最終話 私は、彼を
「レナ⋯⋯お、落ち着いて、よ、よく、よく、聞いてくれ!」
「うん、お父さん。まずはお父さんが落ち着いて?」
「これが落ち着いていられるかぁ!」
「えっ? どっち?」
「だってね、レナ、君のスキルは⋯⋯『聖女』だ!」
成人の儀式を執り行ったレナの父は、そのままレナの反応を待った。
だが、レナからは特にリアクションが無い。
しばらく待ってみたが⋯⋯何も言い出さないので、レナの父は聞いてみた。
「⋯⋯驚かないね」
「うん、まあ、そんな気してたし」
「ええっ!? まさかお告げとか!?」
「そうじゃないよ、顕現したスキルが、何だかただ事じゃないっていうか、見たこと無い感じだったし⋯⋯」
「ああ、まあ、そうだね」
「それに私、前から治癒魔法が使えたでしょう? なのに、顕現したスキルが明らかに治癒術士とは違ったから、そうかなって」
「うん、まあ、そうだね」
極稀にだが、成人の儀式で『天授スキル』を授かる前から、魔法を使える者がいる、という噂は聞いていた。
だが、まさか我が子がそうなるとは思ってもいなかった。
レナは小さい頃から、村で困っている人を見るとほうっておけない子だった。
村で病人を看病する事なども多く、なんとそこで見ていた、治癒術士が唱える魔法を見様見真似で唱えてみたら、あっさり使えたという。
だから恐らく『天授スキル』は治癒術士だと思っていたのだが⋯⋯。
「だけどレナ、何てったって、聖女だよ!? 聖女⋯⋯」
「お父さん」
レナのやや強い口調に、言葉を止める。
父が黙ったのを確認してから、レナは言葉を続けた。
「『スキルで人の優劣をつけてはいけない。人に優劣があるとすれば、それは行いだ』。お父さんがいつも言っている言葉でしょう?」
表情こそ普通であれ、レナからは非難するような雰囲気を感じた。
そして言われた通りだ。
自分の理想を、自分以上にキチンと守ろうとする娘の姿が嬉しい。
「⋯⋯うん、ごめん」
「だから、お父さんにも、普通にして欲しい」
愛娘の言葉に、自らの態度を反省する。
「⋯⋯やり直して良い?」
「うん、良いよ」
心の襟を正し、レナをまっすぐ見ながら言った。
「レナ。成人おめでとう」
「ありがとう、お父さん」
レナは嬉しそうに微笑んだ。
とはいえ、やはり『聖女』のスキルは特別。
あっという間に噂は広がり、その噂は王都まで届いた。
高官がレナの家を訪ね、そこで王都への留学が決まった。
王都から迎えを寄越す、という事だったのだが、レナは
「せっかくだし、色々見て回りたい」
と迎えを断った。
護衛をつける、という話もあったが⋯⋯。
「それなら、冒険者を護衛として雇って欲しいかな? 兵隊さんとか、ちょっと緊張しちゃうし⋯⋯気を使わない、同じくらいの年の人がいいな」
ということで、冒険者の護衛が雇われる事になった。
レナの護衛をする事になったのは、要望通り、レナとそう変わらない年の青年だった。
恐らく成人したてだろう。
「こんにちは、俺はエリウスと言います。まだ新人ですが、剣には多少自信があります。精一杯護衛を勤めさせていただきますので、ご安心ください」
父へと丁寧に挨拶しながら、エリウスは手を差し出した。
彼の手を握りながら、父は彼を値踏みするように聞いた。
「剣に自信がある、という事だけど⋯⋯何かそれに関連したスキルを?」
「はい、俺のスキルは『剣聖』です」
「ふーん。剣聖ね⋯⋯けけけ剣聖!?」
「はい。幼少期から、同じく剣聖の父に剣を学びまして」
「ええええええっ!? て事は君は、あの、剣聖ガレアス様の⋯⋯!?」
「はい、息子です」
「ほ、本当に?」
「はい。これは一応ギルドから発行された証明書です」
父親が受け取った証明書を、レナも覗き込む。
羊皮紙には確かに「この者のスキルを『剣聖』と認定する」と書かれてあった。
「確かに⋯⋯私も『託宣』を行うから、証明書を見る機会は多いからわかる、これは本物だね」
「ありがとうございます。娘さんを旅に出す心細さに、少しでも助力できればと思います」
「うん、是非お願いするよ!」
依頼主との話は纏まり、彼は次にレナへと手を差し出してきた。
「よろしく、レナさん」
彼の手を握り返しながら、レナは言った。
「レナで良いよ、私もエリウスって呼ぶから」
「その方がありがたいな。堅苦しいのは苦手なんだ」
「ふふ、私も」
こうして、レナは彼と王都まで旅する事になった。
道中は平和だった。
特に事件らしい事件もなく、二人は王都への道を進んだ。
道すがら、レナはエリウスに尋ねた。
「冒険者になった理由?」
「うん。剣聖だったら、それこそ王都で王家に仕える、何て事もできるでしょう?」
「そうだな。実際士官しないか? という誘いはあった」
「じゃあ、なぜ?」
「うーん、話せば長くなるんだけど⋯⋯」
「良いじゃない、まだ旅は続くんだし」
「ま、そうだな」
エリウスによると⋯⋯。
彼が今身に付けている剣技、その大元は『御使いの護剣士』という女性剣士らしい。
その剣士は、誰よりも人の命を救った、ということだ。
彼はその剣を修めた、という事に、何よりも誇りを持っているという。
「だから俺は、この剣や剣聖スキルの役目は、自らの栄達を望むものではなく、人を助ける事だと思っている」
「うん、良い考えだと思うわ」
「『聖女』にそう言われると、自信になるな」
「もう、からかわないで」
「ははは」
二人がそんなやり取りをしていると⋯⋯。
「見つけたぞー! エリウスー! おーい! 待てー!」
遠く背後から、エリウスの名を呼ぶものがいた。
エリウスを見ると、彼は「はあっ」と溜め息をついた。
「ごめん、レナ。ちょっと野暮用」
彼が立ち止まるに合わせ、レナも同じく歩みを止める。
振り返ると、後方から二人組が走ってやってきていた。
ひとりは槍を携え、もう一人は弓を背負っている。
叫んでいたのは槍を持つ男のようで、追いつくや否や叫んだ。
「今日こそ俺が勝ってみせる! だから負けたら俺のパーティーに入って貰うからな!」
「もー。ファランさん、諦めましょうよー。『豪槍』で、『剣聖』に勝てるわけないじゃないですかぁ」
「黙れニック! 男がスキルを言い訳にして、勝負を諦めるなんて情けないことできるか!」
どうやら槍を持った男がファラン、弓の男がニックと言うらしい。
ファランがニックへと文句を言っている間に、エリウスが小声で事情を説明してくれた。
「あのファランって男、一度同じ依頼を共同で受けたんだけど⋯⋯その時に俺の方が魔物の討伐数が多くてさ。それ以来俺に、パーティーに入れって言ってしつこいんだ」
「入ってあげたら?」
「いや、俺の方が多かったんだから、あいつが俺のパーティーに入るべきだろう?」
そんなのどっちでも良くない?
と思ったが、男というのはそういうものかも知れない、とも思った。
──と。
ファランが、レナの方を見ながらエリウスへと聞いてきた。
「ところでエリウス」
「なんだ?」
「まさかこの子は、お前のパーティーに入ったのか? だとしたら女性に無理強いはできないし、俺がお前のパーティーに入ってやっても──」
「いや、この娘は俺の護衛対象だ」
「ふん、そうか。ならやっぱりお前が俺のパーティーに入れ」
「断る」
「ダメだ」
「ダメじゃない」
「ダメじゃなくない」
その後も、二人の不毛なやり取りを見ていると。
「なんか、すみません」
と、ニックが謝って来たので。
「何で? 面白いよ?」
と、フォローしておいた。
王都に到着し、留学する王立学院へ向かった。
当然の事ながら話は通っており、門番から報告を聞いた学長が門へと迎えに出てきた。
「では、護衛完了のサインをここに」
エリウスは依頼書を差し出し、学長からサインを貰うと、荷物へとしまってからレナの方へ向き直って言った。
「じゃあレナ。楽しかったよ、こんな仕事ばかりなら良いんだが⋯⋯いや、良くないか」
「えー? 何で?」
「剣の修行にならないからな、楽過ぎて」
「たまには良いんじゃない? ずっと頑張ったりしたら、疲れちゃうよ?」
「そうだな。じゃあ、もし良かったら、帰省するときにまた俺を指名してくれ」
「うん、わかった。エリウス⋯⋯ありがとう」
「じゃあな、勉強頑張れよ」
冒険者という仕事柄なのか、特に名残惜しさを見せる事なく、エリウスはレナに背を向け、歩き始めた。
その背をしばらく見送っていたのだが⋯⋯。
不意に、心臓を鷲掴みにされたような、焦燥感を覚えた。
何故だろう。
不安でたまらない。
直感としか言えないが──。
この留学のために、色々な人が動いている。
親の面目を潰すかも知れない。
この留学の為に動いた高官、引いては王家や、貴族に、恥をかかせる事になるかも知れない。
そのくらいは、まだまだ世間知らずだと自覚しているレナでもわかる。
でも。
それでも。
この直感に従う事にした。
「学長。ご挨拶もそこそこに、申し訳ありませんが」
「ん?」
「この留学、無かったことにしてください」
エリウスはパーティーを立ち上げた。
パーティー名は『竜牙の噛み合わせ』。
竜の牙は恐ろしく数が多いが、噛み合わせた際に美しく揃う事から、団結を表す時に「竜牙を噛み合わせるかの如く」などと言う⋯⋯らしい。
レナはその言葉も、由来も知らなかったので、初めてパーティー名を聞いた時
「ダッサ」
と思ってしまった⋯⋯いや、エリウスの表情から、もしかしたらちょっと口に出してしまっていたかも知れない。
レナがエリウスとパーティーを組んで数日後、ファランが
「しょうがねぇなー。二人だとまあ、なんだ、あれだろ? 俺も入ってやるよ」
と、ニックを伴ってパーティーへと加入した。
何がしょうがねぇのかは分からないが、まあ、それこそ突っ込んでもしょうが無いのだろう。
エリウスと食事を共にしている時、彼が唐突に聞いてきた。
「しかし、レナ」
「ん? 何?」
「気になってたんだが、何故あの時留学を止めて冒険者になんてなろうと思ったんだ?」
「ん? 別に冒険者になろうと思った訳じゃないよ?」
「え?」
「でね、何でかって言われると⋯⋯自分でも理由はわからないの」
「ふーん⋯⋯」
「まあ良いじゃない。こうやって賑やかな食事もできるんだし、さ」
「まあ、そう⋯⋯だな」
レナの答えはあまり腑に落ちていない様子だったが、エリウスはそれ以上追求して来なかった。
そんな彼を眺めながら、思う。
そう。
わかるけど、わからない。
自分は何故、そんな事を思ったのか。
護衛を終えて立ち去るエリウスを見たときに、湧いた感情の正体が何なのか。
ただ、レナはあの時。
『私は彼を──ひとりにしない』
そう思ったのだ。
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