第10話 数字の支配者
しかし、良いことばかりでは無かった。
俺がパーティーを立ち上げて四年目、つまりノノアが加入して三年経つと、レナに良くない変化が起こる。
「もう私のスキルもかなり鍛えられました。会計のノノアは不要だと思います」
レナがそんな事を言い始めるのだ。
加入当初は、戦闘面であまり活躍できず、むしろパーティーの資金を教会への寄進に割く必要があるぶん、レナは控え目に振る舞う。
ノノアは加入して四年間、戦闘には一切貢献しないが、加入当初から「会計」としてその手腕を発揮する。
そのせいで、レナは自分に自信が持てるようになるまでの期間で、彼女に対して劣等感を覚えるのかもしれない。
当初こそ表に出さないが、時間が経つと、俺がノノアを気遣う言動や行動を見せると、明らかに不機嫌になり、それを隠さなくなってくるのだ。
⋯⋯端的に言えば、嫉妬だろう。
しかし、それは悪いことばかりではない。
本来やや引っ込み思案である彼女が、ノノアへの対抗意識からか、物事に対して積極性が出てくる。
資金の安定化とレナの積極性は、彼女のスキルをさらに一段上へと高めた。
彼女のスキルはそれまで以上に強化され、四年半が経過する頃には『上級治癒魔法』『中級聖攻撃魔法』、『中級聖加護魔法』といった、聖女にまつわる強力な能力に目覚めはじめるのだ。
「エリウスにお願いして加入したあなたと違い、私はエリウスにどうしてもと乞われてこのパーティーにいるのです。その辺をわきまえてください」
そんな辛辣な言葉をレナが言った時は、耳を疑った。
それまで、レナがそんな態度を表に出すことなど無かったからだ。
ノノアはそんな彼女にあまり抗弁しない。
その辺の理由を一度聞いてみたのだが
「子供の我儘に付き合う必要ないわ」
と、ばっさり斬って捨てていた。
そんな彼女の強さに、俺は助けられているとも言えた。
レナの『聖女』スキルが強まるとともに、魔人との戦闘時間は伸びた。
結局倒せはしなかったものの『あと一歩』という所まで来ている気がする。
戦闘の内容としては⋯⋯。
魔人による最初の攻撃で、ノノアは殺される。
俺とファランはレナの支援を受けながら魔人を攻撃する。
ここに『ニック』がいてくれたら、さぞ助かるのだろうが、無い物ねだりしてもしょうがない。
魔人の行動パターンを熟知している俺とは違い、ファランは初戦。
先にファランが殺され、次に俺が魔人の集中放火をくらい、レナと共に倒されてしまう。
一度、二人で重なり合うように倒れた時の事。
俺は傷付き、彼女は魔法力を使い果たしているという絶望的な状況だった。
「レナ、すまない⋯⋯君を護ると誓ったのに」
俺の言葉に、レナは首を振った。
「良いんです、だって⋯⋯最期は、一人じゃ、ないから。エリウス、約束、守ってくれて、ありがとう」
死が迫る中、彼女は笑顔を浮かべた。
その周期で俺が見た、最後の記憶だ。
毎回迎える戦闘結果から、俺は一つの恐ろしい状況を想像してしまった。
もし。
もし、だ。
魔人を倒すその時が来たとして、『仲間の死』が赤文字で記されたら?
ノノアの死が。
ファランの死が。
レナの死が。
仮に──必須だとしたら?
仲間を犠牲にする事でしか、この道を進めないとしたら?
その現実を突きつけられた時、俺は続けられるのだろうか?
⋯⋯その疑問に、答えは出なかった。
八十回目、そんな思いからの現実逃避なのだろうか。
この頃になると、俺は一つの疑問が頭を過り始めていた。
「もしかして、魔王を倒すのは⋯⋯俺たちじゃない?」
という疑問。
なんせ、何度も魔王どころか、その手下に殺されているのだ。
「討伐メンバーが揃った」と仮定し、多少は手応えを感じはじめてはいるものの、魔王城へと続く道にいるあの魔人は、結局倒せていない。
これだけ繰り返したのに、魔王の前にたどり着く事さえままならないのだ。
そして、何より引っかかったのは、クロとのやり取りについて、改めて考えたからた。
奴はシロが介入してきた直後に、こう言った。
『さっきの男は君に魔王を倒して貰いたい、と考えている。そして、ボクはボクで、君に新たなスキルに目覚めて貰い、魔王の死を目指して欲しい、と思ってる』
「魔王を倒して貰いたい」と考えているらしいシロとは違い、奴の言葉は『魔王の死を目指して欲しい』であり、『魔王を倒して欲しい』ではないのだ。
しかも奴は『結果へと至る道が違う』と言った。
直後に「五年と十年」と、それがまるで期間の事を意味するかのように言ったが、ならば単純に「魔王を倒すまでの時間が違う」と言えば良いはず。
スキルを貰った事には感謝したとしても、あの男は信用すべきではない。
そして奴から与えられた「
「本書は使用者を『魔王の死』という結末へと導く」
これも回りくどい表現だ。
俺たちが魔王を討伐するというなら
「この本は魔王討伐へと導く」
でいいはずだ。
だが、その場合わからないのは
『俺たちを差し置いて誰が?』
ということだ。
会計のノノアはともかく、『剣豪』『聖女』『豪槍ないしは飛竜眼』と、俺たちほど『スキル』を充実させたパーティーに、まだお目にかかったことがない。
⋯⋯だからこそ、薄々気がつき始めていた。
まず一つが、レナの変化。
そして、その変化をもたらす要因。
なおかつ、魔王との戦いにおいて、やはり重要とは思えない人物。
毎回、魔人の初手で殺される人物。
ノノア。
そこから考える、彼女の役割。
おそらく彼女は、パーティーの資金繰りの安定化と、レナに良くも悪くも影響を与え、スキルを高める。
そのためだけの存在なのではないか?
命を救ったお返しと考えれば充分だろうが、俺は決断できないでいた。
「もう、ノノアはこのパーティーに不要だと思います。私ももう充分、聖女のスキルを使いこなせるようになりつつあります」
レナにとっては初めて口にするセリフ。
だが、俺は毎回説得されている。
これまでは、何とか彼女の提言を退けていた。
だが彼女の言葉自体は、含まれている思惑はともかく、正論だ。
「いいですか、エリウス。今後戦いはますます激しくなります。戦う手段を持つアナタや私はともかく、いまだにろくに戦えないノノアは、魔王と対峙なんてすれば、必ず命を落とすでしょう。ここらで
⋯⋯その、通りだ。
彼女は毎回、魔人の初手でやられてしまう。
何とかしようと庇えば俺が死ぬ。
彼女の死を避ける
「ノノアを追放しましょう。アナタがそれをキチンと言って頂ければ、私は追従し、彼女がへんな未練を持たないように、冷たい言葉を投げかけます」
その思惑はともかく、いざ追い出すとなるなら、それも必要だろう。
だからといって、俺は、ノノア加入を初めて決断したときのように、彼女を追い出してみて、ダメならまたやり直せばいい、とまで、なかなか割り切れない。
そんな割り切りをするには、もう共に過ごした時間が長すぎる。
だが⋯⋯。
だとしたら、俺は諦めるのか?
もし、ノノアの追放が必須だとしたら、俺はもうやめるのか?
そんなことはできない。
それができるなら、もうとっくに諦めている。
使命か、ノノアか。
その二択ならば⋯⋯。
良いだろう。
一度。
一度だけ、試す。
割り切れない? 上等だ。
割り切れないなら、そのまま受け入れる。
罪悪感を丸呑みしてやる。
「わかった。ノノアには今日伝える」
俺が答えると、レナは満足そうに頷いた。
追放する旨を伝えると、ノノアは目に見えて動揺し、悲しそうに振る舞った。
心が痛い。
だが俺は自分の心を鬼にして、パーティー残留を希望するノノアを追い出した。
もしこれが必須ではなかったら。
レナが何と言おうと、もう二度と同じ事はしない。
そう思わせるのに十分なほど、俺の前から立ち去るノノアの背中は、寂しさを感じさせた。
それを見ると、思い出す。
ノノアのパーティー加入を断っていた、あの頃。
肩を落とし、俺の前から立ち去る姿に、すっかり慣れた気でいた。
もう、慣れることなんてないだろう。
だから、できれば二度とこんな事はしたくない、そう思った。
部屋に戻り、「導」を立ち上げた俺の目に飛び込んできた、赤い文字。
「会計ノノアの追放」
それを見た瞬間、俺の心に渦巻く黒い感情。
これまでと違い、一切喜びはなかった。
抑えることができない衝動から、ドアを殴りつけてしまった。
結構大きな音がしたが⋯⋯誰も様子を見に来ることもなかった。
彼女が加入して以降、確かに戦闘面でいえば、多少負担は増えた。
だが、精神面で言えば、俺はかなり楽をさせて貰った部分がある。
彼女は明るく、公平で、会計という立場であれば幾らでも誤魔化せるだろうに、金をちょろまかしたりしない。
しかも努力家だ。
報われる事はこれまでなかったが、クエストの合間には有り金はたいて訓練所に通い、少しでもパーティーの足を引っ張るまいと努力する。
「ねぇエリウス、ちょっとだけ、稽古をつけてくれない?」
そう言って依頼の合間に、共に剣を振ることもあった。
そんな時も彼女は一切手を抜かない。
俺の与えた課題を、一生懸命こなそうとする。
その姿を、俺は繰り返す中で、何回も、何百年も見てきたのだ。
彼女の努力は報われない。
それを知りながらも、俺は彼女に剣を教えるのが好きだ。
やると決めた事を、一生懸命頑張る。
そんな彼女に、繰り返しを強いられた自分を重ね合わせ、勇気を貰っていたのだ。
そんなノノアを⋯⋯俺はこれから先、追放し続けないといけないのだ。
何度も、何度も。
彼女を追放してしばらくしたある日。
特に何かした、という覚えもなかったが、新たな赤文字が記された。
「ノノア覚醒、スキル名『数字の支配者』」
その一文は、かつて無い衝撃を俺に与えた。
そうか。
そうだったのか。
魔王を殺すのは、ノノア。
俺のパーティーに加入しなければ。
そして特定の時期に、それ以外でもちょっと目を離せば、すぐに死ぬ、あの少女が。
かつて父がその命に代えて守り、俺へと繋いだ──人類の希望なのだ。
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