苺畑の魔法使い

霜月朔

第1話 たいへんだあ

たいへんだあ

  

 眼を丸くしてヤッチンが走っていく。

 観音様のお堂の、東がわを流れる小川にそって続く道を、ヤッチンが走っていく。

 おや?ヤッチンが何か、もぞもぞ呟いてるよ?

「大変だ、たいへんだ……これはちかごろたいへんだ」

 ヤッチンは足が早い。今日はいつもより、ずうっと早いのだ。

 あっ! ヤッチンころんだ!

 すごいいきおいででんぐり返しだ。

 おき上がったと思ったら、また走り出した。

「痛いぞ、いたいぞ。いたいけどたいへんだ」

 前よりもっと早く走ってる。

 すごい早さだ。大丈夫かな、また転ばないかな?

 右の膝小僧から血が出てる。

 十字路に来た。ヤッチン止まったぞ。どっちへ行くのだろう?

 右に曲がった。いつもみんなで遊んでる広場に行くんだ、きっと。

 でも、今日は広場には、女の子しかいないよ。

 さっき、チャピが見てきたんだもの。

 ほら、言ったとおりでしょ。

 しょうがない、手伝ってあげようかな。

 ヤッチンが探してるのは、いつもの仲間だろうしね。

 臭いをかいでみると、うん、カッチンとヨッチンは一緒にいるよ。

 ヤッチン、こっちだよ。二人は広場と反対の竹林にいるよ。

 教えてあげよう。

 それっ、チャピはヤッチンの前に飛び出した。

「うわっ、びっくりしたっ。なんだ、カッチンとこのチャピじゃないか。お前と遊んでるひまないんだって、今日は」

 ヤッチンはおどろいて、大声を出した。

 違うってば。私について来て。

 チャピはヤッチンのまわりをぐるぐる回ってみせた。

「どうしたんだ?僕がさがしてるのが誰か、分かるのか?」

 ヤッチン、目を丸くしてる。

 そうだよ、とチャピは大きく、ニャーァと鳴いた。

「よし、じゃあ、僕を案内してくれ」

 ヤッチンがさけんだ。

 ついてきて!

 チャピは駆け出した。ヤッチンが後を走って来る。

 広場の坂道を駆けおりて、下の道を突っ切り、小川を飛びこえる。田圃を二枚こえて、チャピは竹林の前でとまった。

 ヤッチンは?

 やっとこ二枚目の田圃。来た来た。

「カッチン、ヨッチン」

 竹林に入って行きながら、ヤッチンは大声で二人の名を呼んだ。

 チャピも、精一杯大きな声でカッチンを呼んだ。

 そして、チャピとヤッチンは、息をつめて耳をすました。

 遠くの方で、返事する声が返ってきた。

 チャピとヤッチンは走り出した。


「とにかく、大変だ……と……言ったら……たいへんだァ」

 ヤッチンが、ヘヒヘヒ息をきらしながら言った。

「どうしたの?」ヨッチンは冷静だ。

「何がおきたんだ?」カッチンはもう、目をキラキラさせている。

 二人は切ったばかりの竹を、肩にかついだままだ。

 ヤッチンは、ここまでずうっと走って来たので、ハアハア息をして、すぐにはしゃべれそうにない。

 ふたりは、ヤッチンの息がおちつくまで、じっと待った。

 ヤッチンも、早く話したいのに、息が苦しくて、くやしそうだ。

 やがて、ヤッチンはひとつ深呼吸して、ついに喋り出した。

「とてつもなく、大変な事件がおきたぞ。あの古屋敷に、誰か引っこして来た!」

 ヤッチンは目玉をくりくりっとまわした。

 ヤッチンが最高に得意になった時のくせなんだ。

 ヨッチンとカッチンは、口を開けたまま、信じられないという顔で、ヤッチンを見た。

 風が吹きぬけ、竹林がざんわざんわとゆれた。

「ほ、本当か、ヤッチン?」とカッチン。

「誰が、いつ、ひっこして来たんだ?」とヨッチン。

「姿を見たのか?」

「朝、学校に行く時は、まだ閉まったままだった」

「秘密の入口から入ってたしかめたのか?」

「早くおしえろよ」

 二人は、次から次にヤッチンに質問した。

「待てよ。あわてるなよ。僕もまだ、はっきりしたことは確かめていない。これから、三人で調べに行こうぜ」

 ヤッチンが言った。

「よおし。冒険だ」

 カッチンが力強く言った。

 三人は顔を見合わせ、走り出した。

 チャピも走り出した。

 だって、三人だけじゃ、ちょっと心配。


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