第19話 手紙

『ノノアへ。


 もし、何かの巡り合わせによって、この手紙をお前が読んでいるとするならば、それは魔王が倒された後で、俺はもう、この世にはいないはずだ。


 お前も知っているように、魔王は父の仇であり、その討伐は俺が本来果たすべきことだ。

 それをお前が俺に代わり、成し遂げてくれた。

 まずはそのお礼を言いたい。

 ありがとう。

 お前と魔王の戦い、その詳細は俺の預かり知る所ではないが、恐らく想像を絶する死闘だろう。


 俺では決して魔王を討伐するには至らない、という事実を知り、結果としてその役目をお前に押し付けることになってしまった。


 そして、激戦を制したお前に、直接賞賛を言う事が叶わない、この、俺の無念が、少しでも伝わればと思いこの手紙を記す。


 この手紙がお前に届くのかどうかはわからない。

 だからこれを記す事は半ば俺の自己満足に過ぎないのだが、もし、何かの縁でこの手紙を受け取ってくれたなら、最後まで読んで貰えたらありがたい。


 お前がこの手紙を受け取ってくれたということは、母に会ったという事だろう。

 お前はそんな奴じゃないとわかっているが、もし、追放された事に対する恨み言の一つも言いに母を訪ねたのだとしたら、それは飲み込んで欲しい。

 俺自身に対してなら、いくらでも構わない。

 俺はお前に恨まれて当然の人間だ。

 何故なら俺はお前の人生、その一部を、俺の目的の為に利用したのだから。

 それも、お前は知る由も無いことだが、何度も。


 何度もだ。


 パーティーのみんなには隠していた事がある。

 この話は、ここだけの話としてお前の胸にしまっておいて欲しい。

 突拍子もない話に聞こえるだろうし、恐らく周りに話しても、いや、お前自身も俄かには信じられないだろう。

 だからこの話は、俺の戯言だと思って貰っても構わない。


 俺には剣豪とは別のスキルがあった。

 「しるべ」という。

 効果は二つ。

 一冊の本を呼び出し、俺が体験する様々な事柄から、何が魔王の死に繋がる因果なのかがそこに記述される、というのが一つ。


 そしてもう一つは、俺が二十歳で死に、その際に魔王が生き残った場合、この本を手に入れた日に戻る、という力だ。


 俺が剣豪スキルと共に、この本を手に入れたのは十五歳の成人の日。

 実は、俺はこの十五歳から二十歳という人生を、何度も何度も、百回以上も繰り返した。

 それと共に、本には次々と、魔王を死に導くための因果が記載された。

 この因果、というのはピンと来ないかも知れないが、魔王を死に至らしめる為に俺がやるべき事だ。


 俺が竜牙の噛み合わせを結成し、レナやお前を仲間に加える事、それらは全てこの『導』に記される事によって知った。

 この因果を探し続ける為に繰り返した日々は、自分で言うのも何だがかなり辛かった。

 終わりが見えず、何度も死を迎えながら、手探りで因果を探し続ける中、ファランやレナ、そしてノノア、お前に出会った。


 そして俺は本の力によって、お前をパーティーから追放する事が、魔王を死へと追いやるのに必須だと知った。


 追放をきっかけにお前が「数字の支配者」のスキルへと覚醒し、魔王を倒す。

 それ以外に、魔王が死ぬ方法を見つけることは出来なかったのだ。




 俺が何度も自らの死を乗り越え、次の一歩を踏み出せたのは、決して独力なんかじゃない。


 お前やレナ、ファラン、そしてそれ以外にも、数々の仲間ができた。

 仲間の死や無念を何度も目の当たりにしたこと、彼らが俺に励ましの言葉をくれたこと、魔王を倒そう、青空を取り戻そう、と誓い合ったこと、そして何よりも皆が俺を信じてくれたこと。

 その一つ一つが、俺に、次の一歩を踏み出させてくれた。


 その中でもノノア、お前が不器用ながらも、直向ひたむきに剣に打ち込む姿は、俺を、強く勇気付けてくれた。

 お前の頑張りを見たから、俺も頑張れた。

 やると決めた事を頑張るお前の姿が、俺の背中を押してくれた。


 重ねて礼を言う、ありがとう。



 ここまでの話で、なぜ俺がこの本の事を秘密にしていたのか? と疑問を覚えるかも知れない。

 実はこの本の事を他人に話すと、魔王討伐は失敗が確定する。

 何故か、まではわからない。

 だが、この本には「やってはいけないこと」も記載されるのだ。

 そのうちの一つが、このスキルについて他人に話す事だ。

 「やってはいけないこと」を実行してしまうと、何かしらの因果が繋がり、魔王討伐は失敗してしまう。

 だから、このスキルの事は誰にも言えなかった。


 だが、魔王討伐が成されたあとであれば構わないだろう、というのもこの手紙を書いた理由の一つだ。


 本当なら、こんな手紙など書くべきでは無いのかも知れない。

 ノノア、お前が魔王を倒した、その事実があればよいのかも知れない。


 こんな事をお前が知れば、混乱させるだけかも知れない。


 だが。

 できれば、伝わって欲しい、と思う。

 魔王討伐の使命を、お前に押し付けてしまったけれど。

 不甲斐ない男だと思われるかも知れない、図々しいと思われるかも知れない。


 でも、俺は、どうしてもお前に伝えたかった。

 追放し、魔王討伐へと向かうお前を見送ることしか出来なかった俺だけど。

 お前はピンと来ないかも知れないけど。


 ずっと、一緒に戦ってきたつもりだ、と。



 

 俺の死には、きっと、お前も知る人物が関わっている。

 それが公になるかどうかは、俺にはわからない。

 公になっていなければ、それで良い。

 犯人を捜す必要はない。

 何故なら、俺はその人物に殺される事を受け入れている。

 殺されて当然だとすら思っている。


 ただ、もし、公になっているとしたら。


 責めないでやって欲しい。

 全ては俺のせいだ。


 だからその人物が、俺の事を殺害した罪に問われ、困っていたとしたら、お前としては複雑かも知れないが、出来れば助けてやって欲しい。


 最後に。


 魔王討伐、それは、間違いなくお前一人の功績だ。

 ただ、俺は。

 お前の事を、戦友だと思っている。


 エリウスより。』



 手紙に書かれていたのは──。

 エリウスは何度も生と死を繰り返したこと。

 繰り返す度に、彼の行動が記されるという本を呼び出すスキルを持っていたこと。

 そのスキルを他者に漏らせばリスタートとなってしまうため、誰にも言えなかったこと。


 自分の力が魔王に及ばないせいで、ノノアをパーティーから追放するしかなかったこと、そして魔王討伐の使命を彼女へと押し付けるはめになった、その事への謝罪。


 そして。


「お前はピンと来ないかも知れないけど、ずっと、一緒に戦ってきたつもりだ」




 その一文で、ノノアの脳裏に、エリウスとパーティーだったころの日々、その記憶が次々と蘇った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る