第2話 希望を配る青年
若者は、自分とそれほど変わらない年齢に見えた。
しかし、中肉中背だが背筋は真っ直ぐと伸び、袖から覗く腕は長年の鍛錬、その成果を感じさせる。
それ以上に⋯⋯言い表せないが、何か「重み」を感じた。
「すみません、教会へと寄進したく参りました」
こちらから要件を尋ねる前に、若者は手に持った荷物を差し出しながら言った。
一瞬、レナは若者が何を言っているのかわからなかった。
だがすぐに理解し⋯⋯思わず聞き返した。
「きっ、寄進⋯⋯頂けるのですか?」
「ええ」
若者は笑顔を浮かべ、念を押すように、手にした荷物をさらにレナへと近づけた。
思わず受け取り⋯⋯その重さに驚く。
金などほとんど触れた事はないが、それが大金だという事くらいはわかる。
だが、だからこそ、自分とそれ程年の変わらない若者が持ち歩くには分不相応に見えた。
「あ、あの⋯⋯」
その事を聞こうと口を開こうとすると⋯⋯。
「心配しないで。後ろ暗いお金ではありません」
レナが気になったことに、まるで先回りするような回答だった。
そして、それはそのまま、自分の表情に浮かんだものが、若者にとって失礼な事だと気がつき、慌てて頭を下げた。
「す、すみません⋯⋯失礼な考えが顔に出てしまったようで⋯⋯」
「良いんです、当然の反応ですよ」
目を細め、若者は微笑んだ。
同世代だというのに、若者が自分を見る眼差しは、随分と大人びて見える。
「俺はエリウスと言います。そのお金は冒険者生活で稼いだものです。分不相応な仲間に恵まれ、俺の率いるパーティーはSクラス。それなりに稼ぎはありますので」
「え、Sクラス⋯⋯」
「まあ、率いると偉そうに言いましたが、実は、今は俺を含めて二人しかいないのですけどね」
青年は謙遜したが、世事に疎いレナでさえSクラスについては知っている。
魔王の拠点を制圧した冒険者に贈られる、特別な称号。
レナにして見れば、雲の上とも言える存在だ。
しかも彼はパーティーを率いている、と言った。
それは即ち、目の前の若者がリーダーだと言うことだ。
彼はたった二人しかいない、と言ったが、裏を返せばたった二人で魔王軍の拠点を制圧した、ということだ。
自分とそう変わらない年であろう彼が、だ。
驚きに言葉を失い立ち竦んでいたレナに、エリウスはまた微笑んでから教会へと指を向けた。
「すみません、祈りを捧げたいのですが⋯⋯案内して頂いても?」
レナは慌てて何度も頭を下げながら言った。
「も、もちろんです、どうぞ!」
「ありがとう。あの⋯⋯」
「はい?」
「もしよければ、お名前を」
「す、すみません、そちらから先に名乗って頂いたのに⋯⋯! わ、私はレナと言います!」
「よろしく、レナ」
礼を欠いた対応であったにもかかわらず、エリウスは気にした様子もなく言った。
彼の前では、酷く自分を幼く感じる。
建物へと続く短い道を二人で歩く。
中庭では、子どもたちが遊んだり、洗濯物を干すなどしていた。
そのまま教会の中へと案内しようとすると、エリウスは突然立ち止まり、中庭にいた子どもたちへと声を掛けた。
「おーい。みんな来てくれ!」
彼は子ども達を集めると、持っていた手荷物から見慣れない箱を取り出した。
そのまま箱を開き、中が見える。
茶色い何かが、規則正しく並んでいた。
「みんな、これは周辺国から輸入された焼き菓子だ。一人一つ程度の量だが⋯⋯みんなで食べよう!」
「焼き菓子⋯⋯菓子!?」
言葉こそ知っているが、それまでレナは菓子など見たことがなかった。
その日の食事にさえ事欠くこの国で、菓子などという高級品、庶民がおいそれと口にできるはずもない。
命を失いかねない危険な任務に赴く兵士に、特別に支給される事がある、なんて噂を聞くほどだ。
子供たちも、よくわからないものを渡された、そんな怪訝な表情で、手にした菓子を見ている。
逡巡する子供たちの中から、やがて一人がくんくんと匂いを嗅いだのち、菓子を口に含み⋯⋯。
「お⋯⋯おおお、美味しい! 何コレ! こんなに美味しい物食べたことないよ!」
叫ぶように述べられた感想を耳にすると、他の子供達も次々に菓子を口に入れ始めた。
その時、エリウスがスッと動いた。
速い訳でもなく、だが、滑らかな動きだ。
エリウスはそのまま、手のひらをスッと差し出すと、その上に菓子が落ちてきた。
どうやら幼い女の子が、慌てて口に入れようとして落としたらしい。
「慌てる必要ないよ、菓子は逃げないから」
菓子を渡しながら、エリウスが幼子の頭を撫でた。
幼子は礼も言わず、慌てたように菓子を頬張り、笑顔を浮かべた。
その様子を微笑んで見ているエリウスを端から眺めがらも、レナにはひとつの懸念があった。
菓子は当然だが贅沢品だ。
この先、子供達が口にする機会など二度と訪れないかも知れない。
ならば、そんなもの知らない方が良いのではないか。
二度と手に入らないものが失われる悲しみを、自分はいつも感じている。
レナが内心で複雑な心境で、菓子を食べて喜ぶ子供達を眺めていると⋯⋯。
「さ、レナ。君も」
「わ、私も?」
エリウスはレナにも菓子を差し出してきた。
先ほどの考えから、受け取るのを躊躇していると⋯⋯。
エリウスは菓子を差し出したまま、子供達を見ながら言った。
「この国で生きていくのは⋯⋯厳しい。子供ならなおさらだ。だからこそ、子供達が『またあの時の菓子を食べたい、だから頑張ろう』そう思って、苦しいことを少しでも乗り越える力になれば良いな⋯⋯なんてね」
その言葉に、レナはハッとさせられる。
エリウスの考えは、内に籠もり、物事をどうしても悪く考えるレナには無い視点だ。
大袈裟な言い方をすれば、エリウスが配ったのは菓子ではなく、生きる為の活力であり、希望なのだ。
自分の浅い考えを恥じながら菓子を受け取り、口に含む。
「美味しい⋯⋯」
それは今まで食べた、何よりも美味しかった。
先ほどの考えなど吹き飛び、あっという間に平らげてしまった。
思わず、指に付着した粉まで舐めてしまっていると⋯⋯。
「気に入って貰えたみたいで良かった」
彼女の仕草を見ていたエリウスが微笑んでいる。
レナは自分の顔が熱くなるのを感じた。
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