第29話 最終話/プロローグ 晴々と

「エリウス、いよいよだな」


「はい」


 出発の日、いつになく真剣な表情を浮かべながらの父の呼びかけに、俺は居住まいを正した。


「十五歳にして『剣聖』になるとはな。それに⋯⋯お前は俺が理想とした剣、それを体現しつつある」


「父さんの教えの賜物です」


「まあな! 俺教え上手だからな!」


 真剣な表情は続かず、父は相好を崩した。

 そんな父の態度に口元が緩むのを感じながら聞いた。


「で、改まって何?」


「ああ。教え上手でも、教える事がなければそれ以上は何もできん。これからお前がやることは、修行の旅の中で、俺の教えをさらに発展させることだ」

 

 幼い頃から『剣聖』である父より剣を学んだ。

 父自身の技とは似て非なるモノだが、父に言わせれば『我が理想を追ったもの』ということらしい。


 成人の儀式で、俺は『剣聖』のスキルを得た。

 剣豪からの覚醒ではなく、天授スキルとして『剣聖』が与えられるのは史上初とのことで、両親だけではなく、親戚、同門の剣士を巻き込んでのお祭り騒ぎだった。


 そして、俺はさらに腕を磨くため、一度親元を離れ修行の旅へ出ることにしたのだ。


「うん、わかってる」


「そうか、ならいい」


 持って行くのは、餞別として渡された幾ばくかの金と、剣。

 そして多少の着替えを入れた荷物入れ、それだけだ。


「金を稼ぎながら旅を続けるなら、冒険者になるがいい。平和な時代とはいえ、まだまだ魔物や魔王軍の残党など、剣が役に立つ場面はいくらでもある」


「うん。俺もそうしようと思ってた」


 世間では十年前、父が魔王を倒した⋯⋯と言われている。


 だが、俺が父に聞いた話は違う。

 父が言うには、魔王を倒したのはある女性剣士だ、ということだ。

 どこからか突然現れ、魔王を倒した瞬間、その姿を消したらしい。


 当初は誤解を解こうとしたらしいが、皆父が謙遜しているだけ、と捉えたらしい。

 だから、その謎の女剣士の事を信じているのは俺と父、あとは母など数人だけ。

 父がわざわざそんな嘘をつく人間ではない、と知っている者だけだ。


 父は彼女を『御遣いの護剣士』と呼んでいる。

 神が人々を護るために遣わせた剣士だと。


 魔王と戦う彼女の、その剣捌きを見て衝撃を受けた父は、彼女の剣技を何度も頭で反芻し、その剣理を紐解いた。

 その上で父なりの改善点を加え、俺に伝えた。

 父自身が身に付けるにはそれまでの経験や修行がむしろ邪魔になる、と考え、まだ修行前のまっさらな状態だった俺に学ばせたとのことだ。


「ありがとう。俺の剣を、人の役に立てながら、さらに腕を磨くよ」


「ああ、彼女の剣を継いだのだ。お前の剣は人を護る事に使え」


「うん、今までありがとう。⋯⋯じゃあ、そろそろ行くよ」


 頭を下げ、旅に出るために歩み出した俺の背に⋯⋯しばらくして父から最後の問いが飛んできた。


「エリウス! 剣は楽しいか?」


 振り返り、再度父を見る。

 その顔には、珍しく少し不安がよぎっている気がした。


 もしかしたら、自分の理想を息子である俺に押し付けたのではないか、といった責任を感じているのかもしれない。


 だから俺は、本心から叫んだ。


「こんな楽しいこと、他に無いよ!」


 俺の返事に、父は満足そうに頷いた。

 

 


 こうして俺は旅に出た。

 これから素晴らしい旅が始まる──そんな予感を感じさせる、雲一つない快晴の日だった。



 




 それから一年。

 俺は最悪の状態を迎えていた。


「金が無い、マジで無い」


 馴染みの宿屋、その食堂で呟きながら、俺は周囲を見回した。

 

 旅に出て冒険者となった俺は、パーティーを立ち上げた。


 パーティー名は『竜牙の噛み合わせ』。


 竜の牙は数が多い。

 しかし噛み合わせた際にズレなく噛み合う事から、団結を意味する、俺の好きな言葉だ。


 今、周囲にはその「竜牙の噛み合わせ」の面々がいる。

 全員いい奴らだが⋯⋯俺達には名前と違い、少しだけ噛み合わないことがあった。


 俺の呟きにまず反応したのは、槍使いのファランだ。


「エリウス、また釣りでも誤魔化されたんじゃねぇの? 剣一筋もいいが、簡単な計算くらいはできた方がいいぜ?」


「ご、誤魔化されたのは一度だけだ! 俺だってしょっちゅうそんな失敗はしない!」


 たぶん。

 自信は⋯⋯正直、はっきり「ある」とは言えないが。


「それより、私またいい依頼を見つけたの!」


「お、どれどれ⋯⋯あー! また報酬が食料じゃないですか! しかも籠いっぱいの芋でドラゴン退治とか、釣り合わなすぎですよ!」


「えー。でも困ってるみたいだし⋯⋯」


「いやいや、昨日までは確か報酬はお金でしたよ! レナさんを見て、誰かがこっそり依頼書差し替えたんですよ、きっと!」


「んー。でも、いい依頼でしょ? だって、人助けになるのよ?」


「その基準だと、そうですけどね! 今のパーティーの状態、わかって言ってます!?」


 レナの持ってきた依頼書を見ながら、弓使いのニックが叫んだ。

 レナは、なんと伝説のスキル『聖女』の持ち主だ。

 そのスキルにふさわしく、他者を慈しみ、慮り、深く思いやる、優しい性格をしている。

 両親の教育の賜物だろう。


 ⋯⋯しかしそれが行き過ぎて、人が困っているのを見ると、報酬が釣り合わないどころか、無報酬で案件を受けてくる事もある。


「まったくよー。剣聖と聖女、その二人が揃えば食いっぱぐれなんてねぇと思ったってのによー」


 呆れ顔を浮かべ、二人のやり取りを耳にしていたファランが、手にした槍で自らの肩をポンポンと叩く。

 その姿に、俺は若干の違和感を覚えた。


「あれ、ファラン。お前、槍を変えたか?」


「おっ! 流石エリウス! そうなんだよー、見てくれよこの穂先! 貴重な鉱石が入荷したってんで、鍛冶屋で新調したんだ。この光沢、たまんねぇだろ?」


「⋯⋯代金は?」


「そりゃもう、『信用掛け』よ!」


「お前なぁ!」


 冒険者ギルドでは、それまでの依頼達成率に応じて、物資の購入に際して『信用掛け』、つまり代金の後払いができる。

 俺たち『竜牙の噛み合わせ』は、結成してそれほど日が経っていないが、依頼達成率が高い。

 特に討伐系依頼については、今のところ百パーセントだ。

 なので、信用掛けの枠もそれなりに大きい。


 だが、この借入はパーティー単位となる。

 つまりファランは、パーティーが今後得るはずの報酬金を、勝手に前借りしたのだ。

 といっても初めての事ではなく、これまでも何度かあったし、それはきちんと分配金から引いているのだが⋯⋯。


「そろそろ、分配金がマイナスになるぞ? 同じ武人として武器へのこだわりはわかるが、過ぎればただの浪費だ」


「いやいやいや! そう言うなってエリウス、取りあえずこれ見てみろ!」


 そういって、懲りた様子もなく穂先を俺へと向けてくる。

 それを見て俺はため息をついた。


「凄く良いな、この光沢⋯⋯ため息が出るほどだ」


「だろぉ!?」


「凄く良いな、じゃないですよエリウスさん!」


 弓使いのニックが、俺にもっともな注意をしてきた。


「そ、そうだな、すまん」


「そうやってファランさん甘やかすから、この人調子に乗るんですよ! リーダーならビシッと言って貰わないと!」


「おいニック、お前だって武器に金かけているだろうが!」


「矢は消耗品なんですから! 一緒にしないで下さいよ! それにみんなで協力して、できるだけ回収してるのに、ファランさんはサボってるでしょ!?」


 そう、ニックには迷惑をかけている。

 本来なら、彼の矢に関してはパーティーの資金で購入し、支給するのが筋だ。

 しかし現状では十分な数の支給ができず、分配金から一部を購入してくれている。

 それでも足りず、彼がひん曲がった鉄矢を、一生懸命「まだ使えるかな?」と、夜な夜な金槌で叩いて伸ばしている事を俺は知っている。


 ⋯⋯隣の部屋だから、ちょっとうるさいのだ。


 当然そんな矢では威力や命中率は下がる。

 今はまだなんとかなっているが、この状態が続けば、ニックが戦力として機能しない、そんな未来も考えられるのだ。


 そして、俺の貴重な睡眠時間が減る。

 これもよろしくない。



 そう、つまり俺達は噛み合っていない。


 ──収入と、支出が。


 そのためここ数日、解決案を考えていた。

 今日はそれを相談するため、メンバーを集めたのだ。


 言い争いになりそうな二人を手で制し、俺はおもむろに告げた。


「実は、解決策として考えている事がある」


「お、流石リーダー! で、考えって?」


 ファランの言葉とともに、メンバーの視線が俺に集中する。

 俺はそれぞれの顔を見回したあとで、ここ最近考えていたことを口にした。


「『会計』のスキル持ちを雇う──ってのは、どうだろうか?」


 俺の言葉に、全員の表情が一変した。


 ファランは、怒り。

 レナは、憐れみ。

 ニックは、逆に笑顔だ。


「いや、『会計』のスキル持ち雇うなんて⋯⋯エリウス、お前何言ってんだ?」


「エリウス⋯⋯今はそんな冗談言ってる場合じゃないと思うの」


「エリウスさん。お金が無いからって、そんなバカげた事を⋯⋯わかります、ちょっと疲れてるんですよね?」


 三人の言葉に怯むものを感じながらも、俺は何とか返した。


「いや、本気だ」


 俺が本気だと伝わったのだろう。

 三人は一斉に叫んだ。


「会計みたいな有能スキルが、こんな駆け出しパーティーに入るわけねぇだろ!」


「会計なんて勝ち組スキル、こんな貧困パーティーに入るわけないでしょう!?」


「もし僕が会計スキル持ってたら、こんなパーティーとっくに抜けてますよ!」


 ⋯⋯まあ、反対されるとは思っていた。

 というか、ニックひどくないか?




 まだ魔王がいたころは、冒険者パーティーは戦闘系スキルの持ち主達でメンバーを固めるのが定石で、非戦闘系スキルの加入は珍しいことだったそうだ。


 だが魔王が討伐され、冒険者の危険度が下がった今、非戦闘系スキルの冒険者パーティーへの加入は珍しくない⋯⋯どころか、歓迎される。


 それはパーティーという組織を考えた場合、安定度が全然違ってくるからだ。


 例えば『鍛冶』スキルなどは、冒険者であればどうしても遭遇する、武器や防具の損耗という事態に、適切に対処できる。

 もしうちに『鍛冶』がいれば、ニックの矢なども、材料さえあれば自前で用意できるだろう。


 『鑑定』は、見落とされがちな稀少品を発見するのに役立つし、『商人』なども旅の中で交易することで、パーティーの資金繰りを安定させる。


 しかもここ最近では、そういった非戦闘系スキルから、強力なスキルに覚醒するケースもある。


 代表的なところでいえば、現在国王の右腕として有名な宰相なども、数年前まで『話術』スキルだったのが、冒険者生活で『言霊』に覚醒し、宮廷に招かれた、と聞く。


 そのせいか


「どうやら冒険者生活というのは、非戦闘系スキルの覚醒を促す」


 なんて噂がまことしやかに囁かれている。

 結果、組織の安定を望む戦闘系スキル持ちの冒険者たちと、非戦闘系スキルを持つ者の利害は一致し、彼らの加入は歓迎されているのだ。


 中でも『会計』は、組織の安定度を考えた場合、貢献度で「Sクラス」に分類される、超人気スキル。


 冒険者ってのはどうもどんぶり勘定しがちで、金が足りなくなり、結果ムチャな依頼を引き受け命を落とす、というのはよくある話なのだ。

 だから、「会計一人が、十の命に匹敵する」なんて格言まである。


 そのため『会計』スキルの持ち主が現れたと聞くと、有名な冒険者パーティー、大商会を巻き込んで、熾烈な獲得競争が行われる⋯⋯と言われている。


 もちろん、俺もその辺の事情は知っているが⋯⋯。


「でもさ、ほら、俺は『剣聖』だし、レナなんて『聖女』だ。ファランの『豪槍』もなかなかだし、ニックの『飛竜眼』も、いわば狩人の上位スキルだ。その辺の将来性、みたいなものをアピールすれば⋯⋯」


「将来性ぃ? そんなあやふやなものに賭けなくても、相手は引く手数多あまたなんだぜ?」


「それは、まあ、そうだが⋯⋯」


「私の故郷に、『会計』スキル持ちがいたんだけど、凄かったよ? 家の前からずらーっと街の外まで列ができてさ、しかもそこに並んでた中に、大臣もいたって噂だよ?」


「ほ、ほう」


「エリウスさん。僕はあなたを尊敬してます。だから⋯⋯これ以上失望させるような真似はやめて下さい」


「会計雇うって提案は、そこまでのものなのか!?」


 ファラン、レナ、ニックに順番にダメ出しを受けた。

 しかし⋯⋯思いついた時は良い考えだと思ったのだが。

 彼らに説得されると、やはり無理だろうか、という気持ちが強くなってきた。


「な、取りあえずそんな夢物語を語ってないで、現実を見ようぜ? 金が無いのは事実だし、まずは実入りのいい依頼見繕って、さ?」


「⋯⋯うん、そうだな」


 ファランの言葉に返事をしつつ、会計スキルの雇い入れは諦め、この話を打ち切ろうとした、その時。


「会計スキルの持ち主を探しているのかい?」


 突然、背後からかけられた声に俺が振り向くと、そこには──


 白い仮面、白の燕尾服と、白一色でコーディネートされた、道化のような雰囲気の男がいた。


 ⋯⋯彼のスキルは、きっと『遊び人』だな。

 そんな事を思いながら、返事をした。


「あ、そのつもりでしたが⋯⋯やっぱり厳しいかな、って」


「ふーん。やる前に諦めるなんて君らしくもない⋯⋯」


「え?」


「ふふ、こっちの話だよ。君に良い事を教えてあげよう。大きな木が生えた街、知ってる?」


「あ、はい。行ったことはないですが⋯⋯魔王が倒された場所、ですよね?」


「そう、そこだ。その街にね、最近会計スキルに目覚めたばかりの少女がいる。彼女はまだ、身を寄せる先について迷っていてね。今からすぐにいけば、間に合うかも知れないよ?」


「ほ、本当ですか?」


「お、おい、エリウス、こんな初対面の、しかも怪しさ満点の奴が言うことなんて信用するな!」


 ファランの注意に、白い男は苦笑いを浮かべた。


「ははは、ひどいなぁ。でもボクが嘘をついているかどうか、彼女にはわかるはずだよ」


 そう言って、彼はレナを見た。

 レナはじっとその男を見ていたが、しばらくして頷きながら言った。


「うん、この人嘘をついてない⋯⋯というか、つけないみたい」


「お、よくスキルを鍛えてるね、良い娘だ」


 男は白々しい感じで、パチパチと手を叩いた。


「さあさあ、時間はないよ。行くならすぐ、だ」


 それだけ言って、男は立ち去ろうと踵を返した。

 その背に、俺は


「あの⋯⋯ありがとうございます!」


 と礼を言った。


 すると彼は立ち止まって振り向き、俺をしばらく見たあとで──突然叫んだ。


「本当はね! ダメなんだ! こういうのは!」


「え?」


「あああ、ボクは初めて、自分で決めたルールを破ってしまった!」


「は、はあ」


「でも君たち、頑張ったし! おかげでちょっと力が余ってるし! だからこんなことしてしまったんだ!」


 そう言って、頭をかきむしるような仕草をしている。

 まあ、仮面を被っているせいで、その姿もちょっとマヌケな感じだが⋯⋯。

 ひとしきり謎の言い訳を叫び、頭を抱えていた彼は、急にフッと声を漏らした。

 仮面を被っているので確証こそないが、きっと彼は微笑んで言った。


「でもね⋯⋯不思議と悪い気分じゃない。ありがとう、エリウス」


 なぜか俺に礼を言うと、彼はまた踵を返し、そのまま宿の外へ出た。

 しばらく呆気に取られ、その背を眺めていたが⋯⋯


「⋯⋯なぜ俺の名を!」


 自分の名前を呼ばれた事に気がつき、慌てて追いかける。

 そして、宿の入り口から外を見たが⋯⋯もう彼はいなかった。


「何者なんだ⋯⋯?」


 良くわからない奴だ。

 まあ、他のメンバーが呼んでるのを耳にした、それだけのことかも知れない。

 しかし不思議な男だったな、と思いつつ、気を取り直して中に戻る。


「俺達⋯⋯何を頑張ったんだ?」


「さあ?」


「わかんなーい」


 メンバーそれぞれの呟きを耳にしながら、俺は宣言した。


「よし! すぐに出発しよう!」


 








 数日後、俺達は白い男に教わった街へ着いた。

 その街の象徴である大樹が俺達を出迎えてくれた。


 黒雲にも負けず、雄々しく立ち続けたその木は、『世界樹』とも『希望の木』とも呼ばれ、かつて人類の希望、その象徴だった。


 今は『勝利の樹』や『平和の樹』と呼ばれる事が多いそうだ。


 魔王を倒し、人類が再び平和を勝ち取った、その象徴。


 魔王の没後、かつては村だったこの地に、大樹を一目見ようと観光客が次々と押し寄せた。

 人が増えれば、当然それを相手にしようと商売は増え、その循環によって今のような街へと発展したらしい。


 いいエピソードだと思う。

 思うが⋯⋯。


 ニックがボソッと言った。


「結構大きな街ですね、ここから人捜しを?」


 そうなのだ。

 街はそこそこの規模で、当然家屋は多く軒を連ねている。

 ここからお目当ての人物を捜すのは、結構大変な作業だ。


「言ってても仕方ない、手分けして捜そう。集合場所はここ──」


 俺が指示しようとすると、三人がまたもや示し合わせたように言った。


「エリウス、お前はここで待ってろ」


「エリウスはここで待っててね」


「エリウスさんはここから一歩も動かないで下さい」


 なぜ、とは聞き返さなかった。

 色々と、思い当たる節があったからだ。

 そう、俺は理由を問わなかった。

 にも関わらず、三人はそれぞれ、聞いてもない理由をわざわざ述べ始めた。


「お前は熱中すると、すぐ時間を忘れるからな。前にダンジョンで『新しい型が思いつきそうだ!』って、丸一日素振りしてぶっ倒れたの覚えてるだろ? 人捜しに熱中しすぎて行方不明にでもなるに決まってる。人捜しで、捜す人間が増えるなんてハメは御免だ」


「エリウスはさ、よく自信満々に『こっちだ!』って言いながら罠にかかるでしょ? だからじっとしてた方が平和だと思うの」


「僕がちょっと目を離した隙に、偉そうにしてた貴族の息子ぶっ飛ばした時、どれだけ大変だったか! 人が多いところでエリウスさんをひとりにするなんて、火薬を火の側に保管するくらい愚かで危険な行為です!」


 えらい言われようだ。

 あとニック⋯⋯お前、本当に俺を尊敬してるの? 嘘なんじゃないの?


 そして、彼らは「ここで待つように」と念を押しながら、手分けして聞き込みに向かった。


 ⋯⋯俺、リーダーだよな?


 ひとり残され、やることもなく。

 俺は目の前の大樹を眺めた。


 一目見た時から思ったが、不思議な樹だ。

 見ていると、何か不思議と懐かしさがこみ上げる。


 まあ樹齢も不明なのだ、もしかしたら、俺に限らず、人の根源的な記憶に訴えかける何かがあるのかもしれない。


 ──と。


 遠方から、こちらへと向かってくる足音がする。

 走る音だ。


 それほど大きくはない、恐らく子供か女性。

 とはいえ、俺は油断なく、いつでも剣を抜けるように心構えをする。

 実際抜くことはほとんどないが、まぁ癖の一つだ。


 その後視界に捉えた姿に、俺は警戒心を解いた。


 胸に大きな荷物を抱え、黒い髪を靡かせながら、一人の少女──といっても恐らく同世代だろう──が、こちらへと駆けてくる。


 少女は俺の前に立ち止まり、荷物を「どさっ」っと足元に落とした。

 あまりよく見えなかった顔が、それによってはっきりとした。


 その瞬間──俺は不思議な感覚に囚われた。


 初めて見る顔だ。


 なのに、なぜか、目が離せない。

 人目を引くに十分な、整った容姿の持ち主だとは思う。


 だが、それが原因ではない。


 それは、大樹を見たときに湧いたものに近く、それ以上に、俺の心に訴えかける感覚。

 同様に、相手もしばらく俺を見続けた。


 見つめ合った時間は、とても長く感じた。

 でも、実際は、それほどの時間ではなかったと思う。


「あの⋯⋯」


 と、奇妙な均衡を破ろうと俺が声を掛けようとすると、彼女は「ハッ」と、何かに気が付いたように表情を変え、俺にまくしたてるように言った。


「あのね! このあと人が来て、私の事を聞くと思うの! だから『あっちに行った』って言ってね、お願いよ!」


 それだけ言うと、彼女は落とした荷物を抱えなおし、大樹の裏に隠れるように移動した。

 しばらくして、数人の足音が俺の耳に聞こえる。


 彼らは辿り着くや否や、俺に質問を飛ばした。


「君! 黒い髪の少女を見なかったか!?」


 彼女が言ってた通りだ。

 追われてる、ということか?

 だが、彼らは特に悪人、という感じもしない。

 なら、あえて全員を叩き伏せる、といったトラブルを、わざわざ起こす必要もないだろう。


「見ましたよ」


「どっちに向かったか教えてくれないか!?」


 うーん。

 嘘をつくのには抵抗があるが⋯⋯まぁ、押し付けられたとはいえ約束。

 俺はあさっての方を指さしながら告げた。


「あっちに走っていきました」


「そうか、ありがとう!」


 彼らは俺が指示した方向に走っていく。

 しばらく彼らの背中を眺め、その姿が見えなくなってから、大樹の裏にいる少女の元へ報告に出向いた。

 彼女は隠れるように大樹の裏に座っていた。


「一応、約束通りにしたよ」


「ありがとう、助かったわ」


 不躾ぶしつけだとは思うが、関わった以上事情を聞く権利くらいあるだろう。

 彼女の横に腰かけながら、聞いた。


「あれって⋯⋯なんだったんだ?」


「その前に聞きたいんだけど。私たち、どこかで会ったことある?」


 どうやら、彼女も同じ事を思ったらしい。

 だが、俺の記憶の限りだと、彼女と会ったことはない。


「いや⋯⋯無いと思う、けど」


「そうよね。でも不思議、初対面の感じがしないわ⋯⋯あれ、あなたのその剣⋯⋯」


 彼女は俺の剣へと視線を移した。

 この剣は、父から受け継いだものだ。


 魔王と戦った時も、この剣を使っていたらしい。


「ああ、父から受け継いだんだ。俺の父さんは剣聖で⋯⋯」


「え! あなた剣聖様の! うわぁ、凄い偶然! そう言われれば似てるわ、だから初めて会った気がしなかったんだわ!」


 そのあと聞いた彼女の話によると⋯⋯。


 魔王が死んだあと、父は戦いの傷を癒すために、この少女の実家である宿屋に数日滞在したらしい。

 その時に魔王討伐についての武勇伝を聞こうと、彼女は何度も父の部屋を訪ねた。


「今思えば、すごく迷惑な子供だわ。でも剣聖様はいやな顔一つせずに相手してくれたの」


 そんな彼女に、父は


「みんなにナイショだよ」


 と言って、この少女に「御遣いの護剣士」の話をしたらしく、「君に少し似てたよ」と言ったらしい。


 そこまで聞いて、俺もさっきの不思議な感覚の正体が分かった気がした。


 艶やかな彼女の黒髪、意志の強そうな瞳。

 それは父から何度も聞いた女性剣士の外観に似ているせいだ。

 だから、初対面の感じがしなかったのだろう。


「剣聖様に話を聞いて、魔王討伐するなんてかっこいい、私も絶対そんな剣士になろうと思ったの! だっていうのに、成人したらとんだハズレスキルだったのよ! そのせいで今日も⋯⋯」


 どうやら、さっきの人たちは彼女のスキル目当てで追いかけていた、ということのようだ。

 どんなスキルかと、興味を持って聞いた。


「君のスキルって?」


「『会計』よ! もう、こんなスキルじゃなくて『剣豪』⋯⋯ううん、せめて『剣士』が良かった!」


「え?」


 まさか捜し求めていた会計スキルの持ち主が、向こうからやってくるとは。

 そんな奇跡に、心臓が跳ね上がる。

 だが、口から出たのは冷静な質問だった。


「でも、会計なんてみんなが羨むスキルじゃないか」


「人がどう思うかなんて関係ないわ、私の希望とは違うんだもの。それに、そのせいで希望じゃない人生を歩くなんてまっぴらごめんよ。だっていうのに、見てよ、これ!」


 そう言って、彼女は持っていた荷物の中身を俺に見せた。

 袋の中には、大量の手紙が入っている。

 宛名を見ると、どれも俺が聞いたことあるような有名パーティーや大商会、有力者からのものだった。


「わたしの会計スキルっていう『がわ』だけ見て、こんなに手紙を送ってくるの。両親も変にその気になっちゃって、もううんざりしちゃうわ!」


 表情からも、彼女が確かにうんざりしていることが伝わってくる。

 だが、彼女は気を取り直したように笑顔を浮かべた。


「でも⋯⋯両親には育てて貰った恩もあるし、そろそろこの中から選ばないとなーとは、思ってるんだけどね。いつまでもこのままじゃ駄目だと思うし。会計スキルのせいかな? 私貰ったものをそのままにしておくのは、なんかイヤなの」


 どうやら彼女は、会計スキルに不満のようだ。

 まぁ、人がどう思うかと、本人がどう捉えるかなんて違って当たり前だ。

 とはいえ、だ。


「うーん、じゃあ厳しいかな」


「何が?」


「実は、俺もそのうちの一人なんだ」


「え?」


 俺は彼女に事情を話した。

 噂を聞き、彼女を自分のパーティに誘うためにこの街へやってきたこと。


 だが、まだまだ駆け出しのパーティのため、充分な支度金や、給金について約束できない、といった点。


 彼女は俺の話を黙って聞いていたが⋯⋯しばらく考えた様子を見せたあと、俺に言った。


「あなたのスキルは?」


「剣聖だ」


「剣聖! あなたのお父さんと同じなのね! ⋯⋯なら、条件があるわ」


「何?」


「私に⋯⋯あなたから剣を教えてくれない? そうしたら、あなたのパーティの為に、私の会計スキルで貢献するわ」


「え?」


 思わぬ流れに、俺は戸惑った。

 もちろん、そんなことで彼女が加入してくれるなら、否応などない。

 だが、俺は何故か全く違うことを聞いた。


「でも、折角の会計スキルなのに、こんな駆け出しパーティを選ぶなんて、ご両親が反対するんじゃ?」


 そんな俺の疑問に、彼女は自信ありげに答えた。


「たぶん大丈夫! なんたって剣聖様は、この街の救世主だもの! この街の人間で剣聖様に恩を感じてない人なんていないし、うちの両親なんて、剣聖様がちょっと滞在したってだけで『剣聖様ゆかりの宿』なんて宣伝までしてるんだもの!」


「そ、そうなんだ」


「そうよ、私があなたのパーティーに入るなんて知ったら、きっと『今日は貸切だー』って、それこそパーティーを開きかねないわ! あなたの、えーと⋯⋯」


 そこまで言ったあと、彼女は唐突に聞いてきた。


「ねぇ、あなたの名前は?」


「エリウスだ」


「エリウスさんね、私はノノア」


「ノノ⋯⋯ア?」


 彼女の名前を聞いて⋯⋯やはり、何か懐かしいものが胸をよぎった。


「⋯⋯? どうかした?」


「いや⋯⋯何でもない」


「きっとこれは運命よ、エリウスさん。会計を望むあなたと、剣の先生を望む私。そんな二人を、この樹が⋯⋯私たちを引き寄せてくれたの!」


 彼女がそっと大樹に触れる。

 その時、少し風が吹き始めた。

 

 それはまるで彼女の言葉に対して、肯定の意思表示をしたように、風を受けて、大樹の枝葉がざわめいた。

 

 同じように風を受けて靡いた髪を、手で抑えるノノアを見ながら、俺はなんとか返事を絞り出した。


「そう、かも、知れないな」


「そうよ、きっと⋯⋯だからもう、こんなものはいらないわ!」


 そう宣言すると彼女は立ち上がり、手紙の入った荷物を宙に放り投げた。

 同時に、少し勢いを増した風によって、中の手紙が宙に投げ出される。

 少しして風が収まり、手紙はひらひらと、彼女の周囲を舞うように、しばらく漂った。



 ──それはきっと、ひとつひとつが、彼女の進路であり、大袈裟に言えば──運命。

 だけど彼女は、そのどれも選ぶことなく


「これって最高の出会いよ! むしろ私からお願いしたいくらい!」


 そんな前置きしたあと、俺に手を伸ばしてくれた。





「エリウスさん! 私を⋯⋯あなたのパーティーに入れてください!」




 そうやって、せっかく差し出してくれた、彼女の手を。

 俺はしばらく──彼女が怪訝な表情を浮かべるまで──握り返せなかった。


 彼女が言ったその言葉に、不意に、なぜかまた、言いようのない懐かしさを感じて。



 それ以上に。

 



 俺の、俺たちの、これからの冒険は──きっと、これまで以上に素晴らしいものになる!





 そんな予感を感じさせるほどに。

 何か、眩しさすら感じるほどに。


 彼女が差し出した手と共に、俺に向けてくれたその笑顔は



 ──とても晴々としていた。




 今はもう見慣れてしまった青空よりも。




 ずっと、晴々と。








─了─




──────────────


あとがき


「俺は何度でもお前を追放する」


 これにて本編終了です、最後までご覧いただき誠にありがとうございます。


 本作を読了していただいた上で感じた、率直な評価をしていただければ嬉しいです。

 

 小説情報から、★の数で作品に評価ができます。

 皆様の評価が、他の読者さまの作品選びの参考に、作者には今後の執筆の参考、励みになります。

 是非ご協力お願い致します。



 また、本作には追加エピソードを予定してます。


 聖女レナ視点のお話と、歴史の狭間に消えた『導』のエリウスと『栞』のノノア、両者の再会エピソードとなります。


 是非作品をフォローしてお待ち下さい。



 また、本作はコミカライズを連載中です。

 柳井先生によるコミカライズは、漫画好きな方なら読んで損無し! と、強くオススメできる内容です。


 ご興味ございましたら、ぜひ「マンガpark」にて本作を探してみて下さい。


 それでは、このようなあとがきまで読んでいただきありがとうございました。

 



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