第23話 本性
青空が見えなくなった次の瞬間、俺は見覚えのある場所にいた。
せっかくの青空だったのに、その次に目にしたのは、黒一色に染まった世界。
パチパチパチ、と。
白々しく乾いた拍手を伴って、俺を出迎えたのは、黒ずくめの男。
クロだ。
「まさかやり遂げるなんてね! いやあ流石だよ!」
心がこもっていない賞賛と拍手を耳にしながら⋯⋯俺は自分の状態を確認した。
やはり左手は肘の少し上、二の腕あたりでちぎれ、右足は膝のあたりで折れている。
だが、傷口はそのままだというのに、不思議と痛みはなく、左手からの出血そのものは止まっているようだ。
俺の仕草から察したのか、クロが説明を始めた。
「ここを汚されたくないから、止血しておいたよ。あと、話すのに邪魔だろうから痛みも止めてあるんだ、っていっても刺激したらダメだよ? 傷はすぐ開くし、また痛くなるからね?」
「ずいぶんとサービスがいいな」
「君はやり遂げてくれたんだ、このくらいはさせてよ」
そうか。
やはりあの青空は、ノノアが無事魔王を倒してくれた、ということなのか。
俺はやった、やり遂げた。
その気持ちから、少し気が緩むのを感じながら、クロへと不満をぶつけた。
「永かったよ。何が五年だ、騙しやがって」
「いやいや、ちゃんと『実質五年』って言ったよ?」
「それは、俺以外は、だろうが」
「まあ、そうだけどさ。それで救われた命もあるんだから。ノノアとか、さ?」
「⋯⋯まあ、な」
ノノアは無事、か。
彼女も俺同様に死の運命が強い。
魔王を倒したものの、彼女は死ぬ、なんて事態は避けたかった。
その助けとなればと思い、あの傷薬を渡したのだが⋯⋯まあ、ここが以前同様に嘘がつけないなら、クロの発言からして助かった、と見るべきだろう。
レナは⋯⋯どうなるのだろう。
できれば助かって貰いたいが。
俺がそんなことを考えていると、クロがまた「クックック」と笑いながら言った。
「しかし君は不器用だね。最後の10000をあんな方法で埋めるなんてさ、ボクには思いつきもしなかったよ」
「⋯⋯見てたのか?」
「まあ、見てたというか、わかるんだよね」
「そうか」
「もっと楽な方法だってあったんだ。例えばキミ、メリル村の橋を渡した事があったろう?」
「ああ。今回は選ばなかったがな」
メリル村の橋渡し。
弓使いであるニックをパーティーに加入させた時にのみ起こる、青字の因果だ。
「あれはねぇ、実は、『橋を渡さない』が正解なんだ。まあ、君が関わらなかった場合、弓使いのニックがやり遂げるんだけどね」
「正解だと?」
メリル村は、魔王軍の進軍コース上にあり、村人を避難させる為に橋を渡す、という依頼をニックが受けてくる。
俺は関わった場合、毎回やり遂げたが⋯⋯。
「橋を渡さなければ、村人は全滅だろう?」
「そう! それが大事なんだ! 実はあの村は『竜信仰』の村でね、近くに住む古竜へと、定期的に貢ぎ物をしてるんだ。あ、って言っても生贄みたいな野蛮なモノじゃないよ? 家畜なんだけどね」
言われてみれば⋯⋯メリル村には、竜や、竜の牙を象った彫像が何点かあった。
竜信仰はこの国では禁忌。
魔王軍の中にも竜がいるからだ。
かつては竜がその地の守り神として扱われた名残らしいが、今は国によって禁止されている。
もしかしたら、ニックも『隠れ竜信仰者』で、その縁なのかもしれない。
たが、村人達は表向きは普通の人々で、信仰の違うレナとも仲良くしていた。
「それは、知らなかったな」
「それで村人が全滅した場合なんだけど、怒った古竜が、ノノアと魔王の戦いに介入するんだ」
「何?」
「古竜は結局魔王に殺されるけど、その場合の減算はなんと32767! 魔王の体力を半減させる、青字で最高の
「⋯⋯」
何が、最良のルートだ。
この発言でわかったのは⋯⋯。
奴は、失われる命を少なくするという「利点」をアピールし、俺と取引した。
だが、奴自身は、人の命なんて何とも思っていない、ということだ。
奴が言ってるのは、犠牲の上に成り立つもの。
人の命を軽んじる、最低の発想だ。
「俺はそうは思わん」
「うん、ま、そのへんは人によるよね。それに結局、もう済んだことだしね」
そして、話ながらも⋯⋯。
次第に覚え始めた、違和感。
そう、俺はある予感を覚えていた。
何度も繰り返し、何度も体験したこと。
俺ほど、『それ』を体験した者はいないだろう。
だからわかる。
緩んでいた気が、引き締まってくる。
「おい、クロ」
「ん?」
「取引と、その履行はもう終わった」
「もちろん、君の言うとおりさ」
「⋯⋯なら、何故俺を再びここに?」
「それはもちろん、やっと手にした勝利を、二人で祝うためさ」
⋯⋯やはり、そうか。
コイツの言う勝利、それは、やっと魔王が死んだ、その事ではない。
思えば、俺の百十五回のループは、常に勝利とは真逆の事ばかりだった。
俺ほど、『それ』を経験した者はいないだろう。
──敗北。
この数百年、何度も敗れ、何度も死んだ。
だからだろうか?
それとも、「導」のスキルが知らずと強化されたお陰だろうか?
理由は説明できなくとも、わかる、感じる。
自分に『敗北』を与える者たちに感じる、共通する雰囲気がある。
そして百回目のループから、よりはっきりと感じ始めた、この感覚。
そして、これまで感じてきた何よりも、クロから伝わってくる。
今まで、コイツがそれを抑えてきたのか? それはわからない。
だから俺は、胸に浮かぶ予感、疑念をクロへとぶつけた。
「俺は、お前に、今⋯⋯敗北しかけてる、な?」
俺の言葉に──クロはわざとらしく、キョトンとした表情を浮かべた。
「え? 何を突然、そんな的外れな事を? キミは魔王討伐という偉業をやり遂げた、直接じゃあないけど、さ」
「誤魔化すな! クロ!」
再度、俺が強く言うと⋯⋯。
クロは堪えきれなくなったように
「くっ」
と一言呟くと、俯きながら肩を揺らし始めた。
「⋯⋯くっくっくっ」
小さかった笑い声が、やがて、哄笑へと変わる頃、クロは顔を上げた。
その瞬間、先程まで感じていた違和感、警戒感は、まるで暴風を浴びせられたように、最大限に強まった。
クロの顔に浮かぶのは、これまでの作られた表情とは違い、ハッキリとした感情──愉悦。
そして、人を嘲り、愚弄し、嘲笑する事が、この男の存在意義、そんな事を思わせるほどの、歪んだ笑み。
「ハッハッハッハ! だって『敗北しかけてる』だなんて、的外れ過ぎてさ! 何言ってんだい、エリウス! 敗北しかけてるもなにも⋯⋯」
クロは興奮し、まるで快楽を感じているかのような歪んだ笑みを、更に歪めながら言った。
「キミ、とっくに負けてるよ?」
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