第3話 この英傑を
エリウスを教会内へと案内すると、彼は祈りを捧げたのち、神父へと自己紹介をした。
彼の簡単な出自を聞くと、神父はやや驚いたように聞き返した。
「そうですか、君はあの剣聖様の⋯⋯」
「父をご存知でしたか」
「勿論です。各地で人々を助け、人の身でありながら唯一、魔人を屠った英雄。当時の、彼の活躍は私も聞き及んでいます。本当に惜しい方を亡くされた」
「そう言って頂けると嬉しいです。私はまだまだ父の域まで達していませんが⋯⋯父はこの国の人々に青空を見せたい、そう言って旅立ちました。その
「おお、立派な考えです⋯⋯では貴方は魔王軍と?」
「はい。まだ冒険者を始めたばかりですが⋯⋯既に二カ所ほど魔王軍の拠点である『迷宮』は制圧しました」
「なんと⋯⋯」
「ただ、私としては多額の報酬を得たいという気持ちで冒険者になったわけではなく、あくまで父の志を継ぐのが目的。それゆえ、私と同じ様に⋯⋯といっても、幸運な事に私の母は健在ですが、親を失った子供の為に何かできないか、その気持ちで参りました」
「正直に言って⋯⋯とても助かります。現状、ここを維持するのもギリギリなのです」
「はい。今後、少しでもお力になれれば、と思っています」
現状を何とかしたい。
エリウスはその気持ちを切々と語ったのち、また来ますと言って立ち去った。
レナとともに彼を見送っていた神父が、感嘆したように呟いた。
「あれほどの若者が、まだこの国にはいたんですね⋯⋯」
「はい、凄い人⋯⋯だと思います。行いも、その考え方も⋯⋯」
私もあの人のようになれれば、もっと自分のスキルに向き合えるのだろうか。
その日から、レナの自問は続いた。
それからもエリウスは定期的に訪ねて来た。
子供達は彼の来訪を楽しみにしており、よく話題に出た。
「エリウスにいちゃん、そろそろ来るかな?」
「ふふ、どうかしらね。でも、そろそろ来るんじゃないかな?」
「早く来て欲しいなー」
「エリウスさんじゃなく、彼のお土産が目当てでなくて?」
レナが軽口を言うと、その子は首を振った。
「違うよ! だって、エリウスにいちゃんが来るようになってから、レナねぇちゃん、よく笑うようになったから!」
その言葉に。
こんな幼子にまで自分は心配を掛けていたのだ、そんな反省と──それ以上に照れ隠しの為に、レナはその子を少しきつく抱きしめた。
次のエリウス来訪時、常と変わらない様子で話す彼に変化があった。
左腕に包帯を巻いていた。
彼の許しを得て、傷口を見る。
エリウスは平気な様子をしていたが、傷口は思ったより深かった。
レナに心配をかけないように、痩せ我慢しているのかも知れない。
レナはほとんど反射的に回復魔法を使った。
「主には力持つ八本の指あり。左手、薬指が司りしは光。其は育み癒す力。再び立ち上がる力をこの者に与えたまえ⋯⋯ヒーリング!」
徐々に塞がる傷を見ながらも⋯⋯不安が過る。
いや、レナから見て、エリウスがあまりにも俊傑じみていたので、今までその発想に至らなかった。
この人でも傷つく事がある。
つまり⋯⋯戦いの中、命を失う事があるかもしれない、という当たり前の事実。
今、彼を失うのは、教会にとっては相当な痛手だし、それ以上に⋯⋯
『お前たち! 俺は絶対に手柄を立てて、みんなにもっといい生活させてみせるからな! だから神父様を頼んだぞ!』
そう言って旅立った、あの少年の事が頭を過った。
現状を少しでも好転させよう、そう決意した者から命を失う。
不条理が蔓延している。
自分が与えられた『聖女』というスキルは、そんな不条理から彼らを護る為ではないのか。
そうは思う、思うが⋯⋯やはり怖い。
傷が塞がると、エリウスはあくまでも落ち着いた様子で言ってきた。
「レナ。君は回復魔法が使えたんだね」
反射的に魔法を使ってしまったため、言い訳など考えていなかった。
何か言わなければ、という考えが目まぐるしく頭を駆け巡る。
そんなレナをまるで落ち着かせるように、エリウスはレナの手を挟み込むように握ってきた。
「わかるよ。この国では癒しの技術は貴重だ。隠したくなる気持ちもわかる。その上で、お願いがある。レナ⋯⋯俺を助けてくれないだろうか?」
「私が⋯⋯あなたを?」
「ああ。パーティーを安定させるのに、癒やし手の存在は大きい。頼む、レナ。俺のパーティーに加入して貰えないだろうか? 神父様には俺から事情を説明する」
「わ、私は⋯⋯」
「もちろん、無理強いはできない。君が抱えている事情も聞いた」
「神父様⋯⋯ですね?」
レナの問いにエリウスは頷いた。
「君が戦いを恐れているのはわかる。だけど、魔王は誰かが倒さなければならない。俺や君、そしてあの子たちのような、親を失い悲しむ子どもを、少しでも減らしたいんだ!」
「⋯⋯」
「頼む、俺を助けてくれ。これからも教会への寄進は欠かさない。そして、戦いでは俺が君を守る、約束する!」
そのまま、エリウスはレナの事をじっと見つめていた。
エリウスの、強い気持ちがこもった視線に耐えられず、思わず目を伏せてしまう。
本当は⋯⋯断りたい。
やはり、まだ怖い。
だが⋯⋯。
もっと怖い事がある。
エリウスは、もしここでレナが断ったとしても、寄進を止めたりはしないだろう。
レナが怖いのは、そんな事ではない。
自分が知らない所でエリウスが死に、その訃報を耳にしたりすれば⋯⋯今度こそ自分は立ち直れない。
もう一生、聖女のスキルなんて使い途もなく、自分は教会内に籠もり続けるだろう。
何の力もなく、助けることが叶わなかった両親や、あの少年の時とは違う。
自分には、『聖女』のスキルがある。人を──助け得るスキルが。
顔を上げ、再度エリウスを見る。
エリウスは、目を離す事なくレナを見てくれている。
そうだ。
教会のため、いや、この国の為にも⋯⋯何よりも自分の為に、この人を失う訳にはいかない。
それでも、やはり、怖い。
そんな自分の背中を押して欲しくて、レナはエリウスへと言った。
「⋯⋯一つ、だけ」
「一つと言わず、幾つでも言ってくれ」
「いえ、一つで構いません。エリウスさん」
「エリウスでいい」
「⋯⋯エリウス、私を、絶対に、見捨てないで、置いていかないで、ひとりに⋯⋯しないで」
「ああ。何があっても君を見捨てたりしない、ひとりにしないよ」
その言葉に、自分の心が軽くなるのを感じ、更に──確信した。
「ありがとう、エリウス。それを約束してくれるのなら⋯⋯あなたの為に使います、私のスキルを」
「君の⋯⋯スキル?」
「はい。私のスキル⋯⋯『聖女』を!」
そうだ、私のスキル『聖女』は。
この、エリウスという英傑の魔王討伐を、補佐するために与えられたのだ、と。
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