第20話 追憶
──あれはファランの故郷が抱えたトラブルを解決するため、マレー山の竜を討伐に行った道中、魔法都市バルハントでのこと。
ノノアは、露店で気になるアクセサリーを見つけた。
子供の頃から、「男勝り」と言われる事が多かった。
そんな自分が、なぜか、妙に心惹かれるアクセサリーだった。
手にとって眺めていると、店主に声を掛けられた。
「お、お客さんお目が高いねぇ、それは掘り出し物だよ」
「え、そうなんですか⋯⋯ちなみに、おいくらですか?」
「本当は八百レーンだけど⋯⋯あんたに似合いそうだ、四百に負けとくよ!」
「え、いやあ、ははは」
パーティーから支払われる分配金、そのほとんどを訓練所通いに充てているノノアには、余分な金はない。
それを言ってしまえば、そもそもアクセサリーなど買えるような身分ではないが⋯⋯。
店主の言葉に曖昧に返事をして、戻そうとした時。
「四百だ、数えてくれ」
どこで見ていたのか、突然あらわれたエリウスが代金を払った。
ノノアは驚き、思わず声を上げた。
「ちょっとエリウス、ダメよ、いくらリーダーだからって、こんな大金をパーティメンバーの資金から勝手に⋯⋯」
「いや、これは俺個人の分配金からだ」
「え!? ならそれこそもっとダメよ、こんなの貰えない!」
ノノアの制止を無視し、エリウスは支払いをすませ品物を受け取った。
金のリングに、ピンクの宝石があしらわれた指輪だ。
彼女の言葉を無視して購入したエリウスに、抗議と受け取り拒否の意志を見せるために、拳を固く握る。
するとエリウスは何かを考える様子を見せたのち、しばらくして静かに口を開いた。
「そもそも、お前にやると言った覚えはないが⋯⋯」
「あ⋯⋯」
確かに! と納得してしまった。
ん? じゃあ誰に?
レナ? それとも⋯⋯自分が知らないだけで、恋人でもいるのだろうか。
などと、頭の中でぐるぐると思考が空回りし、混乱した。
「え、あ、そ、そうよね、指輪、私、貰うの、おかしいもんね」
しどろもどろになりながらも、ノノアがなんとか言葉を続けていると⋯⋯。
「まぁ言わなかっただけだがな」
「え? ⋯⋯あ!」
エリウスは固辞しようとするこちらの態度を、冗談を利用して剣士らしく油断を誘い、思わず緩めたノノアの左腕を掴み、薬指に指輪をはめた。
早業だった。
「え? え?」
自分の指にはまった指輪と、エリウスの顔を交互に見る。
早い展開に、頭が追いつかない。
「ノノア、良いところに目をつけたな。それはほんの少しだが、魔法に対する抵抗力を高めるという珍しい品だ。折角だから持っておけ。これを逃せば二度と買えない」
どうやら、本当に自分へのプレゼントのようだ。
しかし、二度と買えない、そう言い切るほどの品なのか⋯⋯。
これ以上は、せっかくのエリウスの好意に水を差す、そう思って大人しく受け取る事にした。
はっきり言って、嬉しい。
だが、思わず言ってしまったのは憎まれ口だった。
「ただで貰うわけにはいかないわ。今は持ち合わせがないけど、ちゃんと分配金から少しずつ払うわ」
思わず出た言葉だったが、その気持ちは嘘ではない。
すると、エリウスはそんな事を言うのはお見通しだ、と言わんばかりに勝ち誇ったような表情で言った。
「ああ。訓練がちゃんと終わって、足を引っ張らなくなったら受け取ろう。まあ、さっきのこと程度で油断するなら、まだ当分先だろうがな」
「⋯⋯うっ」
そう言われると、言葉を返せない。
いや、悪く考えることは無い、今まで以上に訓練を頑張れば良いのだ。
そして、必ず返して見せる。
「絶対受け取らせてみせるわ、もう! 私が強くなったら、その時はちゃんと受け取ってよ! 約束だからね!」
「⋯⋯ああ。約束する」
そしてその後しばらく、エリウスは酒を断ち、食事を減らしていた。
ノノアに気を使わせないためか「健康のためだ」と言っていたが、さすがに下手すぎる嘘だと思った。
エリウスはいつも不器用で、それ以上に優しかった。
──────────────
魔王の強力な魔法がノノアの身を灼いた。
衝撃で吹き飛び、地面を数度転がる。
辛うじて生き残ってる。
強力な魔法を放った反動か、魔王はその場から動かない。
追撃がないのは、決して余裕からではないのだろう。
立ち上がったノノアは、回復魔法を唱えて体力を全快させたのち、『数字の支配者』を使用した。
魔法を使う
魔王が今回使用した魔法力は、数値化すれば750。
対して、自分が回復魔法に使用した魔法力は80程度。
魔王の総魔法力は自分を大きく上回っているが、それでも今の魔法を使い続けた場合、魔法力の『支出』は、回復魔法を使用するノノアより遥かに大きい。
一撃で殺されない限り、問題ない。
この我慢比べを制すれば、先に魔法力が『破産』するのは魔王側だ。
つまり、一見すれば魔王に有利に見える魔法対決は、続けるほどに勝利へと近付いている。
この戦略を成立させているのは──エリウスに与えられた指輪。
これが無ければ、きっと、立ち上がれなかった。
──指輪は、魔王の行使する強力な魔法を、少しだけ弱めてくれた。
そのおかげで、やっと返せるはずだった。
なのに、騙された。
エリウスは嘘つきだ。
彼は、ノノアからのお返しを受け取るつもりなんてなかったんだ、と知った。
だって──受け取れないことを知っていたのだから。
「祭りを見に行こう」
娯楽らしい娯楽に一切興味なさげに振る舞うエリウスが、珍しくそんなことを言い始めた。
「東の街の打ち上げ花火ですね、私、花火って見たことないんです!」
祭りと聞いて、レナが嬉しそうに声を上げた。
わざわざ言わなかったが、もちろんノノアも初めてだった。
その日が来るのが、待ち遠しかった。
数日後、東の街で花火を見ていると、エリウスが突然変なことを言い始めた。
「もう、この花火を見るのも最後かな」
どういう意味だろう。
少し寂しそうなエリウスの事が気になったその時、花火職人が通りかかった。
「どうですかい! この花火! 綺麗でしょう?」
突然声をかけられ、考えを中断して職人へと返事をした。
「はい、すっごく綺麗です! まるで火花が生きてるみたいに動いて⋯⋯凄いです!」
「お、嬉しいこと言ってくれるねぇ。こういっちゃなんだが、花火ってのは打ち上げるまで結果はわからねぇ、だからその瞬間まで不安なんだ。だからこそ、しっかり準備して、火花が計算通りに動いてくれる、その瞬間が職人冥利につきるってもんよ」
「動きを⋯⋯計算、ですか?」
「おうよ、寸分違わず、火花の動きを完璧に計算して、制御してこそ一流よ!」
「動きを、完璧に、計算、制御⋯⋯」
今思えば。
この時の会話での気付きと。
普段から見ていた、エリウスの未来を見通したような、計算しつくされたように戦う姿が、スキルの覚醒を促した一因だったように思う。
、
「恐らく二人は、先に宿に着いているだろう」
花火を見終え、宿へと向かう道中。
祭りの喧騒が残した人込みのせいで、ファランとレナとはぐれてしまい、ノノアとエリウスの二人になってしまった。
二人で歩いていると先ほどのエリウスの言葉を思い出し、聞いてみた。
「ねぇ、さっきのって、どういう意味?」
「ん? 俺何か言ってたか?」
「最後がどうこう⋯⋯とか」
「ああ⋯⋯いや、深い意味はない」
「⋯⋯本当に」
「ああ」
その言葉とともに、しばし沈黙が流れる。
そのまま黙って歩いたが、ノノアは我慢できずに言った。
「何考えてるかはわからないけど、さ」
「いや、本当に⋯⋯」
「いいから。聞いて」
「⋯⋯何だ」
「また、みんなで花火を見ようよ。魔王を倒したらそのお祝いに!」
彼女の提案に、エリウスは少し困ったような表情で言った。
「そうだな。そうできたら⋯⋯いいな」
エリウスらしくない、歯に物が挟まったような言い方に我慢できず、ノノアは口調を強くした。
「できたら、じゃなくて、するの!」
そのまま、しばらく睨み合いだか、見つめ合いのような時間が流れた。
エリウスは根負けしたように、ふっと笑顔を浮かべて、まるで降参するように言った。
「ああ、そうしよう」
「うん、それでいいのよ!」
あとは特に話すこともなく、そのまま宿に戻った。
あの時のエリウスは、一体どんな気持ちだったのだろう。
何も知らないノノアのために、守れない約束を交わすしかなかった彼の不器用な優しさが、今は胸を締め付ける。
「不思議な運勢じゃのう」
「そうなんですか?」
ノノアの手のひらをまじまじと見ながら、占い師がそんなことを言った。
その日は、エリウスと共に迷宮攻略用の物資を仕入れるため、二人で出かけていた。
無事必要なものを集め終えた帰路、エリウスが突然
「あそこに行ってみよう、よく当たると評判の占いらしい」
と、ひとつの家屋を指さした。
見落としそうではあるが、よく見れば確かに「占い」と小さく書かれた看板が掛かっていた。
「よくあんなのに気が付いたわね」
「たまたま知っていたんだ」
あまり占いには興味はないが、エリウスにしては珍しい提案だと思い、素直に占いを受けることにした。
店は狭く、一人ずつしか入れないとのことで、ノノアから先に占いを受けることにしたのだ。
「強いのか弱いのか、読み取りにくい運勢じゃ。長くこの商売をやってはいるが⋯⋯こんなのは初めてじゃよ。珍しいし、記録を取らせてもらってええか?」
「まぁ、別にかまいませんけど⋯⋯」
彼女が承諾すると、占い師は棚からなにやら取り出した。
「じゃあ、ここに手のひらを押し付けておくれ」
占い師がノノアの前に置いたのは、粘土のようなもので作られた板だった。
「え、記録って」
「型をとらせて欲しいんじゃ、ダメか?」
「はあ、まぁ、別にいいですけど⋯⋯」
言われるがまま手を押し付けると、板は彼女の手の形にへこんだ。
「うむ、これでええ」
「で、結局占いは⋯⋯?」
「すまんが、ようわからん。じゃからお代はええ」
「はぁ⋯⋯」
そのまま店を出る。
正直、無駄な時間だった、という気持ちが強い。
次はエリウスの番だと思っていると、彼は歩き出した。
「え、ちょっと、エリウスは受けないの?」
「ああ、俺は別に占いなんて信じてないからな」
「何よそれ!」
不思議な一日だった。
「いよいよだな、ノノア」
「はい」
それは王国軍の最高責任者である王子と打合せ中の事だった。
魔王軍の注意を彼らが引き付けている間、ノノアが単身、魔王城へと乗り込む。
その作戦の仔細を詰めている時、王子へと伝令の兵が近づいてきた。
「ノノアに来客?」
「はい、実は⋯⋯」
「そうか、お通ししろ」
王子の許可を受け、兵が来客を連れてきた。
その姿を見て、ノノアはどこかで会ったような気がした。
「ノノア、こちらは王国内随一の刀剣鍛冶職人どのだ」
「おお、あんたがノノアか。活躍は聞いとるよ。ワシは以前、あんたが受けた占い師の兄貴じゃ」
どうりで見たことある気がした。
確かによく似ている。
「弟がな『もしかしたら必要になるかも知れん』、そう言ってワシに剣を打たせたんじゃ。自分で言うのもなんじゃが良くできた。あんたが残した型を参考にしたんだ、きっと使いやすいよ」
そう言って、ノノアへと剣を差し出してきた。
「しかし、あんたも今まで不便したろう? 左利き用の剣は需要が無さ過ぎて、慢性的な物不足が続くこの国じゃあ、材料がもったいないってんで殆どつくられちゃあおらんからの」
「どうして、それを」
「手をみりゃわかるよ、あんたが残した型についた剣を握るタコが、ちょいとおかしかったからの」
流石に国内随一と呼ばれるだけはある、と思った。
今までノノアは、右利き用の剣を無理やり使っていた。
とはいえ、心配はある。
急に左利き用になったら、どうなるのだろうか。
「あの、すみません、試してみても?」
「ええよ」
受け取り、剣を抜いた瞬間──心配は杞憂だったことが分かった。
今まで、常に感じていた違和感を払拭するかのごとく、手に、まるで吸い付くような感覚。
そして、ノノアのスキル「数字の支配者」だからこそ可能となる、剣筋の最適解への修正。
これは間違いなく、自分のためだけに作られた、ノノアにとって最高の剣。
「凄い、あの、ありがとうございます」
「ええよ、こっちが勝手におせっかいを焼いたんじゃ。まぁ、魔王を倒してくれたら嬉しいがの」
「はい、できます、きっと⋯⋯この剣なら!」
ノノアが自信を深めていると、王子が話に割って入った。
「それで、この剣の銘は?」
「ん? 決めちゃおらんなぁ、まぁお嬢ちゃんが好きな名前をつけりゃあええ」
「私が?」
突然の提案に、ノノアはしばし考える。
しかし、良い銘は思いつかなかった。
ただ、その代わり、良い考えが浮かんだ。
「⋯⋯ある人に、決めてもらおうと思います、私の、大事な人に」
そうだ。
魔王討伐を果たしたら。
この剣に銘をつけてもらおう。
(だって、エリウスの気まぐれで受けることになった占いの結果が、この剣を私の元に導いたのだから)
魔王討伐を果たし、エリウスに会うのが、またひとつ待ち遠しくなった。
魔王討伐に大きな役割を果たしたこの剣は、今も無銘のままだ。
そしてたぶん、この先もずっと。
──魔王討伐を果たした「真の英雄」もまた、その名を語り継がれる事はないのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます