアゲを食らったと言ってたな。
そんなものは親に出してもらえばいいと思うのだけれど、きっと彼らは遠征先で遊ぶためのお金が欲しかっただけなんだろう。なぜそれが問題にならなかったのか疑問ではあるが、先輩たちにも言えない事情があったのかもしれない。たぶん、そんな事をされて黙っている自分たちが恥ずかしいとかそんな程度の想いなんだろうな。
「ねえ、まー君は今日も部活なの?」
「うん、今日は火曜日だからオカ研の活動日なんだよね」
「そっか、私は帰宅部だからそう言うのわかんないんだけど、今からでも見学に行っていいかな?」
「たぶん大丈夫だと思うよ。一応会長に聞いてみないといけないけどさ」
「そっか、それは残念だな。まー君が部活でどんなことをしているのか見てみたかったんだけどさ、また今度の機会にするね」
「いや、たぶん聞けば大丈夫だと思うよ」
「うーん、でもそんな事でまー君に負担かけるの良くないと思うからさ、今日はやめておくね。でも」
「でも?」
「部活に行く前にちょっとだけお話ししてもいいかな?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ、いつもの場所で待ってるからね」
オカ研の活動日は火曜から木曜までの三日間と決まっているのだが、その三日間とも参加しないという決まりはない。むしろ、全員揃わない事の方が多いくらいなのである。
僕と会長は律儀に毎回参加はしているのだが、それ以外のメンバーは週に一度来るかどうかといった感じなのだ。人数はそこそこいるのに活動が不明瞭で目的もあやふやな集まりという事もあって正式な部活になることも無く、みんな趣味の延長で集まっているだけの研究会なのである。
そんな理由もあって愛ちゃんが見学に来るのは問題無いと思うのだが、なぜか愛ちゃんは僕以外の人に負担をかけることを極端に嫌がる日があるのだ。負担と言っても今回みたいに電話なりメールなりで聞いて一瞬で答えが出るようなモノだったり、愛ちゃんが落としたモノを拾ってもらうといった何の負担も与えていないような事ですら嫌がる日があるのだ。
いつもの場所と言われても待ち合わせ場所は毎回違っているのでどこなのかわからないが、なぜか僕は迷うことなくそこへまっすぐにたどり着くことが出来るのだ。
恋愛偏食家の人から言わせれば、それは運命だったり愛が起こした奇跡だと言ってみたりするのだろうが、僕にはそんなものではなく、愛ちゃんが僕の思考なり行動パターンを読んで僕の行きそうな場所に先回りしているだけなのではないかと思っている。それくらい愛ちゃんは人の心を読んだり行動を予測するのが上手いのだ。
今回は今まで一度も行ったことが無い西側非常階段にでも行ってみようかな。校舎の西側は移動授業の時くらいしか行ったことが無いので非常階段を使ったことも無かったのだ。避難訓練の時は教室のある東側の非常階段を使うことになっていたし、教室から遠い西側非常階段を使う理由なんて言うのも何も無かったのだ。それでも、今日はなんとなくそこに言ってみたいと思ったのだ。
今までならどこから見ても愛ちゃんがいるのがわかったのだが、今回は僕の視界に愛ちゃんの姿をとらえることは出来なかった。
さすがに校舎から直接非常階段に出ることは出来ないと思ったので、僕はいったん生徒玄関から外に出て西側校舎に向かったのだが、僕の予想に反して愛ちゃんはそこにいなかったのだ。
今回は僕が間違えちゃったのかなと思って非常階段に近付いてみると、階段の上から誰かが駆け下りてくる足音が聞こえてきたのだ。
階段を駆け下りるのは危ないと思うし、ましてや非常階段なんて慌てて駆け下りるようなところではないと思うのだが、軽快な足音に紛れて聞こえてくる僕の名前を呼ぶ声はまさしく愛ちゃんのものであった。
「わあ、今回もまー君がちゃんとやってきてくれた。信じられないよ」
「それは僕も一緒だけどね。こんなところにいるはずは無いと思ったんだけどさ」
「そんなことを言ってもまー君はちゃんと私のいるところにやってきてくれるんだね。信じて待ってて良かった」
「でも、いつもなら見える場所にいるのに、なんで今日は上にいたの?」
「だって、上にいた方が見やすいでしょ?」
「見やすいって、どこにいるか全然わからなかったよ」
「そうじゃなくて、そうやって見上げた方がスカートの中が見やすいでしょ。それとも、いつもみたいにたくし上げてあげようか?」
そう言いながらも愛ちゃんはいつものようにスカートを自らたくし上げて僕にパンツを見せてくれていた。
いつもよりも大人っぽい紫色のパンツなのだが、イヤらしいという気持ちよりも綺麗な芸術作品を見ているような気分になっていた。
「今日は私が選んだパンツだからね。もっとちゃんと見てくれていいんだからね。でも、危ないから非常階段に上ったらダメだからね」
誰も知らないこの場所で誰にも気付かれないようにして、僕は愛ちゃんのパンツを眺めていた。
今日はいつもよりも部活に行くのが遅くなってしまいそうだが、そんな事は気にしないでおこう。
みんなが帰る前に顔を出せばいいだけの話なのだ。
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