第9話 墓参り
「会計ノノア加入」
赤文字で記されたその文章を何度も確認する。
これまでの経験で、赤文字は魔王討伐における「必須事項」だと結論付けていた。
だが、その自信が少し揺らぐ。
スキル「会計」。
どう考えても、魔王討伐に必須だと思えなかったのだ。
「いや、もしかしたら⋯⋯」
ひとつ思い浮かぶのは、やはり、金銭面。
彼女の加入により、資金効率が大幅に上がり、教会への寄進が今まで以上に行えることによって、レナのスキル強化がこれまで以上に進む。
そして、それはノノアなしでは無理。
つまり俺が彼女から資金繰りを学ぼうとしても難しい、ということなのではないか。
その予想が当たっていれば、確かに重要人物となる。
しかし⋯⋯毎度声を掛けてきていたノノアの加入が必須なら、黒字で「ノノアの加入を断る」と出すべきだろう。
まあ、それなら「パーティーを立ち上げなかった」とかもそうか。
つまり「しなかった」は反映されにくい、ってことか。
肝心な所で役に立たないスキルだ。
そのせいで約二百年も⋯⋯。
まあ、そんな愚痴を言っても仕方ないのだが⋯⋯。
まあ、今考えてもしょうがない。
加入後の様子を見ればわかるだろう、と思った。
こうして、魔王討伐においては加入が必須だと判明したノノアだったが、数周期に渡って俺のことを悩ませた。
やっぱり、最初のクエストで死ぬのだ。
俺も手を変え品を変え、受注するクエストの難易度を下げてみたり、それなりの装備を与えてみたりした。
が、ダメ。
クエストに向かえば、ノノアは死ぬ。
解決策が見つかったのは、ノノア加入が必須と知ってから十回目の周期だった。
ごちゃごちゃ考えず、最初の一カ月を「訓練および、ノノアの会計スキルを審査する」という名目の期間にしたのだ。
実際問題すぐ死ぬせいで、ここまでの九回で会計のスキルなんてほとんど出番がなかったので、ちゃんと見てみたい、というのもあった。
これが大当たり。
その時のノノアは、二年ほど生き延びた。
そこから周期をまたぎつつ、色々確認したところ、どうやら「初クエストの時期」というのが、ノノアを死に導く
そして、それは加入してすぐと、一年周期に、特に危険な時期がくる、とわかってきた。
そして、加入してすぐと、そこから一年周期に関しては、もう完全に対策が完了した。
まあ、五年後に関してはだいたい俺も一緒に死ぬので、致し方なし、という感じだったのだが。
それ以外の時期も戦闘中に、普通にあっさりと死んでしまう事もあるので、危なっかしすぎて目を離せないのはあまり変わらないが⋯⋯。
ノノアが加入し、多少生き延びるようになってから、「導」に大きな変化があった。
青字の「因果」がどんどん追加されるようになったのだ。
それまで青色というのは、ファランやニックの加入でしか使われなかった色だ。
それが、ノノア加入後、普段の行動の中にも青字で記載される事柄が増え始めた。
どんな依頼を受けたか、とか、どのような事を体験したか、といったことが次々表記され始めた。
俺はそれを「パーティーメンバーが揃った」と判断した。
恐らく、魔王を討伐するのは、俺、レナ、ノノア、あと一人を青字で記されるメンバーの内から選ぶ、という内訳なのだろう。
青字で記載される人物は俺が知る以外にもいるのかもしれないが、俺の戦闘スタイルと、相棒が槍や弓というのは相性がよく、何より話しやすいファランとニック、どちらかを加入させるのが最適に思えた。
そして、大きな変化がもう一つ。
パーティーの資金繰りは、劇的に安定した。
これにはノノアのスキル「会計」も、もちろん寄与しているだろうが、何より専門職として彼女を加入させることが大きい。
俺はどうしても冒険者としての活動と合わせて「青字の因果探し」などを平行して行う関係上、パーティーの行動に効率化を求める。
その中で本来なら切り捨てられがちな行動を、ノノアが補完してくれるのだ。
彼女はギルドや依頼人、道具屋などとの交渉といった、面倒くさい作業を、手を抜くことなく行ってくれる。
それによって、依頼料アップや冒険に必要な物資の仕入れ価格の値切りが可能となるのだ。
一度彼女を真似してそれらの交渉を行ってみたが、なかなか首を縦に振ってもらえなかった。
ノノアの手腕があって初めて交渉が成立する、ということだろう。
そのため、あまり金に困ることはなくなり、精神的な負担は大きく減った。
ノノアが俺のパーティーに加入するようになってから、当たり前だが彼女と話す機会が増えた。
その中で、俺はまだ確認していないことがあったな、と思い彼女に聞いた。
「会計」スキルという、冒険者に不向きなスキルを持つ彼女が、なぜ俺のパーティーに参加しようと思ったのか、だ。
彼女が口にしたのは、意外な理由だった。
「恩返しがしたかったの⋯⋯役に立てるかどうかはともかく」
その恩返しの内容について詳しく聞くと、彼女はなんと父が最期を迎えた、あの村の出身だった。
「その頃の私は子供だったけど、今でも覚えてる。村の入口に大きな樹があったの⋯⋯聞いたことある?」
「ああ」
もちろん知っていた。
有名な話だ。
師匠からも何度か聞いたことがある。
その大樹は、黒雲が陽光を遮る中であっても、往時とかわらず堂々と聳えていた。
人々はその大樹を「世界樹」や「希望の大樹」と呼び、魔王軍への抵抗の象徴として崇めた。
それが気に食わなかったのだろう。
魔王は自らその大樹を折るため、その村へと現れたのだ。
魔王の目論見は成功した、と言っていいだろう。
大樹と剣聖、人類はその二つの希望を同時に失ったのだから。
「剣聖様は救世主として、今でも村で感謝されているわ」
「そうか。嬉しいな」
「それで、私は実家の宿屋を手伝ってたんだけど、剣聖様の息子であるあなたが魔王討伐の旅に出た、ってお客さんに聞いて、いてもたってもいられなかったの。会計スキルのせいかな? 貰ったものを貰いっぱなしにするのは、嫌なの。あなたのお父さんに貰ったものを、返せるとはとても思えないんだけど、ね」
「⋯⋯」
「もしあなたに加入を断られても、他のパーティーに入って、冒険者として役に立つ所が見せられたら、きっとあなたの考えを変えられる。そう思って来たんだけど⋯⋯まさかあっさり加入させてくれるなんて、びっくりしちゃったわ」
⋯⋯不思議な縁だな、と思った。
父が助けた命がここに繋がり、俺の魔王討伐をサポートしてくれる、ということだ。
父は無駄に死んだのではない、ちゃんと俺に繋げてくれたのだ。
それが確認できて嬉しかった。
一度、彼女の故郷である村を訪ねたことがある。
その周辺にはどうやら青字の因果はなく、訪問は一度きりだった。
そこには父に感謝する人々がいた。
彼らは口々に、父の事を褒めてくれた。
そして村の入り口には、折れた大樹の幹が、ささくれだった切り株のような形で残されていた。
「ねぇ、見て、エリウス」
折れた大樹をノノアが指し示す。
彼女の指が示す先に、大樹から小さな、しかし確かな芽吹きがあった。
それは弱々しくも、天に向かって、懸命に枝を伸ばしていた。
「村を出るときに見つけたの。私、これを見たときに思ったわ」
「⋯⋯ああ、俺にもわかるよ」
俺が返事をすると、彼女は何か、とはわざわざ説明しなかった。
多分、俺が同じことを思ったのを、勘の良い彼女は察したのだろう。
そうだ。
絶望によって折れてしまっても、いつだって小さな希望は芽吹く。
希望が小さければ、育てればいいのだ。
それは俺にとって長い繰り返しの中、たった一度きりの、父の墓参り。
俺に、改めて「やり遂げよう」と誓わせるのに十分だった。
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