第26話 絶望に、小さな希望を

「レナがいないと、奴には対抗できないの?」


 ノノアの疑問に、シロが頷く。


「クロは根っからの嘘つきだ。その嘘は操る言葉に留まらず⋯⋯世界の法則すら騙す。自ら戦うことは殆どないけど、いざ戦えば人間では相手にならない、ボクもね」


「法則すら、騙す⋯⋯」


「うん。例えば⋯⋯クロが『もうキミは死んでるよ』とをつくだけで、抵抗できずに死ぬ者すらいるんだ」


「なによ、それ⋯⋯無茶苦茶じゃない⋯⋯」


「うん、無茶苦茶なんだよ⋯⋯彼は。だけど、自ら積極的に誰かと戦おうとはしない。あくまで自分が楽しむために裏で暗躍し、人を操り、争わせる。それが目的なんだ」


 ノノアのスキル「数字の支配者」は、言うなれば『法則の可視化』だ。

 法則が理解可能な知識として見えるからこそ、それを自らの能力に応じて最大限利用できる、というのが利点。


 だからこそ、『法則すら騙す』というのがいかに規格外の能力なのか、なんとなく肌で感じることができた。


「それに対抗しうるのが、聖女だ。聖女のスキルは回復や聖魔法が強みだと思われがちだが、スキルを鍛えると『嘘の看破』、さらに『嘘の禁止』が行える。クロに対抗できる、唯一無二の能力なんだ」


 レナはエリウスに『嘘の看破』を使用していた。

 それがさらに強化される、ということなのだろう。


「嘘の禁止⋯⋯つまり、アイツがいた場所と同じ、ってこと?」


「そう。クロは聖女によってあの場所に封じられる事によって、力の大部分を使えない。エリウスをあの場に呼ぶだけでも一苦労だったろうね」


 大分話が見えてきた。


 本来なら魔王討伐後、しばらくしてからエリウスとレナは出会い、クロとの戦いを始める。

 そこで活躍するのが、エリウスの『導』と、聖女であるレナの『嘘の看破』、『嘘の禁止』。


 それを、先の運命を見通すことで察知したクロが、二人を事前に排除するために行われたことこそ「取引」ということだ。


 クロの思惑は功を奏し、二人の命は失われた。

 あと、わからないのは──


「じゃあ、この後はどうなるの? の『聖女』はいつ現れるの? あまり先だと⋯⋯困るけど」


 打開策はそれしかない。

 もしそれがすぐなら、自分が新しい聖女をサポートすれば良い。

 ただ、数百年先、などと言われても困るが。


 ノノアの考えを、当然シロも察しただろう。

 だが、彼女の疑問に、シロは申し訳なさそうな表情になりながらも、キッパリと言った。


「⋯⋯ごめん、言えない」


「なぜ?」


「これまでの過去や、すでに失われた運命について話すのは、ボクのルールでギリギリセーフのライン。だけど、先を話すのはダメだ」


「この期に及んで何を⋯⋯!」


「ボクは!」


 思わず掴みかかりそうにノノアだったが、温厚そうなシロが上げた大声に、足を止めた。


「⋯⋯人を、信じたいんだ。運命は人に決めて欲しい、そう思ってる」


「勝手なことを⋯⋯!」


「うん、そういう意味では、ボクもクロも変わらない。裏でそれらしく動くだけ⋯⋯結局、同じなんだ⋯⋯だから、同じ事ができる」


「同じ事⋯⋯って?」


 ノノアの疑問に、シロは自らの胸に手を当てながら提案してきた。


「ノノア、ボクは君と取引する事ができる」





「取引?」


 唐突な申し出に、ノノアは少し戸惑いながら単語を繰り返した。

 シロはその言葉に頷くと、取引の内容を説明した。


「クロやボクは、人の未来⋯⋯つまり人が持つ『可能性』を凝縮、変換し、その人物が望む形で、刹那的だけど、強力なスキルを発現させる事ができる」


 未来と引き換えに、強い力を得る。

 ノノアの脳裏に、魔王が最後に見せた自爆の魔法のことがよぎる。

 

「それは⋯⋯覚醒とは、違うの?」


「そんな次元じゃない、別次元の強力なスキルだよ、ただ⋯⋯エリウスの場合はクロにうまく誘導され、『導』を彼自身の望みである『対魔王用』へ変換された。君の場合は、君の望みをある程度反映した形になる⋯⋯と、思う」


「なんか⋯⋯歯切れが悪いわね」


「仕方ないよ、こればっかりはやってみないとわからないんだ。一か八かの賭けになる。だから、決断は君に任せ⋯⋯」


「やるわ」


 最後まで聞かずにノノアが即答すると、シロは驚いた表情を浮かべた。


「いや、もう少し考える猶予くらいは、あるよ?」


「考えるまでもないわ」


「いや、その⋯⋯」


「何? 自分から提案してきたくせに」


「⋯⋯もし、クロが復活するなら、自分の身を犠牲にして対抗する、とか、そういう自己犠牲の気持ちなら、ボクがそう誘導しちゃったのかな、と思って」


 シロが浮かべた、申し訳なさそうな表情に、ノノアは吹き出しそうになった。

 色々こだわるくせに、悪気を覚えるらしい。

 つまり、とんだ人間クサい神様だ。


 流石に吹き出すのは失礼だと思い、苦笑いを浮かべるに留めた。


「選択肢がほとんどない、ということならそうでしょうけど、そんなんじゃないわ」


「なら、なぜ?」


「チャンスだからよ。私──貰いっぱなしは、イヤなの」


「チャンス?」


「あなたに言う必要はないわ。あなたと同じように⋯⋯私も決めてるルールがある。それを守れないと思ってたけど、守るチャンスが来た。それだけよ」


 そう言って、ノノアはそっと左手を上げ、その薬指にはまっている指輪を見た。


 別にこの指輪だけじゃない。

 エリウスには、これ以外にも、幾つもの掛け替えのない物を貰った。


 なのに、何も返せてない。


 魔王を倒し、やっと、少しずつ返せる。

 そう思っていたのに、彼は二度と彼女の前に姿を見せることもない。


 本当なら、直接返したい。

 また彼に会いたい。


 しかし、それが叶わないなら、せめて。


 エリウスに託されたものを、自分がやり遂げる。

 彼は誰よりも、人の為に頑張った。

 彼が力尽きたなら、次は自分だ。

 ノノアが今返せるのは──エリウスの意志を継ぐ事。


 最後まで諦めず、彼が『導』に書き残したのは、自分へ託すこと。

 そんなエリウスの期待に応える。

 それがノノアの考える、彼に少しだけ返す方法。

 今それが叶うならば、先のことなど考えない。

 

(エリウス。すっかり遅くなったけど、今から返すわ。あなたに貰ったこの五年間。利息は──私の未来よ!)







「すまない。結局、君たちに頼ってばかりだ」


 シロの謝罪に、ノノアは肩をすくめて返事をした。


「仕方ないわ。神サマにだって、譲れないものくらいあるんでしょ?」


「でも、君たちを見てると自信をなくすよ、ボクなんかよりよっぽど⋯⋯いや、ゴメン、愚痴はやめよう」


 シロはそう言うと、目に見えないボールを挟み込むような仕草で、胸の前に両手をかざした。


「じゃあ始めるよ、ノノア」


「ええ。何をすれば?」


「君が望むことを心で念じながら、『未来を捧げる』と口にしてくれればいい。そうすれば、未来は凝縮され、君の願いを叶える助けとなる『スキル』に変換される」


「わかったわ」


 自身の望み。

 そんなものはわかりきっている。


 この、くだらない運命を変えること。

 そして、ただ変えるだけではなく、自分がエリウスに貰ったもの。


 それを、彼に返す。


 それができて、初めて彼と対等になれる。

 彼にただ守られ、生かされ、敷かれたレールを歩いただけの自分じゃなく。


 この道を、彼と歩いた。

 そう、胸を張って言える自分になる。


 心でその事を強く念じながら──


「私の未来を捧げるわ」


 ノノアが誓いを口にした、瞬間。


 ノノアの体から、蒸気のように白いもやが立ち上った。

 それらが吸い込まれるように、シロのかざした手へと集まる。

 なにか、脱力感を覚える。


 自身から、確実に何かが失われていく。

 その事を感じながら、終わるのを待った。


 やがて、もやが体から抜けていくのが止まる。

 シロの手に集まった、おそらく彼女の『未来』は、白く輝くオーブのように、ふわふわと漂っている。

 彼女の未来が一点に集束し、可能性の塊となったのだ。

 『数字の支配者』のスキルを持つノノアであっても、測れないほどの力。


「いくよ」


 シロが一言呟くと、その塊は彼女の胸へと飛んできた。

 そして、胸の中へと吸い込まれるように姿を消した、その瞬間──




 ノノアの周囲に、夥しい数の紙片のようなものが出現した。

 小さな、短冊のような紙片が無数に。


 紙片を見ると、一つ一つに何か数字が書いてある。


「0008256392」

「4024583628」

「1922368919」


 一見無意味に見える、数列。

 常人の理解など及ばないだろう。

 だが、ノノアには読めた。


 これはこよみであり、歴史だ。


 一つ一つが、いくつかの過去の出来事を表している。


「まさか⋯⋯こんなスキルが⋯⋯ノノア、君の願いの強さは⋯⋯」


 シロが茫然とした様子で呟く。

 それを耳にしながら、ノノアは自分の新たなスキルについて、漠然とした理解をしていた。

 だが、勘違いがあってはいけない。

 そう思い、専門家の意見を聞く事にした。


「一応聞くけど⋯⋯これ、どんなスキル?」


 シロに尋ねると、彼は紙片に目を奪われたままで説明を始めた。


「そのスキルは、これまでの出来事を数値化する。

 そのスキルは、数値化された過去に介入し、少しだけ書き換えることができる」


 やっぱりそうだ。

 シロの説明は、ノノアの理解とほとんど一致した。

 だが。


「ふふ」


「⋯⋯何か、おかしかったかい?」


「いえ。⋯⋯神サマは、ちょっと情緒が足りないな、って」


 彼女の言葉に、シロが苦笑いを浮かべた。


「⋯⋯そうかもね。そういうのは、苦手だよ。じゃあ君が説明するなら?」


 ノノアは漂う紙片の一枚を選んで二本の指で挟み、シロへと突き出しながら言った。





「これは⋯⋯絶望の運命に、小さな希望を挟み込むスキルよ」





 ノノアの言葉に、シロは納得したように頷き、言った。


「うん、確かに⋯⋯その説明に比べると、ボクの説明は情緒が無かったね。じゃあ⋯⋯スキル名くらいは、ボクに任せてくれないか?」


「ええ、良いわよ。それでスキル名は?」




「それは、運命に挟み込まれる希望のしおり。スキル名は──『の支配者──栞』だ!」

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