第18話.また、舐められる



 ――なんだか私、最近こんなことばかりのような?



 一瞬、現実逃避じみたことを考える私だったが、すぐに思考が掻き消される。


「ちょ、っと……んん!」


 ぴりり、とした痛みが膝に走って、思わず呻く。傷口を、ざらざらとした舌で舐められているからだ。


 でも、どうしてこんなことになっているのだろう。

 何が何やら、私にはさっぱり分からない。


(なんで……なんで初対面の男の子に、膝を舐められてるのっ?)


 十一歳の女の子の足元に屈んで、その膝を舐め続ける十五歳くらいの美少年。

 彼はぴちゃぴちゃと水音を立てては、私の膝に舌を這わせる。見下ろす私の目には、彼の舌から伸びた唾液の糸すらよく見える。

 年齢にそぐわず、どうしたって艶めかしい雰囲気が色濃く漂う。その手の倒錯的な趣味をお持ちの紳士がこの光景を一目見たならば、きっと放ってはおかれないだろう。


(男って、み、みんな、ノヴァみたいな人ばっかりなの!?)


 ノヴァには好き勝手に指を舐められ、出会ったばかりの少年には膝を舐められ……もはや男という生き物が信じられなくなりそうだ。


「へ、へんた……っ、ふ」

「…………、」


 罵って止めようとしたけれど、その言葉さえ最後まで言えず、私は両手で口元を押さえた。生き物のように動き回る舌の動きが、私を蹂躙する。たぶん言葉を続けていたら、喘ぐような声が漏れてしまっていたはずだ。


 今まで、快楽から遠ざけられて生きてきた。近くにノヴァしか居ないから、彼に愛慕の念を抱いてしまった私にとって、男女の色恋は無縁だった。


(や、めて。もう…………っ)


 足ががくがくする。うまく、身体に力が入らない。

 それなのに、身体の中心に熱が集まっていって――その熱で、自分ごと溶かされてしまいそうだった。

 くたぁと力が抜ける私の膝裏を、少年の手が支える。そのほうがより舐めやすいというように、遠慮なくぐいと引き寄せられたのだ。


「い、や。やめて……っ!」

「……うん」


 力のない懇願に、ようやく返答があった。

 肩で荒く息をしながら、少年を見下ろす。くるりと渦巻いた金色のつむじ。


 涙で潤む私の目と、少年の翡翠色の目が合う。腹立たしいが、その目は平坦な色を宿しており、この事態にいくばくかの動揺さえしていないことが見て取れる。


「どう? もう痛くない?」


 はぁ、はぁ、と荒く息を吐く私には、その問いかけの意味が理解できない。

 無作法を軽く超え、犯罪者レベルの行為をしでかしながら、何をわけのわからないことを言っているのか。そう問い詰めるつもりで口を開いた私は、何かがおかしいことに気がつく。


「……え?」


 直視できないくらい、だらだらと他人の唾液が伝い落ちる膝――そこにあったはずの傷口が、なくなっていたのだ。

 もちろん、痛みも消えている。私は呆然とするしかなかった。


(……治ってる)


 私が絶句する間に、彼は手を伸ばしてきて、擦り傷のついた両手まで舐めてくる。

 べろり、と生温かい舌が這う感触に、ぞくりとする。しかしそれ以上に大きな衝撃に身を貫かれている今は、持ち上げて目にした両手の傷がなくなったことこそ、私にとっては重要だった。


(この子の唾液は、人の怪我を治せる?)


 人を治癒する魔法なんて、今まで聞いたことがない。

 しかしもしも本当に、そんなものがあるのだとしたら。


 ごくりと息を呑む。この時点では思いつきだ。でも、もしかしたら彼は――。


 相変わらず眠そうな顔をしている少年に向かって。

 私ははっきりと、その問いを口にしていた。



「あなたはもしかして、魔塔の人なの?」



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