第22話 追体験

 奇妙な男だ。


 白い仮面に、お揃いの白の燕尾服。

 墓参りよりも、結婚式の余興が似合いそうな、道化じみた格好の白一色に身を包んだ男。


 彼はノノアの姿を見るや微笑んだ。


「やあノノア、待ってたよ。思っていたより少し早いね」


「待ってた⋯⋯?」


 ここには衝動的にやってきたのだ、待ち合わせの予定などないし、何より知らない相手だ。

 訝しく思う気持ちが表情に出たのだろう、相手は手に持った本を見せながら、事情を伝えてきた。


「エリウスからの手紙は読んだね? 彼がボクと君を引き合わせた。もっと早く君に会いたかったんだけど、色々制限があってね。彼とゆかりがあるこの場所でないと、本の力を借りても面会は難しくてね」


 相手が見せてきたのは、黒い表紙をした本だった。

 エリウスからの手紙に、因果が記される本の話があった。

 あれが、その本ということだろうか?

 しかし⋯⋯なぜこの男がそれを持っているのか。

 取りあえず、わからないことだらけだ。


「エリウスが私とアナタを⋯⋯引き寄せた?」


「そうだ。そして君が望むなら、彼が体験した出来事と、真実を伝える。そのためにボクは来た」


 怪しい男だ。

 だが、手紙の事を知っている上に、どうやらエリウスの事について、ノノア以上に理解しているらしい。


 手紙以上の事がわかるなら⋯⋯知りたい。


「お願い、します。彼の事を知っているなら、何でも!」


 男はノノアの言葉に頷くと、そのまま歩み寄ってきた。


「わかった。だが彼の体験は膨大だ。単に説明するとなると、いくら時間があっても足りない。だから君には、彼の繰り返しを、彼自身として追体験してもらう」


 先程から、男は言っていることがノノアの理解を越え⋯⋯つまり突拍子がなく、どこか不信感が拭えない。

 だが⋯⋯。


「追体験? そんなことが⋯⋯できるんですか?」


「うん。だけど⋯⋯君に掛かる負担は甚大だ、それでもいいかい?」


 変な格好ではあるが、その表情からはノノアの事を慮ったものが伝わる。

 悪い人間ではなさそうだ。

 自分の直感を信じることにして、ノノアは頷いた。


「はい。それで、彼のことが知れるのなら」


「わかった。でもこれは決して大袈裟ではなく、死ぬほど辛い。何故なら⋯⋯エリウスが体験した百十五回の死を、君も体験することになるんだ」


「構いません」


 躊躇わず返事をしたノノアに、白い男は苦笑いで返してきた。


「君たちは似てるね、頑固な所が」


「そんな話はいいから、早くしましょう⋯⋯すみません、私、少し冷静じゃないようです、れてます」


 何せ、手紙を読んだのが今日の今日。

 そこから、急転直下とも言える形で、物事が進んでいる。

 その事で、やや冷静さを欠いている事をノノアは自覚していた。


「うん、わかったよ。少し触れる、ジッとして」


 男はそう言うと、ノノアにさらに近づき、額に指先を当てた。


 瞬間──。


 ノノアへと、膨大な記憶が流れてくる。

 それは男の言うように、エリウスの体験、記憶。

 押し寄せる情報の洪水に、強烈な負荷を感じた。


 エリウスの苦悩、そして肉体が受けた苦痛、全てを伴いながら、彼が体験した出来事が、自身の記憶と混ざり合う。


 しばらくして⋯⋯男は指を離した。


 だが、まだ途中だ。

 体験したものと違い、実際はほとんど時間が経過していない事は理解している。

 時間が惜しい、少しでも先が知りたい。


 その気持ちが抑えられず、ノノアは男へと不満をぶつけた。


「何故、止め、るの! まだ、私は、三十回しか、死んで、ない!」


「ダメだ。少し休憩が必要だ⋯⋯まずはこれを」


 男は胸元に差してあったハンカチをノノアへと差し出した。

 はっとして手のひらで顔を拭うと、顔が汗、涙、鼻血といった体液にまみれている。


 男からハンカチを受け取り、顔や手についたそれらを拭う。

 顔だけではない、大量にかいた汗によって、衣服が張り付き、不快感を覚える。

 額に指を当て、呪文を詠唱する。


「サイキ・アトゥ・リ・カバリー⋯⋯ノマ・ライズ」


 魔王討伐後、精神的な落ち込みが続いた頃に開発した向精神作用魔法。

 まさかこんな時に役に立つとは思わなかった。


 ノノアは魔法を使用し、自らの精神状態を一旦回復させたあとで、男へと先を促した。


「これでいいわ。さあ続きを、早くお願いします」


「全く⋯⋯でも、ここまでで少しは耐性ができているはず。ここからは一気に行くよ?」


「ええ」


 再度触れた指先から、先ほどの続きが始まる。

 追体験の中で、ノノアがやっと『竜牙の噛み合わせ』に加入した。


 エリウスには迷惑をかけた、と自覚していた。

 でも、自分がかけた迷惑は、自分が知っている物とは比較にもならなかった。


 エリウスから貰った、沢山の物。

 手紙には書かれていなかったが、今ノノアが生きている、それ自体が彼からの贈り物。

 本来なら十五歳で死ぬはずの自分が、今、こうして生きている。


 この五年間こそが、エリウスからの最大の贈り物なのだ。


 そして、ノノアを追放する度に感じていた、エリウスの苦悩。


 それを知って、申し訳ない、という気持ちに反して、嬉しい、という感情がないといえば嘘になる。


 エリウスは、ちゃんと、ノノアの事を大事に想っていてくれた。

 彼女が魔王に破れる度、心を痛めてくれた。


 手紙を見て、『戦友』だと。

 一緒に戦ったとわかっていた。

 大事に想ってくれていたのはわかっていたが、わかっていた以上に大事に想ってくれていた。


 最後の10000は、自分の剣で埋める。

 そう決めて修行をするエリウスと、同じように修行を経験した。


 外側だけ見えていた彼や、その剣の内面に触れ、より一層、深く理解できた。


 ──そして。


 ノノアは、エリウスの最期の時へと辿り着いた。


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