夏風のワルツ

紫田 夏来

第1話

 生きる意味ってなんだろう。

 私は常々疑問に思っている。

 私がここに居る理由はなんだろう。

 私は常々考えている。


 私は名古屋市にある超難関高校の3年生。学内での成績は大変悪く、いわゆる底辺というやつ。数学も物理も化学も、国語も苦手で、なにも取り柄がない。

 中学生の頃は、定期テストで学年一位を取ることもしばしばだった。でも、高校に入ってすぐコケちゃった。一番初めに嫌いになった科目は数学。円順列とか重複順列とか、まるで訳が分からなかった。1年生の時でさえそんなだから、3年生になった今ではもう手の打ちようがない。サインの微分はコサイン、サインの積分はマイナスコサイン。そのくらいしか必要な知識を吸収できていないんだ。

 こんなバカで何の能力もない私なんかに、生きている価値なんてない。

 だって、いらないでしょ? こんな私なんか。大学は優秀な人材を欲しがるし、企業だって同じだ。大学進学するにしても、就職するにしても、私のような何もできない奴を合格させるわけがない。私は、いらない人間。私なんか、価値のない人間。

 こうやってぐるぐるぐるぐる考え事をしていると、悲しくなってくる。過去に戻りたくなってくる。頭が良いと周りに崇められていた中学時代に。

 つらい。ただただ、つらい。


 ピコン!


 スマホが鳴いた。私はゆっくりとベッドから起き上がると、携帯をチェックする。同じクラスの相河くんからのLINEだった。彼はもう引退したけどバスケ部に所属していて、運動神経もいいし、何より頭がいい。先月の校内模試の理系地理で、一位を取ったらしい。風のうわさできいた話だった。

 彼は、文化祭でクラスごとにやる劇の監督を務めることになっている。有能で、明るくて、私とは正反対の人。真っ白でピシっとアイロンがかけられた制服がよく似合っていると、私はいつも思っている。

「前回のホームルームで話した通り、うちのクラスの劇の脚本は手作りしようと思っています。他のクラスとの差別化を図り、集客を増やすことが目的です。脚本のメンバーをなる早で決めたいので、入ってくれる人は、個チャで連絡してください。」

 やってみたい。

 私はそう思った。

 でも、脚本なんて、書くどころか見たこともない。ドラマを観ることは好きだけどこれは劇で、しかも創る側。

「自信ないなあ……」

 未知の領域に突入するなんて、緊張する。やりたいなんて思っちゃったけど、私なんかには無理だ。やめとこう、やめとこう。


 いや、でも!


 なんで急に考えを変えたかというと、私の知識が役に立つかもしれないから。もし脚本づくりでみんなの役に立てば、私は有能とまではいかなくとも、無能ではないと証明できる。自分のためでしかないけど、証明できれば、私は毎日ぐるぐる考え込むばかりの生活から脱することができるかもしれない。

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