第25話 真の目的

「頑張ったね、これが一部始終だよ」


 その言葉とともに、シロが額から指を離すと同時に、ノノアは地面へとへたり込んでしまった。


 思わず右手で、左の腕を触る。


 最後まで苦痛を感じながら終えた、エリウスの体験。

 最初ほどではないが、ノノアの顔はやはり体液にまみれ、全身は先程以上に汗をかいていた。


「⋯⋯ウォーターボール」


 一度冷静になりたい、そしてこの不快感を拭いたい、その気持ちから、ノノアは魔法で水を生成し、頭から被った。


「⋯⋯ドライ・ウィンド」


 更に魔法を使用し、熱と風を発生させ、融合し、濡れた髪や衣服を乾かす。


 『数字の支配者』に目覚めてから、魔力を使用し、状況に応じた、適切な魔法を瞬時に構築できる。


 これもまた、エリウスと共に訪れた『古書店』で買った書物を参考に、ノノアが手にした力の一つだ。


「うん、見事だね。スキルを使いこなしてる」


 シロは感心しながら、持っていた本を開く。

 そこにはエリウスが最後に書き残した


『ノノアがシロと出会い、真実を知る』


 という一文があった。


「彼が最後にこれを書いてくれたお陰で、ボクはこうして君と話ができる。ボクにはあまり力が残されていないのでね、こういった、補助となるものがないと厳しいんだ」


 説明をした後で、シロが本を閉じるのとほとんど同時に、ノノアの身支度は整った。

 立ち上がり、シロを見据えながら聞く。


「アイツは⋯⋯いえ、あなた達は、一体何者なの?」


 彼女の問いに、シロは一つ頷いてから話し始めた。


「うん、まずはボクの事から話そう。ボクは君たち人間に『スキル』を与えている存在だ」


「スキルを⋯⋯? じゃあ、あなたは神様、ってこと?」


「うーん、ボク自身は自分をそんなふうに思っていないんだけど⋯⋯全知全能ってわけでもないし、ね。でもまあ、そう捉えるのが分かり易いかもしれない」


 なぜか、少し寂しそうに笑いながら、シロが言葉を続けた。


「ざっくりした説明になるけど⋯⋯ボクは人にスキルを与える。その代わりに、人々が過ごす中で感じた前向きな感情⋯⋯喜びや、希望、そういったものを受け取り、力に変え、更に人々にスキルを与える、そんな循環を司っている」


「⋯⋯よく、わからないわ」


「うん、そうだと思う。だから、何となくそんな循環がある、とだけ理解してくれればいい。そして、今はその循環が上手くいっていないんだ」


「なぜ?」


「君が生まれた村にあった、魔王によって折られた大樹。あれこそが、そういったプラスのエネルギーを集め、ボクに届ける役割をしてたんだ。今は集めたエネルギーを大樹の修復に当てている、だからこの循環が機能するのは、もうしばらく先になる」


「え⋯⋯じゃあ、この先、人間はスキルを獲得できないの?」


「いや、それは何とかなるんだ。ただ、そのために、ボクは力を残しておく必要がある。セーフモード⋯⋯いや、難しい説明は省こう。とにかく、今回のような補助がないと力を使えない。エリウスとクロの取引に割り込んだのも、結構な賭けだったんだよ」


 あの大樹が雄々しく聳えていたのは、ノノアにとって幼少期の、遥か昔の記憶だ。

 村を出る時、折れた幹から新たな芽吹きを見たものの、再び過去の威容を取り戻すのは、まだまだ先だろう。


「うん、あなたのことは⋯⋯わかった、とは言えないけど、何となく理解したわ。じゃあ、あのクロって男は?」


「クロはボクとは反対に、人の後ろ暗い感情、怒り、失望⋯⋯そういったものを司る存在だった。そして、彼はそれらに触れ続けるにつれ、変容してしまった」


「変容? 変わったってこと?」


「うん。彼は自ら手を下し、人々を欺き、騙し、争わせる事に喜びを見いだすようになってしまったんだ」


「欺き、騙す⋯⋯」

 

「そう、クロは嘘つきだ。歴史の影で暗躍を繰り返し、巧妙に虚実を織り交ぜながら、人々の間に疑心暗鬼を育ませ、互いに争わせる。その手管は、嘘を封じられてなお、エリウスを偽りの運命に誘導したことでわかるよね?」


「それって⋯⋯」


 聞いたことがある。

 人々を騙し、争わせ、悪事の限りを尽くしたという悪神。

 御伽噺だと思っていたが⋯⋯。


「君たちに伝わる、過去、聖女に封印されたとされる悪神。それがクロだ」









 その言葉を、ノノアが飲み込むのを待つように、少し間を開けてからシロは続けた。


「本来の歴史、というと、語弊があるけど⋯⋯」


 その後、シロから語られたのは、クロとエリウスの取引が不成立に終わった場合の運命だった。


「エリウスは二十三歳で『剣聖』になり、その二年後に、君も知るファラン、あとはニックという青年と共に魔王を倒す。そして、その一年後、聖女レナに出会う」


「レナに? 彼女は魔王とは戦わないの?」


「うん。彼女はその間教会で過ごす。その生活の中で様々な体験をして、君が知るよりも、ずっと、まあ、できた人物となってるんだ、聖女と呼ぶに相応しい人物にね」


「ふーん、あの、レナが⋯⋯」


 ノノアの言葉に苦笑いを浮かべながら、シロはレナの弁護をするように言った。


「彼女は元々、善人なんだ。だけど今回の歴史だと、未熟なうちにエリウスに外の世界に連れ出されたことや、彼への感情をこじらせた結果、君の知るような性格になる──クロの狙い通りに、ね」


「狙い通り⋯⋯?」


「君も知っているだろう? 得意技さ、クロの。疑心暗鬼に誘い、人を争わせる⋯⋯結果、レナはエリウスを手に掛けてしまった」


 頷ける部分はあった。

 自らのスキルをハナにかけるのも、ノノアに対して行うことが多かった。

 そして、そんな対抗心を燃やす原因は⋯⋯エリウスだろう。


「エリウスが、私を大事に扱うから?」


「そうだね。自覚はあるだろうけど、君はとにかく手が掛かる。だからエリウスは君に付きっきりになり、レナは⋯⋯という事さ」


 レナに対して複雑な思いがある、という事に関しては否定できない。

 しかし、今はそれより先が気になる。

 シロはそんなノノアの考えを察したのか、話を先へ続けた。


「話を戻すよ? 実はこの時、ボクはそれまでに節約していた力を一部使い、レナに会う。そして彼女に伝えるんだ『過去の聖女が封印した存在が、まもなく現出する』と」


「じゃあ、その時点では、あの男はまだあそこに封印されてる、と?」


「うん。それで彼女は事態に備えるための協力者として、魔王討伐を果たしたエリウスを訪ね、そこで初めて彼のパーティーに参加し、クロとの戦いを始める」


「⋯⋯」


 シロの言う、『本来の歴史』を聞きながら、ノノアは少し疎外感を感じていた。

 本来、英雄と呼ばれるだろう四人。

 そこに自分の姿はない。


 その運命ではきっと、エリウスが当初体験したように、自分は何も成せず、ひっそりと歴史の狭間で死ぬのだ。


 意図したものではないものの、『真の英雄』たちを押しのけ、その場に図々しく入れ替わったのが、自分。

 そんな自分に多少の苛立ちを覚えた。


「⋯⋯なぜ、あなたは魔王に対して手を打たなかったの? 大樹を守る為にできることがあったんじゃ?」


「うん、その辺は⋯⋯言い訳に聞こえるだろうけど、ボクはクロが関わらない事柄への介入は控えてるんだ。人の歴史は、できるだけ人に決めて欲しい、そう思ってる。まあ、ボク自身が定めたルールというか、我が儘だけど、さ」


「それが、こんな事態を招いた」


「その通りだ。だからボクを責めてもいい」


 潔く認めながらも、シロの表情は暗い。

 ノノアはそれを見て、言い過ぎたと自覚した。


「⋯⋯ごめんなさい、こんなの、八つ当たりね」


「いや、気持ちはわかるよ⋯⋯そしてその気持ちに応えられない自分を情けなく思う」


 少し気まずい空気が流れる中、シロは先を続けた。


「そして、クロとの戦いの中で、エリウスは初めて『天授スキル』である『しるべ』を知覚するんだ」


「えっ、ちょっと、待って」


 おかしい。

 彼の『天授スキル』は、剣豪のはず。

 これはエリウスから直接聞いたし、間違いないはずだ。


「うん、実は⋯⋯彼のスキル『剣豪』、そしてその後得るはずだった『剣聖』も、『取得型』のスキルなんだ。成人の儀式で得たわけじゃなく、そこで取得していたスキルが判明した、ってことなんだ。君たちが受ける『成人の儀』ってのは、何に向いているか、を指し示す役割っていう側面が強い」


 つまり、エリウスのスキルは単に与えられた物ではなく、彼自身の努力の結晶、ということなのだろう。


 もしかしたら、魔王の体力がもっと多く、その減算を目指してエリウスが修行をしたなら、『剣聖』になる、という事もあったのかも知れない。

 今となってしまえばわからないが⋯⋯。


「じゃあ、あの『導』こそが、彼本来の『天授スキル』なのね?」


「そうだ。そしてクロとの戦いまで知覚されることなく、眠っているはずだった。あのスキルは、本来『対クロ用』にボクが用意した切り札の一つなんだ。何度も死を乗り越える、それは常人なら諦めて当然の運命だ。それを成す精神力の持ち主に与えられるように作ったんだけど⋯⋯ね。まさかあの年でそれをやり遂げるなんて」


 シロの見る目は正しかった、ということだろう。

 それがこんな形になるのは、いかにも皮肉だが。

 ノノアがそう思っていると、シロも同じ様に考えていたのか、ため息をつきながら先を続けた。


「だけどクロはそれを察し、逆に自らの為に利用することにした。取引を持ちかけ、『導』を対魔王用にカスタマイズし、自らの利益のために使わせる事にした」


「じゃあ、あの男の狙いは⋯⋯」


 話しながら、ノノアは気がつきはじめていた。

 あの男の、真の狙いに。


 ノノア考えを、シロは頷いて肯定した。


「聖女レナの排除。それが奴の狙い、その本命だ」

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